子供の体と幼い心
「ジュリエッタお嬢さま、本当に大丈夫でございますか? お話をされるのは明日以降でもよろしいんですよ? デブラさまも体調がよくなってからとおっしゃっていました。まだ少しぼうっとされているようなのがポーラは心配です」
「ふふ、ポーラは本当に心配性ね。お医者さまも大丈夫だっておっしゃったでしょう? ぼうっとするのは長く寝ていたせいよ。誰かとおしゃべりするのは気分転換になっていいと思うわ」
すっかり過保護になってしまったポーラに、私は宥めるように言う。
エリーナの事故が起きた翌日、私はショックから過呼吸を起こしたみたいだ。
そうして過呼吸が治まったあとは、高い熱が出て寝込んだ。
倦怠感や嘔吐もひどくて、何日もベッドから起き上がれなかった。
その後も微熱が続いて頭がぼんやりすることが多く、まともに話せるようになったのはここ数日のことだ。
多分子供の自己中毒みたいなものではないだろうか。
考えてみれば今の体は七歳だし、精神年齢もかなり幼くなっている。
様々なショックで幼い心と体が悲鳴を上げたのだろう。
気付けば、あの事故からもうひと月近くたっていた。
その間変わったことがあったかというと、実は何も変わっていない。
すぐにはっきりすると思っていた事故の真相もまだ明らかになっていないし、私がエリーナを突き落とした犯人だと誤認されていることも変わらず。
そのことにポーラはとても気を揉んでいるし私も気になったが、体の具合が悪くてどうすることも出来なかった。
元凶のマリはというと、このひと月不思議と顔を合わせていない。
マリが部屋に突撃してこないので、気持ちが揺らされなくてすごく楽だった。
マリのことは今は少しも考えたくなかったし、ポーラも何も言わないので、マリがどうしているのか何もわからないが、最近ようやく元気になれたのはマリと会わないおかげであるのは間違いないはずだ。
そうして体調が落ち着いてきた今日、あの事故の話を聞きたいと言われた。
すでにポーラが話しているようだが、私の話も聞きたいらしい。
「ジュリエッタお嬢さま、お顔の色もずいぶんよくなって安心しました。あとは食欲がもう少し戻るといいのですが」
最初にお医者さまの診断があって、少し話すくらいは大丈夫だとお墨付きをもらったあとに家令のフレッドさんとの話し合いが始まった。
他に、お医者さまと家政婦長のデブラとポーラが同席する。
枕元にクッションを幾つも並べて背もたれにして、私は上体だけ体を起こした。
ベッド脇にポーラが待機して、他の皆は椅子に座る。
「それでは、ジュリエッタお嬢さま。少しお話を聞かせてくださいね」
お父さまの補佐をしている家令のフレッドさんはフローリオ家の遠縁の家の出で、お父さまの乳兄弟でもあるために昔から屋敷にもよく出入りしていた。
主にお父さまの仕事関係をサポートしているのでプライベートで話すことは少ないが、優しくて頼りになる人物であるのはお父さまたちからよく聞いている。
「エリーナを階段から突き落としたのはマリエッタお嬢さまだとおっしゃったそうですが、どのような状況だったのでしょうか? そうですね、まずはあの日ジュリエッタお嬢さまはどこで何をなさっていたのか、順序だって聞いていきましょう。朝食を召し上がって、それからお嬢さまは何をされていましたか?」
「あの日、朝ご飯を食べたあとはすぐにお庭へ出たの。お庭で刺繍をするためよ。でも気分が乗らなくて、お昼も近くなったから早めに部屋に帰ることにしたの」
「それで、あの階段の事故を見たんですか?」
「違うわ。一度は部屋に戻ったのよ。ううん、部屋に戻ろうとする前に――マリの部屋から、マリとエリーナが言い争っている声が聞こえてきたの。ヒールのある靴をマリが内緒で注文したんですって。エリーナがお店に返すって言ったらマリが怒ってケンカになったの」
二人が言い争う中でマリが解雇を言い渡すもエリーナは断固とした態度で臨んだこと、逆に粗暴なふるまいを指摘されたマリが逆上したことも話していく。
マリがどれほどひどい話し方だったか、乱暴な会話だったのかもすべて話した。
今が話すときだと思った。
信じてくれないとか、告げ口みたいで後ろめたいとか、マリの報復が怖いとか、そんなことをためらう場合じゃないと思ったからだ。
マリはエリーナを殺そうとした。
階段から突き落としたこともそうだし、その後に担架に乗せられていた絶対安静のエリーナを力任せに揺さぶったことにも殺意を感じる。
本当のマリの姿をわかってもらわないといけない。
マリの怖さをちゃんと理解してもらわないとダメだ。
じゃないと、今度こそエリーナが殺されてしまうかもしれないのだから。
「なんてこと……」
話を聞いてデブラが呆然と呟いた。
フレッドさんも表情が硬い。
信じてくれるだろうか。
二人を祈るように見つめながら私は話を続けた。
「むしゃくしゃすると、マリは私に八つ当たりをするの。物を投げたりひどいことを言ったりしてとても怖いから、お昼になるまでお庭に逃げようと思ったのよ。お庭には虫がいるって、マリは絶対出てこないから」
「なるほど。じゃあ、また庭へ戻ったんですね?」
「ううん、庭へ出る前にお父さまが帰ってきたの。裏口の扉に手をかけるときだったわ。だからまた廊下を戻ったのよ。お部屋で午餐のための身だしなみをしようと思ったの」
あの時の私の行動を頭の中でゆっくりなぞっていく。
「玄関ホールに入ってすぐだったわ。ちょうど大時計の前まで来たとき、エリーナが階段の上に――――…」
そこまで言いかけて、ふいに唇が動かなくなる。
もう衝撃は治まったと思ったのに、あの瞬間のことを話そうとすると喉が引きつったようになった。
手が震えて、呼吸が速くなる。
「ジュリエッタお嬢さまっ」
お話を上手くカットできなかったので少し中途半端な形で次話へ続きます。
ごめんなさい。




