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第6章 第5部『戦』其ノ三

第5部『戦』其ノ三

 白凪は、観測壕の手前から、半歩、本陣の方向に、足を、踏み出した。

 踏み出した足の重心は、土に、深く、入っていた。

 入っていた重心の中で、白凪は、もう一度、足を、進めた。

 進めた足の音は、低かった。

 低い音の中で、白凪は、本陣の方向に、向かっていた。

 向かう速度は、急がなかった。

 急がない速度の中で、白凪は、自分の動きの、ある場所を、確かめていた。

 ある場所、というのは、引き出しの、ある場所、だった。

 ある場所には、配属の日から、十二日分の、白凪の動きが、入っていた。

 入っていた動きの、最も、奥に、ある場所、というのが、動機の場所、だった。

 動機の場所の中央に、十の言葉が、整列していた。

 整列の一番上が、責任、だった。

 責任の重さを、白凪は、口の中で、もう一度、転がした。

 転がしたが、まだ、口の外には、出さなかった。

 出さないまま、白凪は、本陣の方向に、向かっていた。


 観測壕の手前から、本陣の奥まで、九番の中の距離は、二十歩、だった。

 二十歩の道の上を、白凪は、これまで、何度も、歩いてきた。

 歩いてきた道の脇に、名取の土の場所が、あった。

 あったが、白凪は、視線を、向けなかった。

 向けないまま、白凪は、本陣の入口の脇を、通り抜けた。

 通り抜けた先に、本陣の中が、あった。

 本陣の中の、奥の場所に、鷹見の姿勢が、置かれていた。

 置かれた姿勢の脇に、瀬名が、いた。

 いた瀬名の手は、鷹見の両脚の脇に、置かれていた。

 置かれた手の動きは、急がなかった。

 急がない動きの中で、瀬名の手は、止血の布を、巻き直していた。

 巻き直す動きの脇に、桐生が、いた。

 いた桐生は、瀬名の手元に、止血の布の予備を、差し出していた。

 差し出す動きの中で、桐生の手は、揺れていなかった。


 白凪は、本陣の奥に、入った。

 入った位置で、立ち止まった。

 立ち止まった位置から、鷹見の姿勢を、見た。

 鷹見の姿勢は、本陣の奥の、薄い布の上に、横たわっていた。

 横たわっている姿勢の中で、鷹見の両脚は、布の下に、入っていた。

 布の下の色は、暗かった。

 暗い色の脇に、瀬名の手の動きが、入っていた。

 入っていた手の動きの中で、瀬名は、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、瀬名は、白凪を、見た。

