1120話 知らない間に……
「ランカ、描かれた魔法陣をまだ確かめていないぞ」
ソルの行動に慌てたシファルさんが、ランカさんに声を掛ける。
「あっ。ソル、ちょっとだけ止まって!」
「ぺふ~」
ランカさんの言葉に、不満そうな鳴き声を上げるソル。
ランカさんはソルに謝ると、素早く魔法陣が描かれている板を確かめる。
「さっき見つけた魔法陣と同じだわ。ソル、どうぞ」
ランカさんがソルの頭をなでると、ソルは勢いよく魔法陣に込められた魔力を食べ始めた。
「ぺふっ」
ソルが満足そうに、魔物の前脚を吐き出す。
「凄いですね」
ずっとソルの事を見ていたダズさんが、小さな声で呟くと、仲間のオークスさんとルグルさんが無言で頷く。
「ダズといったわよね」
ランカさんがダズさんを見る。
「はい」
ダズさんは少し緊張した様子でランカさんを見返す。
「少し聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
「はい、もちろんです。なんでしょうか」
「『急に先頭を歩いていた魔物の様子がおかしくなって』と言ったわよね」
「はい」
ランカさんの質問に、真剣な表情で答えるダズさん。
その様子を見ていると、お父さんが私の肩に手を置いた。
「どうしたの?」
「ランカが話を聞いている間に、倒した魔物を確認しよう」
「わかった」
お父さんと一緒に、シファルさんが調べている魔物のところまで行く。
「何かわかったか?」
「3匹中2匹に、問題の紐が絡んでいたみたいだ」
シファルさんが指すほうを見ると、確かに後ろ脚に紐が絡んでいた。
「こっちは……反応していないよな?」
シファルさんの問いに、お父さんがジッと紐を見ると頷く。
「大丈夫だろう。光っている様子はない」
「よかった」
シファルさんが魔物の後ろ脚に絡んだ紐を取ると、紐が一瞬だけ光った。
「うわっ」
シファルさんが慌てて紐から手を離すと、数歩後ろに下がる。
「大丈夫か?」
お父さんが心配そうにシファルさんを見ると、彼は安堵した表情で息を吐き出した。
「焦った~。でも、大丈夫だ」
「ぺふっ?」
後ろからソルの鳴き声が聞こえて振り返ると、ソルがオークスさんを見て体を傾けていた。
「ソル? どうしたの?」
私がソルを呼ぶと、ソルは私を見るが、すぐにオークスさんに視線を戻してしまう。
「彼に何かあるのか?」
「わからない」
お父さんの問いに首を振ると、オークスさんに視線を向ける。
黒い短髪に茶色の瞳をした、少し小柄な男性は、ソルに見られて少し困った表情をしている。
「シファル。魔物は紐以外に異常は見られなかったけど、冒険者ギルドに3匹とも持ち帰ったほうがいいかな?」
ラットルアさんとヌーガさんが2匹の魔物の確認が終わったのか、シファルさんのところへ来る。
「どうしようかな。描かれていた魔法陣はどれも同じみたいだから、1匹だけでいいような気もするけど……」
確認していた魔物から視線を上げて、シファルさんが首を傾げる。
「俺達では判断できないな。3匹とも冒険者ギルドに持って行こうか」
「わかった」
シファルさんの答えに、ラットルアさんが頷く。
ヌーガさんは専用のマジックバッグを準備していた。
「ぺふっ~?」
ソルがオークスさんの周りを飛び跳ねる。
そしてジッとオークスさんを見つめる。
「アイビー、ソルはどうしたの?」
ソルの行動を見守っていたランカさんが、私を見る。
「私にもちょっとわからなくて……」
ソルが反応するのは、魔法陣に込められた魔力だよね?
オークスさんが魔法陣を持っているとか?
