お祖父ちゃまからの髪飾り
「でもやっぱりキース王子はかっこよかったわー」
カリッと爪を噛む音が止まって、マリが大きなため息をつく。
そうしてキース王子がどれだけかっこよかったか並べ立て始めた。
おかっぱの髪形も案外似合ってたとか実物はマンガの百倍素敵だったとか。
王子さまスマイルでにっこり笑いかけてくれたのは自分に気があるからで、きっとあの後バラ園で自分を待っていたはずだなんてことも口にしていた。
「悔しいのはルカーシュさまに会えなかったことでしょ。なんでお茶会にいなかったんだろ。ルカーシュさまにも絶対会わなきゃいけなかったのに! マンガでも出てこなかったんだよねえ。出席してなかったとか? あーマジ悔しい!」
ルカーシュさまの名前に心臓が飛び跳ねた。
「キース王子があんなにかっこよかったんだから、ルカーシュさまも絶対かっこいいはずなんだから!」
うん、とてもかっこよかったです。
心の中で返事をして、どうして私がルカーシュさまに会ってしまったんだろうと遠い目になる。
「キャラ的にはキース王子より断然ルカーシュさまの方が好みなんだよねー。顔がまず好きだし腹黒いとこもかっこいいし男で色っぽいなんてクラクラするじゃん! 女の扱い上手そうでいろいろ楽しませてくれそうなとこもいいよねー」
ええっ!?
マリの中の人って、ルカーシュさま推しだったわけ?
でもずっとキース王子を狙ってたよね!?
素で驚いてしまった。
さいわいマリは自分のおしゃべりに夢中で私がマリの言葉に反応してしまったことには気付いていないようだ。
取り繕う私など目にも入っていないマリの様子に胸を撫で下ろした。
「あーでも、将来的に侯爵夫人と王妃となったら、やっぱ王妃かな。王族になれるのは魅力的だわ。王妃になったら何だって出来るわけよ」
マリは王妃になって、ファッションやジュエリー関連でたくさんの『王妃様のお気に入りシリーズ』という流行を作るんだと声を張り上げる。
伯母さまに見せてもらった秘蔵の宝石コレクションの中にはそういうものがたくさんあったらしい。
うん、理由は何であれやっぱりマリはキース王子狙いで間違いなさそうだ。
「キース王子と結婚するとしてもルカーシュさまも絶対譲らないから。二人を手玉に取ってこそ正当なマリジュリのヒロインってやつでしょ。他のかっこいい男も全部私のもの。せっかく可愛く生まれたんだから利用しない手はないわよね」
マリは「くふふくふふ」と気持ち悪い笑い声を上げ続ける。
「そうなると、やっぱお茶会でルカーシュさまに会えなかったのが痛いわー。子供でも色気たっぷりの麗しのルカーシュさまだったりして。うはー! 子供のルカーシュさまも絶対モテるはずだし女の子をいっぱい侍らせてるだろうから、今のうちにアピールしとかなきゃいけなかったのに」
女の子を侍らすような七歳児ってどうなんだろう。
ジュリマリのマンガの印象が強すぎるのはマリも一緒のようだ。
「せっかく今は何にも知らない小学生のガキなんだから印象操作が重要なのに」
「……印象操作?」
「簡単でしょ、お姉さんぶって優しくすればいいんだから。真面目なキース王子には『そんなに頑張らなくてもいいのよ』なんて言っとけばいいだろうし、ルカーシュさまにはスキンシップ多めでこっちから抱きついてどきどきさせてやれば子供だしすぐにころっといくはず。今の時期に、初恋の少女とかいい印象を植え付けたかったんだけどなあ」
全部聞き流すはずだったのに、あまりのはしたない計画には呆気に取られた。
そんな私をマリは嘲笑う。
「あんたって本当ガキだわ。ま、それでいいんだけど」
そうしてマリは明日には花のお屋敷に帰らなければいけないことを嘆いた。
買い物に行ったり演劇を見たりカフェでお茶したりと思い出を口にするマリ。
王都での生活がよほど楽しかったらしい。
花のお屋敷では私をいじめるくらいしか楽しいことがないのだからと口にするマリに、私はマリのおもちゃなんかじゃないと強く主張したかった。
出来ないけれど。
「そうだ。あんた、今度王都へ行くときは私も連れていくようにお母さまに絶対言いなさいよ。一人じゃ心細いなんて言えば私も一緒に行かざるをえないでしょ。ジュリだけ王都へ行って王宮に通うなんて狡すぎだから。あー、今度王都へ行ったら何を買ってもらおうかな。まずは夏用のドレスを買ってもらわなきゃね。あとはアクセサリーも、クソジジイにもらった安っぽい色ガラスなんかじゃなくて、本物の宝石がいっぱい付いたヤツ」