 見た目の中に、確かめが、入っていた。

 確かめの中身は、これまでの瀬名の確かめと、別のもの、だった。

 別のもの、というのは、瀬名が、自分の手の動きの限界を、白凪に、伝える、ということだった。

 伝える前に、瀬名は、口を、開かなかった。

 開かないまま、瀬名は、視線を、鷹見の姿勢に、戻した。

 戻した視線の中で、瀬名の手は、止血の布の、新しい一枚を、巻き始めた。

 巻く速度は、急がなかった。

 急がない速度の中で、布の色は、暗くなっていった。


「白凪」

 鷹見の声が、本陣の奥から、来た。

 声は、低かった。

 低い中に、これまでの鷹見の声と、別のものが、入っていた。

 別のもの、というのは、鷹見の声に、時間の有無、が、入っている、ということだった。

 時間の有無、というのは、半拍前まで、鷹見の動きの中に、入っていなかったものだった。

 半拍前まで、入っていなかったものが、今、入っていた。

 入っていた中で、鷹見は、白凪を、見た。

 見た目は、開いていた。

 開いた目の中に、急いでいる動きが、入っていた。

 急いでいる動き、というのは、これまでの鷹見の動きと、別のものだった。

 別のもの、というのは、鷹見が、自分の動きの中で、初めて、急ぐ動きを、持った、ということだった。

 急ぐのは、もう、時間が、ない、ということだった。


「はい」

 白凪は、答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、白凪は、鷹見の脇に、座った。

 座った位置は、鷹見の右側、だった。

 右側、というのは、鷹見の引き金の手の脇、だった。

 引き金の手は、土の上に、置かれていた。

 置かれた手の脇に、薄い赤が、土の上に、置かれていた。

 置かれた赤の量は、増えていた。

 増えた赤の脇に、白凪は、自分の右手を、置いた。

 置いた手は、震えていなかった。

 震えていない手の脇に、鷹見の右手が、あった。

 鷹見の右手は、半拍、動かなかった。

 動かなかった右手が、半拍の中で、わずかに、動いた。

 動いた方向は、白凪の右手の方向、だった。

 向かった鷹見の手は、白凪の手の脇で、止まった。

 止まった位置で、鷹見の右手は、土の上に、もう一度、置かれた。

 置かれた位置は、白凪の右手の、半歩、外側、だった。


「九番、保たせたか」

 鷹見は、訊いた。

 訊いた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、訊いた中身は、白凪が、これから、答える側に、いる、ということだった。

 答える側で、白凪は、答えた。

「保たせました」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、白凪は、鷹見の目を、見た。

 見た目の中に、確かめが、入っていた。

 確かめは、白凪の答えの、揺れの有無、だった。

 揺れは、なかった。

 なかったのを、鷹見は、確かめた。

 確かめてから、続けた。


「お前が、置いた」

「置きました」

「合っても、合わなくても、お前が下したものだ」

 鷹見は、それだけ言った。

 言った声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、半拍の重さが、入っていた。

 入っていた半拍は、これまでの鷹見の言葉と、同じ場所から、出てきた半拍、だった。

 同じ場所、というのは、削れた側に、置かれた人間が、自分を、置かれた側として、引き受ける場所、だった。

 引き受ける場所に、鷹見は、立っていた。

 立っていたが、もう、立てる時間は、ない、ということだった。

 ない時間の中で、鷹見は、最後の言葉を、白凪に、置こうとしていた。

 置こうとしていた言葉の中身を、白凪は、まだ、組み立てていなかった。

 組み立てていないまま、白凪は、答えた。

「はい」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声の中で、半拍の重さが、入っていた。

 入っていた半拍を、鷹見は、見た。

 見た目の中で、鷹見は、わずかに、頷いた。

 頷きの中で、続けた。


「お前、答えてみろ」

 鷹見は、訊いた。

 訊いた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、訊いた中身を、白凪は、まだ、組み立てていなかった。

