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予想外の順調さ

06

 俺がこの世界に転生したと気がついた夜から2年の時が過ぎた。

 今年で5才になるわけだが、2年前はこれからいったいどうなってしまうのかと身構えていたのに、俺の周りは拍子抜けするほど平穏だ。

 転生に気づいた直後は、子どもらしい言動を心がけたが、中身が成人していたのでどうやっても相手に違和感を与えてしまい、1年が過ぎた頃に子どもらしさを演じるのは半ば諦めた。それはまぁ仕方がない。

 幸いなことに前世を思い出したのは、両親が亡くなって王位を継承した夜のことだったため、周囲から心境の変化があったのかと好意的に受け止められたようなので、大きな問題にはならなかった。

 ぶっちゃけ、3才児が子どもらしさをなくして順応できてしまう周囲に驚きを禁じ得ない。

 そんな俺の日常は、王族としての教育――加減乗除程度の初歩的な算数から始まり、国の歴史、法律などの座学やらダンスにマナーなどなどの習い事をこなす日々。

 習い事の数は多いが、自由な時間がないわけではない。

 基本的に習い事は、小休止を挟みつつ複数の内容を丸一日行う日と習い事は半日程度に収めて残りは自由時間の日に分けられ、丸一日を二日続けたら、次の日は半休って形になっている。

 子どもにしては忙しいが、身分を考えれば自由な時間が与えられているだけマシな方だろう。とは言え、問題はこの半休の方だ。

 この世界には、ゲームもなければテレビも漫画も存在しない。

 書庫に行けば小説のような物語系の本もあるにはあるが、城の書庫はあくまでも国の運営に必要な書物や記録が保管されている場所なので、子どもでも読めるような本は最低限しか置かれていない。

 どういうことかと言えば、1人で暇をつぶす手段が非常に少ないのだ。

 転生に気づいてからは同世代とのコネ作りを考えていたが、この2年間はまだまだ俺は幼いのでパーティなどに出席することもなく、お茶会などが開催されたこともない。

 俺が会う相手と言えばもっぱら、宰相のマイザー、近衛隊長のエドウィン、宮廷魔術師長のサマリエルや大臣など城に務める各部門のトップばかり――と言うか世話係のメイド以外はおっさんばっかだ。

 お友達が欲しいです。

 ぼっちは嫌だ。

 前世がパリピだったわけじゃないけど、ぼっちは嫌だ。

 まぁ、その話は置いといて。

 出会ったおっさん連中なんだが、意外なことにエドウィンをはじめ、俺が会ったことのある者達は皆、性格に問題はあっても人間性に問題がなかったことだろう。

 どうしたら、これが10年も経たないうちに腐敗しきってしまうのか不思議でならないくらいにはまともな人間ばかりだ。いや、変人も普通にいるんだけどさ。サマリエルとかハビエルとか……まぁ、まともの意味が違うってのはあるな。

 そして何よりも意外なことは、マイザーがまだ本性を現わしていない点だろう。

 法律関係の変更や調整にはどうやっても摂政ではなく国王の承認を必要とするものもあるのだが、マイザーはこちらが難しい話などわからないだろうと形式だけの承認を求めるような真似はしない。

 懇切丁寧にこちらが分かるまで、きちんと変更内容や調整内容を口頭で説明してくる。

 その説明が信用できずにさりげなく書類の方も確認するんだが、嘘の説明をされることもなく説明を聞く限りでは至って適切な内容だと思えるものばかりなのだ。

 ゲームで国を荒廃させておきながらルードにすべての罪を被せて、自分だけはちゃっかり新しい国でも宰相になるような男とは思えない。

 もしかしたら、数年以内に彼が変わってしまうような何かが起きるのかも知れない。

 そうなのだとすれば、その事態を回避したいが、設定集には人が変わってしまうほどの過去を背負っていると言ったマイザーの設定は書かれていなかったので、何が起きるのか全く見当がつかないので事前に準備することもできはしない。