「お祖父ちゃまの髪飾りに付いていた石は、色ガラスじゃなくて水晶だと思うわ」
「あんな小さいの、色ガラスと同じでしょ。クソジジイの家って相当な金持ちらしいのにマジ使えね」
お祖父ちゃまがくれた髪飾りを貶されて悔しくなって反論するが、マリは鼻で笑って相手にしない。
「てか、あのクソジジイって社交界の鼻つまみ者って言われてるらしいわ」
「鼻つまみ者って……」
「貴族たちから思いっきり敬遠されてるってこと」
それどころかお祖父ちゃま本人まで貶し始めた。
「嘘を言わないで!」
「嘘なわけないじゃん、オバサンに聞いたんだから。クソジジイの家――バークレー子爵家ってのが貴族社会じゃ落伍者扱いされてんだって。代々、王宮にある研究所の長を承継する家柄らしいけど、責任者といっても肩書きだけで、実際王宮じゃ仕事もせずに毎日ふらふら遊んでるんだって。ま、ちゃんとした仕事をもらえないのが実情らしいけど。出世から取り残されてて、でも楽して金だけはたくさんもらえるから、貴族の間じゃえらく嫌われてるってさ。ざまあだわ」
そういえば伯母さまがお祖父ちゃまに向かってそれらしいことを言っていた。
ひどい言葉を言われてもお祖父ちゃまが怒らなかったからスルーしたけど。
でも、ルカーシュさまの話じゃお祖父ちゃまは功績があるすごい人みたいだったし、きっと何かの間違いだろう。
「金持ちのジジイだったら孫に何でも買ってやるのがセオリーでしょ。子供がねだるブローチくらい安いもんじゃね? なのにおねだりデートは嬉しくないって何様かよ。ふざけんなっての。何も買ってくれないクソジジイの相手なんか誰が出来るか。あげくのはてには安物の髪飾りなんかを恩着せがましく送ってきてさあ。あーそうだ。あんたがもらった髪飾りを見せなさいよ。地味でセンス悪すぎだったけど、もう一度見ておきたいわ」
散々文句を言ったあとに差し出してきたマリの手に、私は首を横に振った。
「私の髪飾りはお母さまに預けてるわ。水晶がついたアクセサリーだもの。マリも、お母さまが預かるから後で渡しなさいって言われたでしょう?」
「はあ? あんな安い髪飾りをどうしてお母さまに預ける必要があんの。しかもあんたのなんか色ガラス一個しか付いてないさらに安物だったじゃん。お母さまもおかしいでしょ、あの程度でうるさく言うのは。あんなのより、さっきオバサンにもらったエメラルドのブローチの方がよっぽど高いっての。三つ葉のクローバーのデザインでとっても可愛いんだから」
マリはそう言って、伯母さまからもらったブローチの素晴らしさを説明する。
大きなエメラルドが三つもついているもので、伯母さまが自慢げに教えてくれたブローチの値段はとても高価だったらしい。
マリの話を聞きながら、間一髪だったと胸を撫でおろす。
お祖父ちゃまからの髪飾りはついさっきお母さまに挨拶に行った際に預けた。
マリに見せて、取られたり壊されたりするかもしれないと思ったからだ。
私もちゃんと学習するのだ。
「でもオバサンも何だかんだいってやっぱケチだわ。いい感じのダイヤのネックレスがあったから欲しいと言っても子供にはまだ早いってさっさとしまい込むんだから。ムカつくから、今度王都に来たときにこっそりかすめ取ってやろうかな。でもって、オバサンの部屋の前でメガネ豚がうろうろしてたなんて言いつければ、いい感じに誤解してくれるかも。くふふ」
「マリ、そんなことはしたらダメよ」
「何? お母さまに言いつける? 言えばいいじゃん。あんたの言うことなんて誰も信じてくれないでしょ」
挑発するように笑うマリから私はつい視線を逸らしてしまった。
「ふん、最初からよけいな口を挟むな。そうだ、今度王都へ行ったときは私も王宮へ行こう。今度こそキース王子にも会えるかもしれないし。一度会ったらあとは簡単でしょ。とびっきりのドレスでおしゃれして、ちょっとずつ仲良くなるのもマジ楽しそう」
言いたいことを言い尽くしたせいかマリの態度もずいぶん落ち着いた。
だが、そこからがまた長いのだ。
私の相づちなんて関係なしに好きなことをしゃべりまくる。
一人でしゃべることの何が楽しいのか。
王都に来て色々あったり感じたりしたことが多かったせいか、マリのおしゃべりは心配したエリーナが探しに来るまでずっと続いた。




