七歳の幼くなった心
「ジュリエッタお嬢さま、こちらでしたらどれでもスタイにおすすめの生地です。刺繍もしやすいですし、上等なスタイが出来ますよ」
三日後、エリーナがたくさんの生地を抱えて部屋を訪れてくれた。
内緒で準備したいという私の意向を汲んで、ベテランメイドであるエリーナの裁量で商会に注文を出してくれたのだ。
といっても、使用人たちは普通に知っているんじゃないかと思う。
私がここで布を選ぶと、お針子担当のメイドがスタイの形に仕上げてくれるというのだから。
もしかして今日やけにニコニコして私と挨拶を交わしたお父さまも知っているかもしれないわ。
別にお母さまにバレなければいいの。
お母さまをちょっとびっくりさせて、そして喜ばせたいと思っただけだから。
「これ、ふわふわして気持ちがいいわ。こっちのもサラサラしてよさそう」
ひとつひとつ布を手で触って、気に入った素材は頬に当てて吟味する。
赤ちゃんの肌に触れるものだから、私もちょっと真剣になった。
「この布がいいわ。色も優しくてきれい」
選んだのは肌当たりが柔らかいコットンで淡い紫色がきれいな一枚だ。
「ジュリエッタお嬢さまがお茶会でお召しになったドレスの色に似ていますね」
「そう。私ね、あのドレスを着たあとこの色がお気に入りになったの」
選んだ布を渡すと、明日にはさっそく準備することを約束してくれた。
失敗したときのことも考えて複数枚お願いしたのは言うまでもない。
それにしても、原作マンガではジュリとマリの下に弟妹などいなかった。
だから生まれてくるのが弟なのか妹なのか、私にもわからない。
もう本当に原作からだいぶ違ったところに来ている。
ジュリマリのマンガでは、長女であるジュリエッタが婿を取って子爵家を継ぐことになっており、キース王子と恋愛関係になっても、そのことが気になって悩んだり迷ったりするのだ。
特にマリエッタがざまあされたあとは自分ひとりしか子爵家の後継がいなくなってしまったため、キース王子との別れも考えるなんて切ないシーンもあった。
そんなあれこれが全部なくなるかもしれないとなると何か残念に思えてしまう。
あら……待って、違うわ。
そもそも私はキース王子と恋愛なんてしないもの。
跡継ぎ問題で悩むこともキース王子との別れも最初から発生しないのよ!
ぐっとこぶしを握って決意表明をして、我に返ってそっと手を広げる。
はあ、ファン心理ってなんて厄介なんだろう。
これから先もジュリマリのマンガと違う展開へ進むたびに同じような気持ちになるんだろうかと、心の中でそっとため息をついた。
でもひとつ懸念もある。
何度も言うが、ジュリマリのマンガで弟妹なんていなかった。
ということは、今回の赤ちゃんが生まれてこない可能性もあるのだ。
ジュリマリのマンガと違う点なんていくつも発生しているから大丈夫とは思うけれど、それだけは気がかりだった。
弟でもいい、妹でもいい。
どうか無事に生まれてきますように……。
「ジュリエッタお嬢さま、マリエッタお嬢さまの件ですが――」
ポーラとのスタイに関する話が終わったのだろう。
私に向き直ったエリーナが、ずっと気になっていた話を始める。
一時保留となっているマリの件だ。
お母さまの妊娠があったり悪阻がひどかったりしたために、ショックな内容となるマリの話は、やはりまだお父さまにもお母さまにも相談出来ていないらしい。
しかし王都から帰る前の日に、お母さまから訊ねられて少しだけマリの話をしたのだという。
「マリがドレスを汚した話をしたの?」
「いえ、その件はさすがにまだ。ですが、マリエッタお嬢さまの普段のご様子はお伝えしました。狭量な振る舞いや身勝手な言動が増えたことなどです。マリエッタお嬢さまが王都で急に人が変わったようになられたことは奥さまも大変気にしておいででした。ですが、私の話はどうも想像以上だったようで、お聞きになった奥さまはとてもショックを受けてしまわれました」
「まあ……」
「翌日の帰途につく馬車の中で奥さまが体調を崩されたのは、もしかしたら悪阻のこと以上にこのせいかもしれないと思っております」
エリーナは苦しげにため息をつく。
それもあって、もう少し落ち着くまでマリの話は控えたいという。
ひと月かそれ以上、お母さまの容態によってはもっと遅れるかもしれない、と。
お父さまにだけ話してもいいが、最近のお父さまはマリ贔屓の傾向がある。
そのためお母さまも一緒の方がいいのではないかとエリーナは判断したようだ。
「そう、そうね。確かにお母さまは今一番大事な時期ですもの」
「申し訳ございません、お嬢さま」
マリのことで屋敷内のいろいろなことが進展するかもしれないと思っていただけに、エリーナの話はがっかりだった。
けれど正しい判断だろう。
ただでさえ今は慎重にならなければいけない時期だ。
お母さまの心労をこれ以上増やすわけにはいかない。
「謝ることはないわ。お母さまのことを考えてくれたのよね」
「ジュリエッタお嬢さま……」
「私は大丈夫よ。だから、エリーナは……ポーラもそんな顔をしないで。そうね、あと少しなんですもの。今まで通りマリに近付かないようにすればいいのよ。お庭に出るようにするわ。マリはお庭には近付かないもの。スタイの刺繍もお庭ですればいいと思うの。いい考えでしょう?」
「ジュリエッタお嬢さま、ポーラもおりますし私も力になります。屋敷には他にもお嬢さまをきちんと理解している人間もおりますから、おひとりで頑張らなくても大丈夫でございます。ご両親にも必ず近いうちに本当のことお伝えしますから、今しばらく――今しばらくです」
エリーナの宥めるような優しい口調に口がへの字になる。
震える唇をきゅっと噛みしめたけれど、大粒の涙はポロリと目からこぼれ落ちてしまった。
「ごっ、ごめんなさい。そうね、今しばらくね。本当に平気なの。わかっているもの。今のお母さまにこれ以上マリのことで心配をかけさせられないって。私だって王都にいたときずっと思っていたの。マリのことで悲しまれるお母さまをどうにか元気づけられないかって。だから、エリーナの言葉はとても嬉しいわ。ただそれだけなの」
エリーナの言うことが正しいことはわかっている。
悪阻で苦しんでいるお母さまにこれ以上の心労をかけたくない。
それでも七歳の幼くなってしまった心がわがままを言うのだ。
これまで苦しかっただけに、目前まで迫っていた救い出される機会がまた遠ざかったことがやりきれない、と。
早く助けて欲しい、と。
それが恥ずかしくて苦しかった。




