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第6章 第6部『線』其ノ一

第6部『線』其ノ一

 夕方の光は、薄かった。

 薄い光の下で、九番の中の温度は、低くなっていった。

 低くなっていく温度の中で、本陣の奥に、鷹見が、横たわっていた。

 横たわっている身体の上に、薄い色の布が、かけられていた。

 かけられた布の縁は、本陣の奥の、土の上に、置かれていた。

 置かれた縁の脇に、瀬名が、座っていた。

 座っていた瀬名は、もう、止血を、続けなかった。

 続けない代わりに、瀬名は、自分の手を、膝の上に、置いていた。

 置かれた手は、震えなかった。

 震えなかったのは、瀬名の手が、急がない手の動きの中で、いつもの場所に、戻った、ということだった。


 白凪は、観測壕の手前に、立っていた。

 立っていた位置から、視線は、断尾嶺の方向に、向いていた。

 向いた視線の中で、敵主力の動きは、もう、見えなかった。

 見えなかったが、消えてはいなかった。

 消えていない動きの中で、九番は、立っていた。

 立っているのは、白凪と、荒瀬と、久我と、桐生と、緒方と、瀬名、だった。

 六人と、もう一人、だった。

 もう一人は、鷹見、だった。

 鷹見は、本陣の奥の、薄い布の下に、いた。

 いるが、動かない。

 動かないまま、鷹見は、九番に、いた。


「白凪二等兵」

 久我の声が、観測壕の上から、来た。

「読め」

「敵主力、距離一千/なお退却中/追撃の動きは、ありません」

「了解」

「夜のあいだに、戻ってくる可能性は」

「低い」

 久我は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、久我の双眼鏡は、構え直されたまま、だった。

 構え直された角度の先に、断尾嶺の方向が、あった。

 断尾嶺の方向には、敵主力の退却の動きの、終わりの場所が、入っていた。

 入っていた場所は、敵主力本隊が、半数以下に、減った位置、だった。

 位置から、半夜のあいだ、敵主力は、戻ってくる動きを、組まない可能性が、高かった。

 高い可能性の中で、白凪は、配置を、組み直した。


「久我伍長」

「はい」

「観測、続けてくれ」

「了解」

「夜のあいだは、二段/お前と、桐生で、半時間ずつ、交代」

「桐生は、観測壕の上に、上げていいですか」

「上げてくれ」

「了解です」

 久我は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、久我は、観測壕の上から、桐生の方向に、視線を、向けた。

