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第一章 配属 第五部 点呼


 壕の中は、静かだった。

 さっきまであった音が、急に遠くなる。

 撃たれている時より、撃たれていない時の方が、何が起きたか分かる。

「整列」

 鷹見の声が落ちる。

 短い。

 それだけで、全員が動いた。

 白凪も立ち上がる。

 脚が重い。だが動く。

 並ぶ。

 幅を詰める。

 遮蔽を塞がない位置。

 誰も指示しないのに、形が揃う。

「報告」

 鷹見が言う。

「班ごとに」

 荒瀬が前に出る。

「一班、五名」

 一瞬の間。

「……四名、動けます」

 訂正が入る。

 それだけで意味は分かる。

 白凪は横を見た。

 名取は寝かされている。瀬名が手を動かしている。

 まだ、生きている。

「二班」

「三名、全員生存」

「三班」

「二名、戻りなし」

 戻りなし。

 その言葉だけで処理される。

 理由も、状況も、ここでは後だ。

 まずは数。

 鷹見が頷く。

「合計」

 笹倉が即座に答える。

「現時点、戦闘可能八。負傷一。未帰還二」

 白凪はその数字を聞いた。

 さっきまで、顔だったものが、数になる。

 それでも正確だ。

 それ以外に、やりようがない。

「未帰還は切り離す」

 鷹見が言う。

「探索はしない。今はしない」

 誰も反論しない。

 白凪も、何も言わない。

 分かっている。

 探しに行けば、数が増える。

 戻らない数が。

「任務」

 鷹見が続ける。

「前縁への弾薬、未達」

 空気が少しだけ重くなる。

「理由はどうでもいい」

 鷹見の声は変わらない。

「結果だけを見る」

 白凪はその言葉を聞いた。

 胸の奥で、何かが引っかかる。

 だが、否定できない。

 箱は置いた。

 弾薬は届いていない。

 それが事実だ。

「不足分は明朝で補う」

 鷹見が言う。

「夜間はこれ以上出さない。損耗が増える」

 判断は速い。

 感情が入る余地がない。

「瀬名」

「はい」

「負傷者の見込み」

「出血量中。止血済み。搬送すれば助かる可能性は高いですが、移動は明朝以降を推奨します」

「分かった。ここで持たせろ」

「了解」

 瀬名の手は止まらない。

 名取の呼吸が、かすかに動く。

 白凪はそれを見た。

 助かったのか。

 まだ分からない。

 だが、生きている。

 それだけが、今の事実だ。

「白凪」

 呼ばれる。

「……はい」

「前に出ろ」

 白凪は一歩出た。

 視線が集まる。

 だが、重くはない。

 ただ事実を確認されているだけだ。

「行動を言え」

 白凪は口を開いた。

「前縁手前で着弾。遮蔽へ移動。名取を回収。弾薬を放棄しました」

 短く、順番だけを言う。

「理由は」

「両立不可と判断しました」

 沈黙。

 鷹見はしばらく何も言わなかった。

「……そうか」

 それだけだった。

 肯定も否定もない。

 だが、それで十分だった。

 判断は終わっている。

 結果は変わらない。

「次はどうする」

 問われる。

 白凪は一瞬だけ考えた。

 さっきの動きが頭をよぎる。

 だが、それはもう終わったことだ。

「先に遮蔽位置を確保し、通過経路を作ってから運搬します」

 言葉が出る。

 少しだけ、速い。

 鷹見が頷く。

「それをやれ」

 命令になる。

 それで終わりだ。

 白凪は一歩下がった。

 列に戻る。

 呼吸が少しだけ落ち着く。

 だが、軽くはならない。

 箱は戻っていない。

 弾薬は足りていない。

 その不足は、明日、自分たちに返ってくる。

 誰かがまた前に出る。

 誰かがまた戻らない。

 それはもう分かっている。

「解散はしない」

 鷹見が言う。

「各自、位置維持。夜間警戒に入る」

 終わりではない。

 続いている。

 ずっと。

 白凪は壕の壁に背を預けた。

 手が震えている。

 遅れてくる。

 さっきはなかった。

 今になって、来る。

 吐き気が上がる。

 だが吐かない。

 吐けば、水が減る。

 水は足りない。

 順番。

 自分。遮蔽。線。周囲。

 恐怖は最後。

 白凪は目を閉じた。

 選んだ。

 だが、全部は選べなかった。

 名取は残った。

 弾薬は残らなかった。

 どちらが正しいかは、まだ分からない。

 だが一つだけ、はっきりしている。

 次は、両方を通さなければならない。

 そうしなければ、次は自分が足りなくなる。

 白凪澄は、静かに目を開けた。

 夜は、まだ終わっていない。


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