整合性?
「いけない。話はここまでだ。フレッドさん、いいね?」
皆が身を乗り出してきた。
お医者さまが声を上げたが、私は必死で首を振る。
「嫌よっ。ちゃんと話さなきゃ! マリがやったって、マリが突き落とした犯人だって知らなかったら、エリーナがもっとひどい目に遭うわっ。マリは怖いの。今のマリは――っ」
「わ、わかりました。わかりましたから、落ち着いて。ドクター!」
「……仕方ないですね。では、お話をするためにも一度きちんと落ち着きましょう。まずは、ゆっくり息を吐きましょうか。静かに、ゆっくりと。次は吸って。いいですね、上手ですよ。さあ、もう一度ゆっくりと深呼吸です」
お医者さまの指示に従って深呼吸を繰り返すうちに興奮も収まってきた。
気持ちは急くが、慌てずゆっくり話していこうと心に決めて私はまた口を開く。
「えっと、階段を下りようとしたエリーナの体が変に揺れたの。そのまま……落ちた。宙に浮いたのを見たわ。階段にドンってぶつかって、すごい音がして、それで転がって落ちたの。階段を、エリーナは階段を……」
「ジュリエッタお嬢さま」
ポーラが枕元に座って、私の背をゆっくり撫でてくれる。
その優しい手に、いつの間にかぼんやりしていたことに気付いて、目をパチパチさせた。
「ごめんなさい。えっと……それで階段の上にはマリが立っていたの。怖い顔をして、両手を前へ突き出していたから、マリがエリーナの背中を押したんだってわかったわ。マリは、マリは落ちたエリーナを見て笑ったの。にやって。何で笑えるのかって、あんなぐったり倒れてるエリーナを見て、頭から血を流してるエリーナを見て何でマリは――――っ」
思い出しても未だに鳥肌が立つ。
そんな両腕を抱きしめるようにぎゅっと掴んだ。
興奮すると話が後日になるかもしれない。
だから、懸命に深呼吸して衝撃をやりすごす。
震える息を何度も吐いて必死に心と体を落ち着かせた。
背中をさすってくれるポーラの手の力も大きい。
「ポーラが悲鳴を上げるとマリは逃げたわ。それからはわからない。エリーナは頭から血を流して倒れていて、人がいっぱい集まってきて、目を覚ましたエリーナが突き飛ばされたって言ったのよね? でも私は頭がいっぱいになっててマリのことをすぐに言えなかった。そうしたらベサニーって子が私が犯人だって叫んだの。刺繍のお道具箱にしまっていたはずのスタイを証拠品だって振り回してて――」
話し終えると、部屋はずいぶん長い間静かだった。
ようやくフレッドさんが喉に絡んだような第一声を上げた。
「信じられない話ですが、ジュリエッタお嬢さまの話の方が整合性があります」
「ええ。マリエッタお嬢さま宛てに商会からヒールの靴が届いたのが、ちょうどあの日の午前中でした。エリーナがお嬢さまに話を聞くからと靴を持っていったのです。エリーナがお嬢さまと言い争うのは十分にあり得ます。実はエリーナは以前からマリエッタお嬢さまには虚言癖があると、私に警告していました。以前のお優しいお嬢さまとは別人のようだと」
フレッドさんとデブラは最近のマリの言動について話し出す。
「あの、待ってください。整合性って……エリーナさんに聞けばどちらが正しいかすぐにわかるはずですよね? どうして聞かないんですか? エリーナさんは自宅で療養中でしたよね。お屋敷から帰るときはお迎えの馬車まで自分で歩いたくらいに回復したって聞きました。エリーナさんは何とおっしゃっているんですか? だってあの日エリーナさんがマリエッタお嬢さまと大げんかしたのは本当なんです。でもジュリエッタお嬢さまとエリーナさんが言い争っていたなんて事実はないんですから、すぐわかるじゃないですか!」
ポーラが怪訝な顔で二人に訊ねた。
少し憤っている様子だ。
私も同じ事を思ったから一緒に頷く。
すると、フレッドさんが困った顔をした。
デブラも顔を曇らせてため息をつく。
二人はお医者さまと顔を見合わせて何か確認したかと思うと、フレッドさんが慎重に口を開いた。
「これはまだ屋敷の人間には知らせていない情報だから皆には言わないでくれね。エリーナは頭を打った影響からか、記憶が曖昧になっているんだ」
「えっ」
驚く私にフレッドさんは本当なんだというように頷いた。
「ずっとぼうっとしているらしくてね。話を聞いてもあまり返事が返ってこない。どうやら事故のことも、その直前に自分がどこで何をしていたのかも、屋敷で仕事をしていたことさえあまり思い出せないらしい。事故直後に、自分が誰かに突き落とされたと口にしたこともまったく覚えていないんだ」
フレッドさんの話に私とポーラは声も出ない。
「詳しく話を聞けない事情もある。ぼんやりしていることが多いエリーナだが、時々事故のことを思い出してパニックを起こすんだ。事故のことは思い出せなくても、階段から落ちたことは恐怖体験として心身に刻まれているみたいでね、大声で叫んだり取り乱したりするらしいんだ。それでエリーナのご家族も心配して、しばらくそっとしておいて欲しいと言われてしまった。だから今は他の人たちから先に話を聞いているんだよ」
「そんな、エリーナが……」
「あのっ、エリーナさんはよくなるんですよね? パニックを起こすのは今だけですよね? ちゃんと回復して、お屋敷にまた戻ってきてくれるんですよね?」
「いつよくなるかも、ちゃんと回復してくれるかも、実は医者の私にもわからないんだ。頭を打ったのもあるし、心がダメージを受けているのも大きい。こういう病はとても難しいんだよ」
ため息交じりに話してくれるお医者さまに、フレッドさんも言葉を重ねる。
「こんな状況だから、辞めさせて欲しいとエリーナのご家族から申し出があったよ。よくなるまで待つと言ったんだけどね。屋敷での事故だから、固辞されるとそれ以上何も言えなかった。とても有能なメイドだったのに、本当に残念だ」
エリーナがこんなことになってしまうなんて。
お姉さんのように優しくて、公平にものを見る目と冷静に事態を解決しようとする力を持つエリーナがどんなに頼もしかったか。
けれど頼もしかったからこそ頼りすぎたのかもしれない。
お母さまが体調不良だからと、マリの件を両親に報告するのが延びたことを、あんなに残念がらなければよかった。
つらさが長引くせいでつい涙がこぼれてしまったが、そんな落ち込む私のせいでエリーナはマリに直談判してしまったのではないだろうか。
マリと話をすると言っていたけれど、せっぱ詰まった私の様子を見てあんな言い方をしてしまったのではないか。
そのせいで、エリーナはマリにケガをさせられてしまった?
追いつめられたマリはエリーナを階段から突き飛ばす暴挙に出てしまった?
すべては可能性の話だけれど、色々と考えすぎてしまう。
そもそも私とマリの問題にエリーナを巻き込まなければよかったんだ。
エリーナに助けを求めなければよかった。
本当にごめんなさい、エリーナ…………。