 向けた視線の先に、桐生が、いた。

 いた桐生は、本陣の奥から、半歩、外側に、戻っていた。

 戻った位置で、桐生は、白凪の指示を、待っていた。


「桐生」

「はい」

「観測壕の上に、上がれ」

「了解です」

「久我伍長と、交代で、夜の観測を、続ける」

「了解」

「明け方まで、続けてくれ」

「分かりました」

 桐生は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、桐生は、観測壕の方向に、動き始めた。

 動く速度は、急がなかった。

 急がない速度の中で、桐生は、観測壕の階段を、上がった。

 上がった先で、久我の脇に、入った。

 入った位置で、桐生は、双眼鏡を、構え直した。

 構え直した角度の先に、断尾嶺の方向が、あった。


「緒方」

 白凪は、副線の方向に、声を、置いた。

「はい」

「後方への報告、終わったか」

「終わりました」

「鷹見軍曹の止まりの報告は」

「入れました/宛先、澪原中尉」

「返信は」

「夜のあいだに、来る予定です」

「内容は」

「後送便の到着時刻と、鷹見軍曹の遺体運搬の手順、です」

 緒方は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、緒方の右手は、応答機の脇に、置かれていた。

 置かれた手の動きは、揺れなかった。

 揺れない動きの脇で、緒方の左の脚は、布の下に、入ったまま、だった。

 入ったままの脚の脇で、緒方は、座ったまま、だった。


「了解」

 白凪は、答えた。

 答えてから、緒方の脇に、半歩、近づいた。

 近づいた位置で、緒方の脚の、布の色を、見た。

 布の色は、暗かった。

 暗いが、変化は、止まっていた。

 止まっているのは、瀬名の止血の動きが、緒方の脚については、間に合っていた、ということだった。

 間に合っていた、というのは、緒方が、生きる、ということだった。

 生きる緒方の脇で、白凪は、口を、開いた。

「緒方」

「はい」

「夜のあいだは、休んでいいか」

「休めません」

「なぜだ」

「後方からの返信を、受ける必要が、あります」

「了解」

 白凪は、答えた。

 答えてから、緒方の脇から、半歩、外側に、戻った。

 戻った位置から、瀬名の方向に、視線を、向けた。

 瀬名は、本陣の奥に、まだ、座っていた。

 座っていた位置から、視線は、鷹見の身体の脇に、向いていた。

 向いた視線の中で、瀬名は、半拍、白凪を、見た。

 見た目の中に、確かめが、入っていた。

 確かめの中身は、白凪の動きの、揺れの有無、だった。

 揺れは、なかった。

 なかったのを、瀬名は、確かめた。

 確かめてから、瀬名は、視線を、鷹見の身体の脇に、戻した。


「瀬名衛生兵」

 白凪は、本陣の奥に、声を、置いた。

「はい」

「鷹見軍曹の止血の布は、いつまで、巻いておく」

「朝の後送便まで、です」

「外す必要は」

「ありません/そのまま、運ばれます」

「了解」

「緒方の脚の止血は」

「明日の朝、巻き直します」

「分かりました」

 瀬名は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、瀬名の手の動きは、急がなかった。

 急がない動きの中で、瀬名は、鷹見の身体の脇から、立ち上がった。

 立ち上がる動きの中で、瀬名の足の置き方は、揺れなかった。

 揺れない足の動きの中で、瀬名は、本陣の奥から、本陣の入口の方向に、動き始めた。

 動く速度は、急がなかった。

 急がない速度の中で、瀬名は、新規負傷者の対応のための、布の予備を、確かめに、向かった。


 夜は、近づいていた。

 近づく夜の温度の中で、白凪は、本陣の奥に、戻った。

 戻った位置で、鷹見の身体の脇に、座った。

 座った位置は、鷹見の右側、だった。

 右側の土の上に、半拍前まで、薄い赤が、置かれていた。

 今は、置かれていなかった。

 置かれていないのは、瀬名が、薄い赤の上に、土を、薄くかけた、ということだった。

 薄くかけた土の上に、鷹見の右手は、もう、なかった。

 ない手は、薄い色の布の下に、入っていた。

 入っている手の脇に、白凪は、自分の右手を、置いた。

 置いた手は、震えなかった。

 震えなかったのは、震えが、もう、別の場所に、入っていたから、だった。

 入っていた場所は、白凪の身体の、奥の、奥、だった。

 奥の奥に、震えは、定着していた。

 定着した震えの上に、十の言葉が、整列していた。

 整列の一番上が、責任、だった。

 責任を、白凪は、もう、口の外に、出していた。

 出した責任を、白凪は、これから、行動に、変える。

 変える先に、九番が、あった。

 九番には、まだ、生きている五人と、もう一人が、いた。

 もう一人は、鷹見、だった。

 鷹見は、白凪の脇に、横たわっていた。