「何を」

 白凪は、訊き返した。

 訊き返した声は、低かった。

 低い中に、確かめが、入っていた。

 確かめは、鷹見の問いの中身を、自分の中で、確かめるためのもの、だった。

 確かめる白凪に、鷹見は、答えた。

「お前が、引き受けたものを、何と呼ぶか」

 鷹見は、それだけ訊いた。

 訊いた声は、低かった。

 低い中に、半拍の重さが、入っていた。

 入っていた半拍は、これまでの鷹見の問いの、どれよりも、大きい重さだった。

 大きい重さの中で、白凪は、止まった。

 止まった中で、頭の中の、ある場所が、再生された。

 ある場所は、動機の場所の、中央、だった。

 中央に、十の言葉が、整列していた。

 整列の一番上に、ある言葉が、置かれていた。

 置かれていた言葉を、白凪は、これまで、口の外に、出さなかった。

 出さなかったのは、出せば、戻れなくなる、と、感じていたから、だった。

 感じていた、というのは、配属の日から、十二日分の、白凪の動きの中で、続いてきた、ということだった。

 続いてきた感覚の中で、白凪は、口の外に、出さない選び方を、続けてきた。

 続けてきた選び方の終わりが、今、来ていた。


 白凪は、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、頭の中で、整列が、もう一度、確かめられた。

 確かめられた整列の中で、十の言葉は、揺れなかった。

 揺れなかったのは、十の言葉の、すべてが、同じ方向を、指していたから、だった。

 同じ方向、というのは、保たせる、だった。

 保たせる相手は、九番の兵、だった。

 九番の兵の中に、鷹見が、いた。

 いた鷹見が、今、止まろうとしていた。

 止まる前に、鷹見は、白凪に、答えを、求めていた。

 求めている答えの中身を、白凪は、組み立て切った。

 組み立て切った答えを、白凪は、口に出す。

 出す前に、白凪は、もう一度、自分の中の、ある場所を、確かめた。

 ある場所、というのは、戻れる側、だった。

 戻れる側に、白凪は、もう、いなかった。

 いない側で、白凪は、口を、開いた。


「責任、です」

 白凪は、答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、責任、という言葉が、白凪の口の外に、初めて、出た。

