ポーラの宣誓
花のお屋敷に戻ってきた。
王都から帰ったらエリーナと一緒に両親にマリのことを相談するはずだったが、思わぬ出来事があって一時保留となっている。
というのも、お母さまが体調を崩したのだ。
王都でもあまり具合がよくなさそうだったし、王都からの帰りの馬車の中で真っ青な顔になったお母さまを見たときは涙ぐんでしまった。
すわ大病かと心配したが、お母さまは懐妊していたことが発覚。
ここしばらくの体調不良が妊娠によるものだとわかって少しだけホッとした。
でも、女性の妊娠や出産はこの世界でも一大事らしい。
特にお母さまは今回悪阻がひどくて、ここ一週間ほどベッドに寝たきりだ。
嬉しい知らせ半分、お母さまが心配で不安半分といったところだった。
お父さまもずいぶん気を揉んでいるらしく、屋敷内もばたばたして何かと落ち着かない。
医療がファンタジーな方向へ発達しているこの世界だから、前世のつたない常識は全く役に立たず、ただただお医者さまの言うことを聞くばかり。
妊娠しているお母さまに何をしたら正しいのか間違っているのか、どんなものがいいのか悪いのか、まったくわからなかった。
これから学んでいかなければならないだろう。
それでも、自分に弟か妹が出来るのはやはり嬉しい。
「ふふふ。私、さらにお姉さまになるんだわ!」
「ようございましたね。お嬢さまは、今度お生まれになる赤ちゃんは弟と妹のどちらがよろしいのですか?」
「そうねえ、今度は弟がいいかしら。でもやっぱり妹も……。うん、元気な赤ちゃんが生まれてくれるなら弟でも妹でもどちらでも嬉しい」
前世でも私に弟や妹はいなかった。
今世ではマリという妹はいるが双子なので、まったく庇護すべき小さい弟妹は今回が初めてだ。
弟妹がいる側付きメイドのポーラはだから頼もしい先輩になる。
「ねえ、ポーラ。つらそうなお母さまや、生まれてくる赤ちゃんのために私に何か出来ることってないかしら? ポーラは弟や妹たちのために何をしてあげた?」
「そうですねえ。奥様のことはお医者さまにお任せするしかありませんが、赤ちゃんのためだったら……スタイとか作ってみたらどうでしょう? 赤ちゃんのよだれかけです。私もいっぱい作りましたよ」
この世界でもスタイってあるのね。
「お生まれになってしばらくしたら、何枚も替えが必要になるほど使用しますからね。布を用意しますので、お嬢さまが刺繍をお入れになるのはどうでしょう?」
「それいいわ! 用意する布から考えたい。お母さまに内緒で出来るかしら?」
「エリーナさんに相談しましょう。きっと大丈夫でございますよ」
ポーラは頼もしく頷いてくれた。
屋敷に戻ってすぐに、ポーラには実家に帰ってもらった。
もちろん白い菫――精霊の祝福で作った薬で、十日熱を患うお父さまを治してもらうためだ。
菫の花が沈むハチミツをポーラに渡したとき最初は何かわからなかったらしい。
きょとんとするポーラに小さく笑って、デジレ薬の代わりになるんだと教える。
神聖な紫菫の木の話から不思議な白い菫の話、精霊さまの神秘や精霊の祝福の貴重性を語って聞かせると、今度は震え上がった。
そんな大層なものをもらうわけにはいかないと何度も断られたが、ポーラのために用意した薬であることを言うと感動で大泣きされてしまった。
お父さまの病気はやはり深刻らしい。
ただ薬を渡す代わりに幾つか約束をしてもらう。
実家に戻ったらすぐに薬を飲ませること、お父さまが薬を飲んでしまうまで誰にも内緒にして、その処置もポーラひとりで行うこと。
今回の薬のことは両親とポーラ以外にはお医者さまにも秘密にすること。
もちろんこの屋敷の誰にも内緒だ。
精霊の祝福の危険性も話すと、ポーラは固く約束してくれた。
そうして一日だけお休みを取ったポーラは実家に帰った。
夜に再び屋敷に戻ってきたときには、目を赤くはらして喜びで顔が輝いていた。
顔を合わせるとすぐに何度もお礼を言われた。
ちゃんとお父さまの病気は治ったらしい。
高熱と微熱が交互に襲ってきて苦しんでいたポーラのお父さま。
ポーラが黄金の菫とハチミツを飲ませると、すぐに熱は下がっていったという。
お医者さまからも十日熱は完治したと診断を受けたようだ。
お医者さまはとても不思議がっていたとも。
ポーラのお父さまが元気になってよかった。
精霊の祝福が本当にデジレ薬の代わりになって嬉しかった。
改めて精霊さまに感謝の祈りを捧げる。
そうしてポーラはすべてを話し終わると――。
「ジュリエッタお嬢さまには心から感謝いたします。お嬢さまは、私と家族の命の恩人です。ご恩に報いるためにも――未熟ではございますが、私ポーラは一生涯全身全霊を賭けてジュリエッタお嬢さまにお仕えさせていただくことを、尊き白の精霊さまに誓います!」
なんてポーラから熱く宣誓されてしまった。
王都で『ギザルテ』のミアンが白の精霊さまに宣誓したのを思い出し、自分も同じように誓いたいと思い立ったのだという。
それからポーラの言動が盲目的になった気がするのがちょっとだけ心配だった。
ずっと傍にいるという気持ちは嬉しいけれど、ポーラだって結婚したくなったらして欲しいし、辞めたくなったときは辞めていいのだから。
そんなポーラは誓いを実行すべく屋敷に戻ってきてから精力的に動き出した。
普段の私の世話に一層力を入れてくれるのはもちろん、屋敷でのマリに関する話を弟のドルーと一緒に集めてきてくれたのだ。
「王都のお土産をメイド達に配って回っている……?」
「はい。王都で一番のお店で買ったリボンだそうです。見せてもらったんですが、それはもう美しいリボンでした」
屋敷のメイド達に王都で手に入れたリボンをお土産だと渡しているらしい。
ソフィ伯母さまに買ってもらったリボンだろう。
私もマリに見せびらかされたが、色もカラフルで艶のある美しい品だった。
伯母さまの趣味で買わされたリボンもあったらしく、マリはリボンのいくつかを私に押しつけようとした。
けれどもらったらそれをまたマリに利用される気がしていらないと突っぱねた。
そのことでマリはヒステリーを起こして大変だったのだけど。
「ですから、メイド達の間でマリエッタお嬢さまの評判がぐんと上がっているんです。今までマリエッタお嬢さまは何かおかしいと私と話し合っていたメイドまですっかり考えを変えてしまっていて」
「まあ……」
「これはドルーが見習いメイドから聞いた話ですが。王都でジュリエッタお嬢さまと私から蔑ろにされたと、マリエッタお嬢さまはあちこちで吹聴していらっしゃるようです。マリエッタお嬢さまは、私を追い出したいと思っておられるのかもしれません。ジュリエッタお嬢さまのドレスを汚したことを始め、私の評判を下げる話をたくさん聞いたとドルーが言ってましたから」
「あなたまでマリの標的にされるなんて……」
ありえない話ではない。
もう少し早く考えつけばよかった。
私はぎゅっと唇を噛んだ。