 白凪は、鷹見の身体の脇に、座ったまま、動かなかった。

 動かない時間の中で、頭の中の、ある場所が、再生された。

 ある場所は、引き出しの、ある場所、だった。

 ある場所に、鷹見の最後の言葉が、入っていた。

 入っていた言葉は、こうだった。

 合ってる。

 合ってる、というのは、白凪の答えの、承認、だった。

 白凪の答えは、こうだった。

 責任、です。

 責任、です、と、白凪は、鷹見の前で、口に出した。

 口に出した瞬間、鷹見は、承認した。

 承認した直後に、鷹見は、止まった。

 止まった鷹見の脇で、白凪は、責任を、引き受け切った。

 引き受け切ったものを、白凪は、これから、行動に、変える。

 変える行動の中で、白凪は、九番を、保たせる。

 保たせるために、白凪は、判断者として、立つ。

 立つ場所は、観測壕の手前、だった。

 観測壕の手前の位置の上で、白凪は、これから、立ち続ける。

 立ち続けるのは、夜のあいだ、明け方まで、夜が明けた後、その先、だった。

 その先の時間の中で、白凪は、判断者として、九番に、立つ。

 立つために、ここに、いた。


 本陣の入口の方向から、足音が、来た。

 足音は、ゆっくりだった。

 ゆっくりなのは、肩負傷の継続の中で、右腕のみの動きで、進む足音、だった。

 進む足音の主は、荒瀬、だった。

 荒瀬は、本陣の奥に、入ってきた。

 入ってきた位置で、半拍、止まった。

 止まった位置から、鷹見の身体の脇に、視線を、向けた。

 向けた視線の中で、荒瀬は、半拍、動かなかった。

 動かない時間の中で、荒瀬は、口を、開かなかった。

 開かないまま、荒瀬は、白凪の脇に、立った。

 立った位置から、荒瀬は、白凪を、見なかった。

 見ない代わりに、視線は、鷹見の身体の脇に、向いていた。


「白凪」

 荒瀬は、口を、開いた。

「はい」

「鷹見軍曹、置いたのは、お前か」

「俺が、前縁壕の前に、置きました」

「合ってた」

「はい」

「合っても、合わなくても、お前が下したものだ」

 荒瀬は、それだけ言った。

 言った声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬の言葉は、これまで、荒瀬から、白凪に、置かれた言葉と、同じ言葉、だった。

 同じ言葉を、今、もう一度、荒瀬は、白凪に、置いた。

 置いた言葉を、白凪は、答えた。

「はい」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、半拍、目を、閉じた。

 閉じた目の脇で、荒瀬の右手は、土嚢の縁の代わりに、本陣の奥の、土の上に、置かれていた。

 置かれた手は、震えていた。

 震えを、荒瀬は、止めようとしなかった。

 止めない、というのが、荒瀬の動きだった。


「白凪」

 荒瀬は、続けた。

「はい」

「鷹見軍曹の銃は、どうする」

「銃、というのは」

「鷹見軍曹の、銃だ」

 荒瀬は、それだけ訊いた。

 訊いた声は、低かった。

 低い中に、確かめが、入っていた。

 確かめの中身は、鷹見の遺品の、扱いだった。

 扱いを、白凪は、頭の中で、組んだ。

 組んだ結果、白凪は、答えた。

「荒瀬軍曹の脇に、置いてください」

「俺の脇か」

「はい」

「お前は、つけないか」

「つけません」

「なぜだ」

「俺は、二等兵です」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、白凪は、視線を、荒瀬に、向けた。

 向けた視線の中に、確かめが、入っていた。

 確かめは、荒瀬の動きの、揺れの有無、だった。

 揺れは、なかった。

 なかったのを、白凪は、確かめた。


「荒瀬軍曹」

「読め」

「鷹見軍曹の銃は、荒瀬軍曹の動きの脇に、置いてください」

「分かった」

「鷹見軍曹の徽章は」

「徽章、というのは」

「軍服の、脇の徽章です」

「外すのか」

「朝の後送便で、運ばれる前に、外します/後方の指揮所に、引き渡す必要が、あります」

「俺が、外すか」

「俺が、外します」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、頷いた。

 頷きは、半拍、だった。

 半拍の頷きの中で、荒瀬の右手は、土の上から、外れた。

 外れた手の脇で、震えは、まだ、続いていた。

 続いている震えを、荒瀬は、止めようとしなかった。


「白凪」

 荒瀬は、続けた。

「はい」

「鷹見軍曹の書類は」

「書類、というのは」

「本陣の中の、机の、奥の引き出しの中の、書類だ」

「澪原中尉宛ての、報告書ですね」

「合っている」

「俺が、確かめます」

「了解」

 荒瀬は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、本陣の奥から、本陣の中の、机の方向に、視線を、向けた。

