1119話 赤い煙
魔物を討伐した場所から王都までの道のりの、半分ほどまで戻ってきたところで、先頭を歩いていたシエルが立ち止まって周りを見回した。
「どうしたの?」
ランカさんの言葉に、全員が警戒しながら周りを見る。
「にゃうん?」
シエルが少し不思議そうに鳴いて、進行方向の右側を見る。
「シエル、何か気になるの?」
私はシエルの傍により、シエルの見ているほうに視線を向ける。
「にゃうん」
気になる物があるのか。
魔物かな?
「魔物の気配がするの?」
「にゃうん」
シエルの返答に、ランカさん達が武器を構える。
「魔物の気配は感じないけど、だからこそ危険よね」
魔物がゴミや魔法陣の影響を受けると、気配が薄くなったりする。
そして影響を受けている魔物は、通常とは異なる動きを見せるので厄介だ。
「にゃうん」
シエルが声を低くして鳴くと、見ていたほうに向かって駆け出した。
「シエル! どうするの?」
ランカさんがお父さんを見る。
「行こう!」
「わかった」
シエルが駆け出したほうへ警戒しながら走っていると、複数の魔物の気配を感じた。
「赤い煙! 救助信号だ!」
空に上がっている赤い煙を見た瞬間、シファルさんが声を上げ、ラットルアさんとランカさんが走る速度を上げた。
「前方に上位魔物が3匹。怪我人が複数人いるわ」
「ぷっぷぷ~」
「ソラ? あぁ、治療ね。出血量から見て3人ともかなり危険ね。ソラ、治療をお願い」
「ぷっぷぷ~」
「ソラの鳴き声って、余計な力が抜けるな」
シファルさんの言葉に、ランカさん達が少し笑う。
「ぎゃぁぁああああ」
お腹のあたりから大量の出血をしている男性に向かって、魔物が前脚を大きく振りかぶる。
「にゃうん」
魔物が前脚を振り下ろそうとした瞬間、シエルが魔物に体当たりをする。
魔物はシエルの勢いに吹っ飛ばされ、近くの大木に体を強打し、ふらつくのが見えた。
シエルは魔物の動きが遅くなったところを見逃さず、一気に首のあたりに噛みついた。
「あの魔物はもう大丈夫ね。ラットルアとヌーガは右側の魔物を。私とドルイドは左の魔物を倒すわよ。シファルとアイビーはそれぞれ援護を!」
「「「「「了解」」」」」
シファルさんがチラッと私を見ると右側にいる魔物に向かうので、私はお父さんが向かった魔物のほうへ行く。
ある程度魔物の近くまで走り寄ると、止まって弓を構え、魔物の目に向かって矢を放つ。
魔物が私達に気付いて殺気立っていたので、矢は見事に目に命中した。
そのあとも、魔物の殺気のおかげですべての矢が魔物に命中する。
3匹の魔物を討伐し終えると、お父さんが笑って私のところへ来た。
「アイビーは、殺気を向けられると外さないな」
「うん。今回は殺気のおかげで全部当たったよ。これでは駄目なんだけどね。でも殺気を向けられると『よしっ』って思ってしまうんだよね」
「ははっ」
私の言葉に、お父さんが笑う。
「あっ、ソラは……」
さっき血まみれで倒れていた冒険者の男性が、ソラとフレムを抱き上げてこちらに向かってくる姿が見えた。
仲間の冒険者も一緒なので、全員助かったみたいだ。
「俺達が魔物を倒している間に、治療を終えたみたいだな」
お父さんの言葉に頷くと、3人の冒険者達が傍まで来た。
「救助信号に応えていただき、ありがとうございます。怪我も治療してもらえたので助かりました。そういえば俺の怪我って……うわっ。やっぱり俺、腹を半分くらい切り裂かれていたんですね。よく生き延びられたな……君のおかげなんだろうな、ありがとう」
ソラとフレムを抱き上げている男性が、自分の服の切れ方と沁み込んだ血の量を見て真っ青になる。
そして、ソラにお礼を伝えた。
「ぷっぷぷ~」
ソラが自慢げに鳴くと、治療を受けた男性達が微笑ましそうにソラを見つめる。
「あの、俺達は中位冒険者チーム『タンタ』です。俺はリーダーのダズ。仲間のオークスとルグルです」
