お母さまと、
「ずいぶん長くおしゃべりをして、ジュリエッタお嬢さまもお疲れでしょう。今日はこの辺りで終わりにいたしますね。マリエッタお嬢さまのこと、エリーナのことは、私どもでしっかり話し合いますからどうぞご安心ください」
優しい口調で話しながらフレッドさんが立ち上がろうとした。
「待って。あの……お母さま、お母さまはお元気でいらっしゃる?」
ずっと気になっていたお母さまのことを聞きたかった。
ポーラに訊ねても、屋敷の奥にいるお母さまの具合はわからないらしい。
大丈夫というのだけは聞いているけれどそれだけ。
具体的な話が何も聞こえてこないだけに、逆に心配になった。
お父さまと近しいフレッドさんだったらもっと詳しいことも知っているはずだ。
私が意識を失う前、自分こそが倒れそうな顔色をしていたお母さま。
だからこそ、体調を崩しているのではないかと心配だった。
ただでさえ悪阻がひどくて大変だったのだ。
心労がたたって、何か重大な事態に陥っているのではないかと気が気でない。
「奥さまは大丈夫でいらっしゃいますよ」
そう言ったフレッドさんの目が一瞬泳いだのに気付く。
だから追求はやめない。
「本当に大丈夫? お母さまはご飯を食べれるようになられた? お話も出来るのかしら。ベッドから起き上がってお歩きになる? 赤ちゃんも無事よね? 来年になったらちゃんと元気な弟か妹が生まれてくるのよね?」
「ジュリエッタお嬢さま……」
「大丈夫って言われるけど、それ以上みんな何も教えてくれないの。私には言えないくらいお母さまはお悪いってこと? 心配で不安でたまらなくなるの。お願い、本当のことを教えて!」
少しの嘘も見逃さない気持ちで、必死にフレッドさんを見上げる。
私の前で、フレッドさんは大きくため息をついた。
「そんな目で見られたらとても無理です。ごまかせませんね」
「フレッドさまっ」
デブラが目をつり上げたが、フレッドさんは彼女を止めるように頭を振る。
「奥さまは――ジュリエッタお嬢さまのお母さまは体の具合が悪くて寝込んでいらっしゃいます。一時はとても危険な状態になりましたが、今は大分落ち着かれました。お腹のお子さまも無事です。ですが、まだ予断は許さない状況です。絶対安静が続いています」
「予断は許さない、絶対安静……」
「ああ、言い方が難しかったですね。よくなるまではもうしばらくかかるということです。心安らかに、ベッドですごしていただくことが大切です。ですから――」
フレッドさんは他にも何か言っているが、耳に入ってこなかった。
別に言葉が難しかったわけではない。
お母さまが思った以上にひどい状態だったことがショックだったのだ。
大好きなお母さまが危うい状態だなんてとても怖いことだった。
亡くなってしまったらどうなるんだろう?
怖くて怖くて涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「――ジュリエッタお嬢さま、大丈夫でございますよ」
そんな私の前にお医者さまが歩み寄ってきた。
「あなたのお母さまは今とても頑張っていらっしゃいます。生まれてくるお子さまのために、そしてお嬢さま方のために、ご自身が生きることが大切だとご存知ですからね。今日は精のつくポタージュもお飲みになりました。明日はもっと栄養のあるものが用意されることでしょう。頑張られているお母さまのためにも、お嬢さまも元気にならなければいけません。ジュリエッタお嬢さまのことをとても心配しておいでで、うわごとで何度も名前を呼んでいらっしゃいましたからね」
お医者さまの言葉に顔がぐしゃぐしゃになった。
ぐっと奥歯を噛みしめて涙を止めようとする。
何度も失敗してようやくこみ上げるものを飲み込んだ。
「お医者さま、ありがとうございます。あの……お母さまのこと、よろしくお願いします。フレッドさんも本当の事を教えてくれてありがとう。デブラ、お母さまのことをよろしくね」
「本当に、どうしてこんな小さな子供がひとりで悲しい思いをしなければいけないのか……」
小さく独りごちたお医者さまは私の頭を優しく撫でて立ち上がった。
フレッドさんとデブラも慰めの言葉を口にして部屋を出ていく。
背もたれにしていたクッションが抜かれて、ベッドへと横たえられた。
そうして横になると、自分がとても疲れていることに気付く。
体がとても重くて、ベッドに背中からずぶずぶと沈んでいくみたいだ。
心が重いせいで沈んでいるのかしら……。
「ジュリエッタお嬢さま、少しお休みなさいますか? 私もテーブルの片付けをして参ります。どうぞゆっくりなさってくださいませ」
ポーラがティーセットを抱えて部屋を出ていく。
お父さまのことは聞けなかったわ……。
フレッドさんもデブラも、私が次に何か言うのを恐れるように、まるで逃げるように部屋を後にした。
あれが答えなのだろう。
お父さまは一度だって私のお見舞いに来てくれない。
きゅっと唇を横いっぱいに引っ張った。
本当は今日はお父さまがいらっしゃると思っていた。
お父さまとようやくきちんとお話が出来ると思っていたのに、部屋にやってきたのはフレッドさんだった。
お父さまは私のことを見捨てたんだわ。
殺人者だっていうマリの言葉を信じた。
絶対安静のお母さまを守るために神経質になっているのかもしれない。
お父さまはお母さまのことが大好きなのだ。
誰よりも一番大事――そう、そんなことはわかっている。
それでも、ほんの少しくらい娘の私のことも気にかけて欲しかった。
あの時はごめんねって、痛かっただろうって、そう言って抱きしめてくれるだけでよかったのに……。
「ふ、ぅ……っ」
泣き声を聞かれたくなくて、シーツを被って必死に顔に押しつけた。
こぼれ落ちる雫は頬を伝う前にシーツが吸い込んでいく。
次々とあふれる涙のせいでシーツは瞬く間に冷たくなっていった。