 向けた視線の先に、机の、奥の引き出しが、あった。

 あった引き出しの中に、鷹見の書類が、入っていた。

 入っていた書類は、白凪が、知らない書類、だった。

 知らないが、鷹見が、白凪のために、用意していた書類、だった。

 用意していた書類の中身を、白凪は、これから、確かめる。


「白凪」

 荒瀬は、もう一度、口を、開いた。

「はい」

「俺は、本陣の脇に、戻る」

「了解」

「銃は、お前の指示通り、俺の脇に、置く」

「お願いします」

「もう一つ、ある」

「読め」

 白凪は、答えた。

 答えた声は、低かった。

 低い中に、確かめが、入っていた。

 確かめは、荒瀬の言葉の、続きを、待つ確かめ、だった。

 待った白凪に、荒瀬は、答えた。

「お前、震えていないな」

 荒瀬は、それだけ訊いた。

 訊いた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、視線を、白凪の右手に、向けた。

 向けた視線の中に、確かめが、入っていた。

 確かめは、白凪の右手の、震えの有無、だった。

 震えは、なかった。

 なかったのを、荒瀬は、見た。

 見てから、続けた。

「俺は、震えている」

「分かっています」

「お前の震えは、どこに、入った」

「奥に」

「奥、というのは」

「身体の、中の、奥の、奥です」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、半拍、白凪を、見た。

 見た目の中に、確かめが、入っていた。

 確かめの中身は、白凪の答えの、中身を、自分の中で、組む確かめ、だった。

 組んだ後で、荒瀬は、答えた。

「合っている」

「はい」

「俺の震えは、まだ、外に、ある」

「分かっています」

「お前の震えが、奥に、入ったのは、お前が、責任を、引き受けたから、だ」

「そうかもしれません」

「そうだ」

 荒瀬は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、頷いた。

 頷きは、半拍、だった。

 半拍の頷きの中で、荒瀬は、本陣の奥から、本陣の脇の方向に、動き始めた。

 動く速度は、ゆっくりだった。

 ゆっくりだが、止まらなかった。

 止まらない動きの中で、荒瀬は、本陣の奥から、出ていった。


 白凪は、鷹見の身体の脇に、座ったまま、動かなかった。

 動かない時間の中で、頭の中の、ある場所が、再生された。

 ある場所は、配属の日の、本陣の入口の脇、だった。

 あった位置で、鷹見は、白凪に、「中へ」と告げた。

 告げた鷹見の動きの中に、半拍の重さは、入っていなかった。

 入っていなかったが、半歩の重さが、入っていた。

 半歩の重さは、白凪が、九番の兵、として、受け入れられる半拍前、だった。

 半拍前の重さの中で、白凪は、本陣の中に、入った。

 入った先で、白凪は、九番の兵、として、立った。

 立ったが、まだ、判断者では、なかった。

 判断者では、なかったが、半拍ずつ、判断者の役に、近づいていった。

 近づいていった動きの中で、白凪は、いくつかの戦闘を、経験した。

 経験した戦闘の中で、削れた人間が、いた。

 名取、だった。

 水城、だった。

 笹倉、だった。

 荒瀬、だった。

 そして、今、鷹見が、削れた。

 削れた鷹見の脇で、白凪は、座っていた。

 座っているのは、判断者として、だった。

 判断者の役を、白凪は、配属の日から、十二日かけて、引き受けた。

 引き受けた後に、鷹見は、止まった。


 白凪は、自分の右手を、土の上から、外した。

 外した手で、自分の軍服の、脇の徽章を、確かめた。

 確かめた徽章は、白凪の階級の、徽章、だった。

 白凪の階級は、二等兵、だった。

 二等兵の徽章の脇に、白凪は、もう一つの徽章を、つけない。

 つけない、というのは、白凪が、二等兵のまま、立つ、ということだった。

 立つのは、判断者として、だった。

 判断者の役は、徽章では、ない。

 徽章ではないものを、白凪は、引き受けていた。

 引き受けたものは、責任、だった。

 責任は、徽章では、ない。

 徽章ではない責任を、白凪は、これから、行動に、変える。


 本陣の奥から、視線を、外した。

 外した視線の先に、本陣の中の、机が、あった。

 机の奥に、引き出しが、あった。

 引き出しの中に、鷹見の書類が、入っていた。

 入っていた書類を、白凪は、これから、確かめる。

 確かめる前に、白凪は、もう一度、鷹見の身体の脇に、視線を、戻した。

 戻した視線の中で、鷹見の身体は、薄い色の布の下に、横たわっていた。

 横たわっている身体の脇で、白凪は、口を、開かなかった。

 開かないまま、立ち上がった。