「あの、魔法陣が描かれた道具を持っていますか?」
私はランカさんの傍に寄ると、オークスさんに聞く。
オークスさんは、目を少し大きくすると、慌てた様子で首を横に振った。
「俺達がお世話になっている上位冒険者が『あれだけは駄目だ。死ぬぞ』と教えてくれたので、持っていません。森の中で見つけても、報告はしますが、絶対に近付かないようにしています」
オークスさんの説明に、ランカさんは頷く。
「それが正解ね。魔法陣は恐ろしいものだから」
ランカさんが呟くと、オークスさんだけでなくダズさんとルグルさんも頷く。
「ぺふっ!」
ソルが急に大きな鳴き声を上げると、オークスさんに向かって飛び跳ねる。
「えっ、うわっ」
オークスさんは、ソルの行動に驚いた声を上げながら、向かってきたソルを抱きとめた。
「ぺふっ、ぺふっ」
ソルはオークスさんに抱かれると、私に向かって何度も鳴く。
その様子に、私はオークスさんを見る。
「やっぱり、魔法陣を持っているんじゃないか?」
ソルの様子を見ていたお父さんが、オークスさんを見る。
オークスさんはお父さんの言葉に、必死に首を横に振る。
「絶対に持っていないです」
「もしかして、持っている事に気付いていないんじゃないか?」
「えっ?」
魔物をマジックバッグに入れ終えたシファルさんが、私たちのところへ来ると、オークスさんを見る。
オークスさんはシファルさんの言葉に驚いた声を上げる。
「最近、何か買わなかったか?」
シファルさんがオークスさんに聞くと、彼はハッとした表情をした。
そして、自分の手に視線を向けた。
「最近買ったのは、この手袋です。マジックアイテムで攻撃力を少しだけ上げてくれる物だと、店主から説明を受けました。俺は2人より攻撃力が低いから、少しでも上がったらいいなと思って買ったんですけど……」
「見せて」
ランカさんが手を出すと、オークスさんは手袋を脱ぎ、ランカさんに渡した。
「触った感じは問題ないわね。中を確かめたいんだけど……いいかしら?」
ランカさんがオークスさんを見ると、彼は迷う事なく頷く。
「どうぞ」
「もし問題なかったら、新しいのを買うわね」
手袋の中を確かめるという事は、縫い目を解くから使えなくなるもんね。
「いえ、気にしないでください。調べるためには必要な事なので」
ランカさんが紐を切って手袋を分解する。
そして、手袋の内側を確かめるが、魔法陣はどこにも描かれていない。
「違ったみたいね」
「ランカ、その手袋の手のひらの部分。何か張り付いていないか?」
シファルさんの指摘に、ランカさんが手のひらの部分を細かく確かめる。
「本当だわ。布が貼ってある。ちょっと待ってね」
ランカさんが小型ナイフを器用に使い薄い布をはがすと、内側が表になるようにした。
そこには、小さな魔法陣が描かれていた。
「あったな」
シファルさんの呟きに、オークスさんが真っ青になる。
「嘘だろ。俺が……」
オークスさんが泣きそうな表情になると、ダズさんが彼の肩に手を置く。
「あの、それを持っていると狂うって聞いたんですけど、オークスは大丈夫でしょうか?」
ダズさんの問いに、ランカさんがオークスさんを見る。
そして安心させるように笑って頷いた。
「大丈夫よ。それだけ怖がっているんだもの。魅入られているわけがないわ」
ランカさんの言葉に、オークスさんとダズさんがホッとした表情をした。
「これ、どこの店で買ったの?」
ランカさんが分解した手袋をオークスさんに見せる。
「大通りにある「フーファ道具店」という店です。いつもお世話になっているんですけど……」
オークスさんの説明に、ランカさんが険しい表情になる。
「フーファっていえば、老舗じゃないの……」
「急いで王都に戻ろう。老舗が関わっているなら、オークスのように、知らずに手にしている者が他にもいるかもしれない」
お父さんの提案に、ランカさん達が神妙に頷いた。