 出た言葉は、本陣の奥の、空気の中に、置かれた。

 置かれた言葉を、鷹見は、聞いた。

 聞いた鷹見の目の中に、確かめが、入っていた。

 確かめの中身は、白凪の答えの、揺れの有無、だった。

 揺れは、なかった。

 なかったのを、鷹見は、確かめた。

 確かめてから、鷹見は、答えた。


「合ってる」

 鷹見は、それだけ言った。

 言った声は、低かった。

 低い中に、揺れは、入っていなかった。

 入っていない声の中で、鷹見は、頷いた。

 頷きは、半拍、だった。

 半拍の頷きの中で、鷹見の右手が、土の上で、わずかに、動いた。

 動いた方向は、白凪の右手の方向、だった。

 向かった鷹見の手は、白凪の手の、半歩外側で、止まった。

 止まった位置から、鷹見の手は、もう、動かなかった。

 動かない手の脇で、鷹見の目は、半拍、白凪を、見続けた。

 見続けた目の中で、鷹見は、わずかに、口を、開いた。

 開いた口の中で、続きの言葉は、出てこなかった。

 出てこないまま、鷹見の口は、閉じた。

 閉じた後で、鷹見は、目を、閉じた。


 閉じた目の脇で、瀬名の手が、止まった。

 止まったのは、止血を、続ける意味が、なくなったから、だった。

 なくなった意味の上に、瀬名は、もう一度、手を、置いた。

 置いた手は、鷹見の額の脇、だった。

 額の脇で、瀬名の手は、急がなかった。

 急がない手の動きが、これまでの瀬名の動きと、同じだった。

 同じ動きの中で、鷹見の身体は、動かなくなった。

 動かなくなった身体の脇で、瀬名は、手を、置いたまま、だった。

 置いたままの手の動きの中で、瀬名は、白凪を、見なかった。

 見なかったのは、瀬名が、半拍、自分の動きの中の、ある場所を、確かめていた、ということだった。

 ある場所、というのは、止血の動きの、終わりの場所、だった。

 終わりの場所で、瀬名の手は、止まったまま、だった。


 白凪は、鷹見の脇に、座ったまま、だった。

 座った姿勢の中で、白凪の右手は、土の上に、置かれていた。

 置かれた手は、震えなかった。

 震えなかったのは、震えが、身体の中の、奥の、奥に、移動していたから、だった。

 移動した震えは、もう、白凪自身の動きと、区別が、つかなかった。

 区別がつかない震えの中で、白凪は、目を、閉じなかった。

 閉じなかったのは、鷹見の顔を、最後まで、見ていたかったから、だった。

 見ていたかった顔は、目を、閉じていた。

 閉じた目の脇で、瀬名の手は、額の脇に、置かれたまま、だった。

 置かれたままの手の動きを、白凪は、見ていた。

 見ている時間の中で、九番の中の温度が、戻り始めていた。

 戻る温度の中で、本陣の奥の空気は、薄かった。

 薄い空気の中で、白凪は、鷹見の脇で、止まっていた。


 止まっていた時間の中で、白凪は、口を、開いた。

「鷹見軍曹」

 白凪は、それだけ言った。

 言った声は、低かった。

 低い中で、鷹見の名前を、最後に、呼んだ。

 呼んだ声に、鷹見は、答えなかった。

 答えなかったのは、鷹見が、もう、答えられない場所に、入った、ということだった。

 入った場所は、白凪の動機の場所の、すぐ脇、だった。

 脇に、鷹見の最後の言葉が、置かれていた。

 置かれた言葉は、こうだった。

 合ってる。

 その前に、置かれた言葉が、あった。

 合っても、合わなくても、お前が下したものだ。

 二つの言葉を、白凪は、引き出しに、入れた。

 入れた場所は、動機の場所の中央の、十の言葉の、すぐ脇、だった。

 脇、というのは、十の言葉の、土台に、なる場所、だった。

 土台の上に、十の言葉が、整列していた。

 整列の一番上が、責任、だった。

 責任を、白凪は、もう、口の外に、出した。

 出した責任の重さは、変わらなかった。

 変わらないが、置かれた場所が、変わった。

 変わった場所は、白凪の口の中、ではなく、本陣の奥の空気の中、だった。

 空気の中に、責任は、置かれていた。

 置かれた責任を、白凪は、これから、行動に、変える。

 変える先に、九番が、あった。

 九番には、まだ、生きている五人が、いた。


 白凪は、立ち上がった。

 立ち上がる動きは、急がなかった。

 急がない動きの中で、白凪は、鷹見の身体を、見た。

 鷹見の身体は、本陣の奥に、横たわっていた。

 横たわっている身体の脇で、瀬名は、もう、止血を、続けなかった。

 続けない代わりに、瀬名は、布を、一枚、鷹見の身体の上に、かけた。

 かけた布の色は、薄かった。

 薄い色の布の下で、鷹見は、止まっていた。


 白凪は、本陣の奥から、観測壕の手前の方向に、動いた。

 動く速度は、急がなかった。

 急がない速度の中で、白凪は、観測壕の手前に、戻った。

 戻った位置で、銃の構えを、確かめた。

 確かめた構えは、揺れていなかった。

 揺れていない構えの先に、断尾嶺の方向が、あった。

 断尾嶺の方向には、もう、敵主力本隊の動きは、見えなかった。

 見えなかったが、敵主力の動きは、続いていた。

 続いているまま、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。

 立っているのは、判断者として、だった。

 判断者は、もう、白凪、一人だった。


 観測壕の上から、久我の声が、来た。

「白凪二等兵」

「読め」

「敵主力、なお退却継続/距離、八百/追撃の動きは、ありません」

「了解」

「鷹見軍曹は」

 久我は、訊いた。

 訊いた声は、低かった。

 低い中に、確かめが、入っていた。

 確かめの中身は、鷹見の状態を、訊く中身、だった。

 訊いた相手は、白凪、だった。

 白凪は、答えた。

「鷹見軍曹は、止まった」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、止まった、という言葉を、白凪は、口に出した。

