マリの周りにある心配ごと
「本当にごめんなさい。エリーナ、お父さまたちと話すときはまた教えてね」
涙を拭って笑いかけるが、エリーナもポーラも表情は晴れなかった。
だから強引に話を変えることにする。
「それでね。マリのことを話すのが延びたのなら、ちょっと心配なことがあるの。ポーラのことよ」
私の言葉にハッとポーラが顔を上げた。
「マリがポーラのことを悪く言ってるみたいなの。ほら、王都でドレスを汚したのはポーラのせいになってるでしょう? でも、本当は違う。だから変な噂が立ったりバレたりする前に、ポーラの悪口を皆に言いふらして屋敷から追い出そうとしてるんじゃないかって」
「ポーラのことは私も少し気にしておりました。ですが、問題はないでしょう。実は家政婦長のデブラには、内密にですが、あの事件の真実を話しております。マリエッタお嬢さまの王都でのご様子もすべて」
「まあっ!」
この世界の家政婦長は、女性使用人たちのトップに君臨する職だ。
フローリオ子爵家の女主人であるお母さまのもと、お屋敷が上手く回るように采配を振ったり使用人たちを監督したりするのが仕事で、お母さまの代行が出来るくらい権限があるらしい。
お母さまが寝込んでいる今はデブラがお屋敷内を取り仕切っているはずだ。
そんなデブラがマリの悪事を知っていると思うと少し安心かもしれない。
「実はデブラも、マリエッタお嬢さまの変化を心配していました。マリエッタお嬢さま関連で大幅に支出が増えているらしいのです。旦那さまを介してこっそり商会を呼んで、色んなものを購入されていたようですね。大人が使うような高価な化粧品などですが、お話ではジュリエッタお嬢さまと一緒に使うとのことでした」
「いいえ! ジュリエッタお嬢さまはごく一般的な子供用の化粧水をお使いです。それにまだお小さいので化粧をする必要もありません。というよりお化粧品なんて必要ありません! ジュリエッタお嬢さまは今のままで十分お可愛いのですから」
ポーラが全力で答えてくれてちょっと恥ずかしい。
「ええ、わかっています。夜に塗る特別なクリームや口紅など、マリエッタお嬢さまにも必要ないはずなのに。デブラに話を聞いて、私も知らなくて恥ずかしかったです。ですが、そんなデブラですから私の話も疑わずに聞いてくれました。ポーラが真面目に仕事をしていることもデブラは知っていましたよ。執事とも情報を共有すると約束してくれましたし、ですから屋敷内で多少騒がれても大丈夫です」
「そう、よかったわ」
これでようやく安心出来る。
先手先手で動いてくれるエリーナの存在はやっぱり心強い。
「あとは、ベサニーのことね。ベサニーがマリの言いなりになっているらしいの。ベサニーをマリの側付きメイドから外すことは出来ないかしら?」
「ジュリエッタお嬢さま! ベサニーのことはお気にかけないようにと申しましたでしょう」
声を強くするポーラに、私はしんなり眉を下げる。
「ごめんなさい。でも、やっぱり気になるの。私と同じように怖い目に遭わないかって思うと放っておけなくて」
前世が十八歳だった私でも怖いのだ。
見習いというと恐らくまだ小学校高学年くらいの年齢だろう。
そのくらいの子がマリのあの脅しや暴力を受けたら震え上がるはずだ。
恐怖から、やりたくないこともしなければいけなくなるかもしれない。
もしかしたら犯罪さえも。
本来ならポーラがその立場にいたかもしれないと思うと、ベサニーも助けられたらと思ってしまう。
多少人間性に問題があろうが、まだ小さな子供なのだ。
七歳の、もっと子供の私が言うのもなんだけれど。
「ジュリエッタお嬢さまはお優しすぎます」
強行してしまうことを許してもらいたくて私がじっとポーラを見つめていると、諦めたように微苦笑された。
よし。ゴーサインが出たわ。
「エリーナ、どうかしら。ベサニーをマリの専属から外すことは出来る?」
「それは……難しいですね。マリエッタお嬢さまがベサニーを気に入っていらっしゃいますし、すでに旦那さまの許可も下りているので。ですが、ベサニーの教育という名目で私がいないことが多い昼間は、勉強のために別のメイドについてもらうように手配しました。朝夕だけ私の下で働いてもらいます。これでマリエッタお嬢さまと単独で接する機会は格段に少なくなるはずです。これまでは私がいない間に勝手に命令を聞いて動くことが多かったので」
エリーナのため息交じりの言葉に、どうやらミルク風呂以外にもマリのわがままを叶えようとベサニーが勝手に動いた案件がありそうだ。
実際ベサニーは圧倒的に教育が足りないのだからマリも文句は言えないらしい。
「マリエッタお嬢さまのご要望がどれも子供らしいものではないので叶えることは出来ないと突っぱねていたら、こっそりベサニーを使うなんて方法を覚えてしまわれました。これは私が反省すべき点です。まずは責任を持ってベサニーを教育します。あとは、マリエッタお嬢さまに淑女として相応しいお考えを持っていただこうと思っています。何がよくて何がいけないのか、七歳という子供ならではの分別もつけてもらいたいですね」
エリーナはマリがあくまで一時的にわがままになっていると考えて動いている。
根気強く話せばわかってくれると。
でも違うんだと強く叫びたい。
今のマリは本当のマリじゃない。
中身が別人に入れ替わってるのよ。
善意を持ってことに当たろうとするエリーナがもどかしかった。
マリが本当にただの七歳の子爵令嬢だったら諭せるかもしれない。
けれど、マリの中にいるのは『嫌なマリエッタ』なのだ。
あの悪辣なキャラクターを説得くらいで更生させられるだろうか。
ちゃんとした大人のエリーナだったらやり遂げてしまうかしら……?
マリの中身が違うなんて言っても私の正気が疑われるだろう。
精霊の不思議以上に現実にはあり得ない出来事だ。
誰にも理解してもらえるはずがない。
マリに前世の記憶が戻ったことを知られてしまう危険もあった。
もどかしくて不安で、いても立ってもいられない気持ちに駆られる。
「エリーナ、気を付けてね」
「まあ、何か危険なことでもありますか?」
「今のマリは怖いの。もう私の大好きだったマリエッタじゃない」
唇を噛むように言葉を止めると、エリーナが眉を寄せた。
ポーラも表情を硬くする。
「わかりました。ジュリエッタお嬢さまが心配されるようなことはないと思いますが、マリエッタお嬢さまと接するときは気を付けるようにいたしますね」