3人の中で一番年上に見える男性が、ヌーガさんに向かって頭を下げる。
「俺達のリーダーはあっちだ」
ヌーガさんがランカさんを指すと、男性は少し焦った様子でランカさんに頭を下げた。
「ありがとうございました」
「間に合ってよかったわ。私は『炎の剣』でリーダーのランカよ。それよりかなりひどい怪我だったけど大丈夫?」
「はい。全員、この子に治療をしてもらいました」
男性が、ソラを見て嬉しそうに笑う。
「あの……このスライムの治療の力なんですが……」
「んっ? 何?」
ランカさんが男性に向かって微笑む。
その微笑みを見た男性は、言葉を途中で止めて視線をさまよわせる。
「いえ、何でもありません。命の恩人だという事だけです」
男性の言葉に、ランカさんが笑って頷くと、魔物に視線を向けた。
「あの3匹の魔物の動きはゆっくりよね。逃げ切れなかったの?」
ランカさんの問いに、男性が頷く。
「俺達はこのあたりを住処にした中位魔物の調査依頼を受け、ここに来ました。調査は無事に終わって、王都に戻ろうとしたら、急に上位魔物が姿を見せたんです。魔物の気配や魔力には注意していたんですが、森の気配に紛れてしまったのか、見逃してしまったみたいです」
「そう」
ダズさんの説明にランカさんが魔物を見ながら頷く。
「魔物の姿を見て、すぐにあの岩場に隠れました」
ダズさんが指すほうを見ると、複数の大きな岩があり、大人でも余裕で隠れられそうな場所だとわかった。
「魔物が通り過ぎるまで隠れられると思ったんですが……いえ、途中まではゆっくり通り過ぎたんです。でも急に先頭を歩いていた魔物の様子がおかしくなって、頭を振り回したと思ったら岩場のほうに向かってきたんです」
「あの魔物、頭を振ってから動きが早くなったように見えました」
ダズさんの説明の後に、ソラを抱っこしている男性がランカさんを見る。
「オークスも、そう感じたのか?」
「うん。岩場の途中まではゆっくりと歩いていて、立ち止まったと思ったら前脚を振って、それで頭を振り回した次の瞬間、岩場のほうへ凄い勢いで走ってきたように見えた」
オークスさんの説明に、ランカさんが少し険しい表情をする。
「急に変わった?」
「ぺふっ」
ソルの鳴き声で周りを見渡すと、倒れた魔物の上で飛び跳ねていた。
「ソル、どうしたの?」
「ぺふっ。ぺふっ」
ソルの傍に寄ると、ソルが何かを見ながら何度も鳴いていた。
「あっ」
「どうした?」
私と一緒にソルのもとに来たお父さんが、不思議そうに私を見る。
「お父さん、魔物の前脚に……」
「紐か……」
私とお父さんの視線の先には、魔物の前脚に絡まっている、少し太い茶色の紐があった。
「どうしたの?」
ランカさんが私達の様子に首を傾げる。
「さっきと似た紐が、魔物の前脚に絡んでいるんだ」
お父さんの説明にランカさんが息を呑むのがわかった。
「これか」
シファルさんが傍に来ると、魔物の前脚を持ち上げて、紐を調べる。
「あった。魔法陣が描かれた板だ」
「ぺふっ!」
シファルさんが板に触ろうとすると、ソルが焦ったように鳴く。
「えっ。触らないほうがいいのか?」
「ぺふっ」
「そうか。ありがとう、ソル」
シファルさんは魔物の前脚を下すと、ソルの頭をそっと撫でた。
「ぺふっ、ぺふっ」
ソルは頭を撫でられると嬉しそうに鳴き、そして魔法陣が描かれた板を見つめる。
「その紐だけど、まだ、かすかに光ってないか?」
お父さんの指摘に、シファルさんが少し魔物の前脚から離れた。
「そうか?」
「あぁ、光り方が少しだから見えにくいけど、光っていると思う」
「ぺふっ」
お父さんの説明に賛同するようにソルが鳴くと、お父さんがソルを見る。
「ソルは、魔法陣の魔力を食べたいのか?」
「ぺふっ!」
少し大きな鳴き声を出すソルに、お父さんが小さく笑う。
「ソル、食べちゃっていいわよ」
いつの間にか傍に来ていたランカさんが許可を出すと、ソルは嬉しそうに魔物の前脚を包み込んだ。