 口に出した動きを、久我は、受け取った。

 受け取った直後に、久我は、答えた。

「了解です」

 久我の声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、久我は、双眼鏡を、構え直した。

 構え直した角度の先に、敵主力本隊の、退却の動きが、続いていた。

 続いていた動きは、もう、九番の方向には、向いていなかった。


 白凪は、副線の方向に、視線を、向けた。

 向けた先に、緒方が、いた。

 いた緒方は、応答機の脇に、座ったまま、だった。

 座ったままの緒方の右手は、応答機の脇に、置かれていた。

 置かれた手の動きの中で、緒方は、後方への応答を、続けていた。

 続けている動きの脇で、緒方は、白凪を、見た。

 見た目の中に、確かめが、入っていた。

 確かめは、白凪の動きの、揺れの有無、だった。

 揺れは、なかった。

 なかったのを、緒方は、確かめた。

 確かめてから、緒方は、答えた。

「白凪二等兵」

「読め」

「後方への応答、続けます/鷹見軍曹の、止まりの報告も、入れます」

「了解」

「報告の宛先は」

「澪原中尉です」

「お願いします」

 緒方は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、緒方は、応答機の脇に、視線を、戻した。

 戻した視線の中で、緒方の手は、後方への報告の動きに、入った。

 入った動きの中で、報告の宛先は、澪原中尉、だった。

 澪原中尉は、後方の指揮所で、九番の状況を、受け取る側に、いた。

 いた澪原に、緒方の手が、鷹見の止まりを、伝える。

 伝えた後で、後方は、九番を、どう位置づけるかを、組み直す。

 組み直す動きの中で、九番の指揮系統が、半拍、変わる。

 変わる方向は、白凪の、単独指揮、だった。

 単独指揮の場所に、白凪は、立つ。

 立つために、判断者の役を、これからも、続ける。

 続ける動きの中で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。


 観測壕の手前に、本陣の脇から、荒瀬の動きが、入ってきた。

 荒瀬は、観測壕の手前の、左の射線の位置に、戻った位置から、半歩、外側に、ずれていた。

 ずれた位置で、荒瀬は、白凪の脇に、立った。

 立った位置から、荒瀬は、白凪を、見なかった。

 見ない代わりに、荒瀬の視線は、断尾嶺の方向に、向いていた。

 向いた視線の中で、荒瀬は、口を、開いた。

「白凪」

「はい」

「鷹見軍曹、止まったか」

「止まりました」

「お前、置いたか」

「置きました」

「合っても、合わなくても、お前が下したものだ」

 荒瀬は、それだけ言った。

 言った声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬の言葉は、これまで、荒瀬から、白凪に、置かれた言葉と、同じ言葉、だった。

 同じ言葉を、今、もう一度、荒瀬は、白凪に、置いた。

 置いた言葉を、白凪は、答えた。

「はい」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、荒瀬は、視線を、白凪の右手に、向けた。

 向けた視線の中で、荒瀬は、白凪の右手の、震えの有無を、見た。

 震えは、なかった。

 なかったのを、荒瀬は、見た。

 見てから、荒瀬は、視線を、断尾嶺の方向に、戻した。

 戻した視線の脇で、荒瀬の右手は、銃の握りに、置かれていた。

 置かれた手の動きは、揺れていなかった。


 白凪は、観測壕の手前に、立っていた。

 立っていた位置の上で、九番の中の温度が、戻り始めていた。

 戻る温度の中で、九番の中の、五人と、もう一人が、それぞれの位置に、いた。

 観測壕の上に、久我。

 観測壕の手前に、白凪と、荒瀬。

 副線の脇に、緒方。

 本陣の奥に、瀬名と、桐生。

 もう一人、というのは、鷹見、だった。

 鷹見は、本陣の奥に、薄い布の下に、横たわっていた。

 横たわっている身体は、九番の兵の、一人だった。

 一人として、鷹見は、九番に、いた。

 いるが、動かない。

 動かないまま、鷹見は、九番に、いた。


 白凪は、銃を、構え直した。

 構え直した銃は、揺れなかった。

 揺れない銃の先に、断尾嶺の方向が、あった。

 断尾嶺の方向には、敵主力の退却の動きが、続いていた。

 続いていた動きは、もう、九番の方向には、向いていなかった。

 向いていないが、敵主力の動きは、続いていた。

 続いている動きの中で、白凪は、判断者として、立っていた。

 立っている場所は、観測壕の手前、だった。

 観測壕の手前の位置から、白凪は、九番の中の、すべての位置を、見ていた。

 見ている位置の中に、鷹見が、いた。

 いた鷹見は、もう、動かなかった。

 動かないまま、鷹見の最後の言葉が、白凪の中に、残っていた。

 残っていた言葉は、こうだった。

 合ってる。

 合ってる、というのが、鷹見の、最後の承認、だった。

 承認された白凪の答えは、こうだった。

 責任、です。

 責任を、白凪は、これから、行動に、変える。

 変える行動の中で、白凪は、九番を、保たせる。

 保たせる相手は、九番の兵、だった。

 九番の兵の中に、まだ、生きている五人が、いた。

 五人を、白凪は、保たせる。

 保たせるために、ここに、立っていた。

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