 立ち上がる動きは、急がなかった。

 急がない動きの中で、白凪は、本陣の奥から、本陣の中の、机の方向に、動いた。

 動く速度は、ゆっくりだった。

 ゆっくりな速度の中で、白凪は、机の前に、立った。

 立った位置で、机の奥の引き出しに、手を、伸ばした。

 伸ばした手は、震えなかった。

 震えなかったのは、震えが、身体の中の、奥の、奥に、定着していたから、だった。

 定着した震えの上で、白凪は、引き出しを、開けた。


 開けた引き出しの中に、書類の束が、入っていた。

 束ねられた書類の、一番上に、ある書類が、置かれていた。

 置かれていた書類の宛先は、澪原中尉、だった。

 宛先の脇に、鷹見の手書きの字が、入っていた。

 入っていた字は、こうだった。

 九番、白凪二等兵、指揮系統正式承認、依頼。

 依頼、というのは、鷹見が、自分の止まりの後に、白凪を、九番の指揮者として、正式に、承認する依頼、だった。

 依頼の中身を、白凪は、半拍、確かめた。

 確かめた中身の中に、半拍の重さが、入っていた。

 入っていた半拍は、鷹見が、自分の止まりを、半拍前から、組んでいた、ということだった。

 組んでいた半拍は、白凪が、九番の指揮者として、立つ、半拍前、だった。

 半拍前の場所に、鷹見は、立っていた。

 立っていた鷹見が、今、止まった。

 止まった鷹見の代わりに、白凪が、九番の指揮者として、立つ。

 立つために、白凪は、書類を、確かめた。


 書類の束の、二番目に、別の書類が、入っていた。

 入っていた書類の中身は、鷹見の、これまでの戦闘の、白凪の判断の、評価、だった。

 評価は、すべて、「合っている」、だった。

 合っている、というのは、白凪の判断が、九番を、保たせる動きとして、機能してきた、ということだった。

 機能してきた動きの脇で、鷹見は、白凪を、確かめ続けていた。

 確かめ続けてきた鷹見の動きの中で、白凪は、判断者として、半拍ずつ、立っていった。

 立っていった動きの先に、今、白凪は、いた。

 いた場所で、白凪は、書類の束を、もう一度、束ね直した。

 束ね直した束を、引き出しに、戻した。

 戻した位置で、引き出しを、閉じた。

 閉じた引き出しの上に、机の表面が、あった。

 机の表面の上に、夜の温度が、置かれ始めていた。


 白凪は、机の前から、半歩、外側に、戻った。

 戻った位置で、視線を、本陣の奥に、向けた。

 本陣の奥には、鷹見の身体が、横たわっていた。

 横たわっている身体の脇に、瀬名は、もう、いなかった。

 いない代わりに、薄い色の布が、鷹見の身体の上に、かけられていた。

 かけられた布の縁は、本陣の奥の、土の上に、置かれていた。

 置かれた縁の脇で、夜の温度が、半拍ずつ、低くなっていった。

 低くなっていく温度の中で、白凪は、本陣の中から、本陣の入口の脇の方向に、動いた。

 動いた位置で、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、白凪は、観測壕の方向に、視線を、向けた。

 向けた先に、観測壕の上の、桐生の双眼鏡の角度が、あった。

 角度は、断尾嶺の方向に、向いていた。

 向いた角度の中で、桐生は、観測を、続けていた。

 続ける動きの中で、桐生の動きは、揺れなかった。

 揺れない動きの脇で、観測壕の上から、桐生の声が、来た。


「白凪二等兵」

「読め」

「断尾嶺の方向、変化なし/敵主力、退却の動き、継続」

「了解」

「夜のあいだに、戻ってくる気配は、ありません」

「了解です」

 白凪は、答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、白凪は、観測壕の手前の方向に、動き始めた。

 動く速度は、急がなかった。

 急がない速度の中で、白凪は、観測壕の手前に、戻った。

 戻った位置で、銃の構えを、確かめた。

 確かめた構えは、揺れなかった。

 揺れない構えの先に、断尾嶺の方向が、あった。

 断尾嶺の方向には、敵主力の退却の動きが、続いていた。

 続いていた動きは、もう、九番の方向には、向いていなかった。

 向いていないが、敵主力の動きは、続いていた。

 続いている動きの中で、白凪は、判断者として、立っていた。

 立っているのは、観測壕の手前、だった。

 観測壕の手前の位置の上で、白凪は、夜のあいだ、立ち続ける。

 立ち続けるのは、保たせるため、だった。

 保たせる相手は、九番の兵、だった。

 九番の兵の中に、まだ、生きている、五人が、いた。

 五人を、白凪は、保たせる。

 保たせるために、ここに、立っていた。


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