 まぁ、希望的観測はやめておこう。

 マイザーは敵だという前提で動かないとな。

 実際に国民の生活を目にしたことはないけれど、報告を聞く限りでは、とりあえずこの国は平和だ。

 ぜひとも革命なんて起きずにいつまでも平穏が続いてほしいものだ。

 そう考えながらため息をこぼすと、考えに一区切りついたのを見越したかのように扉がノックされる。


「入れ」

「陛下、準備が整いましてございます」


 入室してすぐに深く頭を下げたメイドのアンジェリカが、頭を上げて淡々と報告する。

 王城勤めの中でも国王である俺の側に仕えるだけあって、彼女の所作は完璧であり非常に美しい。

 俺のマナーとダンスの教師役もこなしながら、メイド長としても完璧な仕事をする彼女を俺は非常に頼りにしている。


「そうか。わかった。案内せよ」

「かしこまりました……どうぞ、こちらでございます」


 俺は、そんな完璧メイド長アンジェリカに先導されて部屋を出る。

 向かう場所へどうやって行くのか分かっていても自ら先導して勝手に向かったりしないのは、立場ある者としてのたしなみだ。

 まぁ、これも時と場合って奴がある。

 今回みたいにホストとして客を迎える際、立場が高い人間は準備を従者に任せる。そうすることで客に自分の従者の優秀さを示すためだ。

 部下自慢って奴だな。

 習い事で部屋を移動する際や仕事、プライベート時は逆に従者を後ろに引き連れて歩く必要がある。

 さて、俺が何のホストを務めるかと言えば――


「本日の茶会に参加するのは、エリザベート・マカルファ公爵令嬢、ベアトリス・カロン公爵令嬢、スタンリー・イプキス侯爵令息の3名です」

「わかっている。初めての茶会なのだ。身内の公爵家とエドウィンの息子だろう?」

「その通りでございます」


 そう。本日は習い事なしで、念願のお茶会――という名の顔合わせなのだ。

 この世界の貴族は成人するまで、年齢が5の倍数を目安にいろいろとやること、出来ることが増える。

 5才になると小規模なお茶会――と言うか、同世代のお友達作りが行われ、10才になるとパーティーデビュー、15才で成人となっている。

 目安なので前後することは普通にあり得るし、俺の場合は貴族の子どもどころか王族の子どもですらなく、すでに国王という立場にあるので状況が全然違う。ある程度の教育が終わればパーティーデビューは前倒しされるだろう。

 まぁ、そんなわけで、王家と血のつながりがある公爵家の娘2人に、俺と面識があり地位も爵位も高い近衛隊長のエドウィンの息子が同年代――と言うか、同い年なので初めてのお茶会参加者に選ばれたわけである。

 たしか、王国の貴族について習った限りでは、マカルファ公爵家は2代前の当主が当時の王弟で、カロン公爵家は3代前の当主が当時の王弟だったはずだ。

 この国では公爵家は、王家との血の交わりが4代途切れると自動的に侯爵家に格下げされる。

 そのため、侯爵家ではない公爵家は――日本的に考えるとちょっとばかり遠いが――王家の身内と見なされる。

 なにかしらお茶会で失敗しても問題が少ないメンツが揃えられてるので結構気は楽だ。

 少しばかり気が重いのは、カロン家のことだな。ベアトリスの兄の代で王家と血が交わらなければ侯爵家に格下げされるので、かなり必死だろう。

 何に必死なのかって? ベアトリスを俺の嫁にするためにだよ。

 なにせ、俺の両親は一人息子の俺を残して死んでしまったので俺以外に王族は存在しない。公爵家という立場を守るには、最後に交わった当主から4代後の当主に王家から降嫁してもらうのが一般的なのだが、降嫁する姉妹もいないのだからその手は仕えない。

 そうなってくると、王家と血の交わりを得るために残された手段は、ベアトリスが俺の嫁に収まる他にないわけだ。当主の妹が王妃になるのだから、交わりとしては最高の結果と言えるだろう。

 お貴族様だから政略結婚とかは仕方ないんだろうけど、まだ5才ですよ? 前世が日本人だっただけになんともね……Yes ロリータ、No タッチ!

 いや、俺はロリコンじゃないよ? ただ小さい子を見てほんわかしたり、困っていたら助けてやろうと思う程度の庇護欲があるだけです。

 そうこう考えている間も足を止めずに歩いていると、第二庭園の中心にある西洋風東屋ガゼボが見えてくる。

 元の世界のマナーがどんなものかは知らないが、この世界では身分が高い人間は、ホストであっても遅れてやってくるのがマナーなので、すでに3人は席についている――んだけど、なんだか雰囲気が……すっごい緊張してるね。

 うん。

 いや、わかるよ?

 3人も初対面だし、これが初めてのお茶会でしょ?

 慣例として、王族と同じ年に生まれた子どもは5才になっても王族がお茶会を開くまでお茶会を開けない。

 誰も彼もが初めてであれば、誰もが本番での勝手が分からないし、恥をかいてもごまかしが利く。しかし、場慣れした人間がいるとそいつに失敗を気づかれるし、空気が持って行かれてしまう。

 そんなことを王族相手にするわけにはいかないので、王族が初めてのお茶会を開き、一番の経験者は王族の人間ってことにするわけだ。

 正直、どうでもいい慣例だな。

 閑話休題それはともかく

 男の子は1人だけだし、あれがスタンリーだな。

 赤い髪とか目元とか父親の面影があるよ。

 1人は背中しか見えないし、もう1人は背中しか見えない奴の影に隠れて見えないからどっちがどっちかわからん。

 まぁ、顔は見えなくてもスタンリーの表情からゲストの3人が揃って緊張してるのはわかるし、それぞれのお供も主人がやらかさないのかと気が気でない様子なのは見て取れる。

 友達作れると思ったのに、なんか予想外の雰囲気だ。

 はぁ……まぁ仕方ない。


「待たせたな」


 俺がそう言うと、席に着いていた3人が慌てて立ち上がる。ははっ、スタンリーくん勢いつけすぎじゃね? 椅子が倒れたよ?

 俺に背を向ける形だったのは、たぶんエリザベートだろう。ゲームで見た姿の面影がある。

 じゃあ、エリザベートの影に隠れてたのがベアトリスか……


「ぶふっ」

「陛下!?」

「どうなさいました!?」

「いや、すまん。緊張で少しむせただけだ」


 やばいやばい……エリザベートの影からとんでもないものが出てきて思わず吹き出しちゃったよ。

 何が飛び出てきたって?

 ドリルだよ。


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