第6章 第5部『戦』其ノ二(修正版)
第5部『戦』其ノ二(修正版)
鷹見の右手が、引き金から、外れた。
外れた瞬間、白凪の中の、ある場所が、止まった。
止まった場所は、判断の場所、だった。
判断の場所の中で、止まりが、戦痕の作動の手前を、組み始めた。
組み始めた動きの中で、頭の中の、別の場所が、開いていった。
開いた場所は、複数の動きが、同時に、並べられる場所、だった。
並べられる場所の中に、白凪は、動きを、入れ始めた。
ひとつ目の動き。
白凪が、観測壕の手前から、前縁壕の前に、走る。
走った先で、鷹見の右手を、引き金から、外させたまま、姿勢を、抱え上げる。
抱え上げた姿勢を、本陣の奥に、運ぶ。
運ぶ動きの中で、白凪の射線は、空く。
空いた射線の方向に、敵主力本隊の中央が、入る。
入った中央の自動火器が、九番の正面に、連射する。
連射の射線は、観測壕の手前、本陣の脇、副線の脇、本陣の奥に、入る。
入った射線の中で、九番の七人のうち、複数が、削れる。
削れた人員で、九番は、保たない。
保たないのは、敵主力本隊が、九番に、入る、ということだった。
入った先に、芦森が、ある。
ひとつ目の動きは、鷹見を、救う。
救うが、九番が、抜かれる。
二つ目の動き。
白凪が、観測壕の手前で、引き金を、引き続ける。
引き続ける動きの中で、鷹見は、前縁壕の前で、削れたまま、になる。
削れたまま、出血が、続く。
続いた出血の量が、止血の速度を、超える。
超えれば、鷹見は、止まる。
止まる、というのは、鷹見が、削れる側の、最も、削れた位置に、置かれたまま、になる、ということだった。
置かれたままの鷹見の脇で、九番は、保たれる。
保たれた九番の正面に、敵主力本隊は、削れていく。
削れていく動きの中で、敵主力本隊は、退却の動きに、入る可能性が、あった。
可能性は、低くなかった。
低くなかったが、鷹見は、止まる。
止まった鷹見を、白凪は、引き受ける。
二つ目の動きは、九番を、保たせる。
保たせるが、鷹見が、止まる。
三つ目の動き。
白凪が、観測壕の手前から、外側に、動く。
動いた位置は、土嚢の崩れた角の脇、だった。
崩れた角の脇は、これまでの戦闘では、使ったことのない位置、だった。
使ったことのない位置から、別の射線が、通る。
通る射線の先に、敵主力本隊の中央が、入る。
入った中央に、白凪は、引き金を、引く。
同時に、瀬名と、桐生を、前縁壕の前に、動かす。
動いた二人で、鷹見の姿勢を、本陣の奥に、運ぶ。
同時に、久我を、観測壕の上から、副線の脇に、移す。
移った久我は、緒方の脇で、観測と、副線の応答を、共有する。
同時に、荒瀬を、本陣の脇から、観測壕の手前の、白凪の左の射線に、動かす。
動いた荒瀬は、白凪の射線の、ずれた角度で、引き金を、引く。
九番の兵、七人全員が、同時に、自分の動きを、変える。
変えた動きの中で、九番は、保たれる。
保たれたまま、鷹見も、運ばれる。
運ばれた鷹見の止血を、本陣の奥で、瀬名が、続ける。
止血が、間に合うかは、分からない。
分からないが、間に合う可能性が、ある。
可能性のために、白凪は、三つ目の動きを、選ぶ。
戦痕が、三つ目の動きを、組んだ。
組んだ動きは、白凪一人では、実行できない動き、だった。
実行できないのは、複数の人間が、同時に、自分の動きを、変える必要がある、ということだった。
変える動きの順番を、白凪は、頭の中で、組んだ。
組んだ順番は、こうだった。
最初に、瀬名と、桐生が、本陣の奥と、副線の脇から、前縁壕の方向に、動く。
次に、久我が、観測壕の上から、副線の脇に、移る。
次に、荒瀬が、本陣の脇から、観測壕の手前の、左に、移る。
最後に、白凪が、観測壕の手前から、外側の、土嚢の崩れた角の脇に、動く。
全員が、半拍ずつ、ずれて、動く。
ずれの中で、自動火器の連射の射線が、半拍、追いつかない。
追いつかない半拍を、白凪は、利用する。
利用するために、白凪は、口を、開いた。
「瀬名衛生兵、桐生」
白凪は、声を、置いた。
置いた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、重さは、入っていなかった。
入っていないのは、白凪が、戦痕の中で、組んだ動きを、そのまま、口に出した、ということだった。
口に出した動きを、瀬名と、桐生は、受け取った。
「はい」
二人は、揃って、答えた。
「二人で、鷹見軍曹を、本陣の奥まで、運べ」
「了解です」
「荒瀬軍曹」
「読め」
「本陣の脇から、観測壕の手前に、動け/俺の射線の、左を、取れ」
「分かった」
「久我伍長」
「はい」
「観測壕の上から、桐生の代わりに、副線の脇に、移れ」
「了解」
「緒方の補助/観測は、俺が、引き受ける」
「了解です」
「緒方」
「はい」
「副線継続/後方に、状況を、伝え続けろ」
「動きません」
緒方は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、緒方の右手は、応答機の脇に、置かれたまま、だった。
白凪の指示は、終わった。
終わった直後に、九番の兵、全員が、同時に、動き始めた。
動き始めた中で、最初に、動いたのは、瀬名と、桐生、だった。
瀬名は、本陣の奥から、外側に、動いた。
動いた手の中に、止血の布が、束ねられていた。
束ねられた布の数は、これまでの戦闘の、どの数よりも、多かった。
多い布を、瀬名は、抱えて、動いた。
動く速度は、急がなかった。
急がない速度の中で、瀬名の手の動きは、揺れなかった。
揺れない手の脇で、桐生が、副線の脇から、外側に、動いた。
動いた速度は、瀬名より、一歩、早かった。
早い速度の中で、桐生は、自分の足の置き方を、確かめた。
確かめた足の重心は、土に、深く、入っていた。
入っていたのは、桐生が、九番の兵、として、走り始めた、ということだった。
二人は、本陣の脇から、前縁壕の方向に、向かった。
向かう動きの中で、自動火器の連射の射線が、二人の脇を、通り抜けた。
通り抜けた射線の音の先で、瀬名と、桐生は、止まらなかった。
止まらない動きの中で、二人は、前縁壕の前に、近づいていった。
近づく速度は、瀬名の急がない速度と、桐生の若い速度が、ずれて、混じった速度、だった。
混じった速度の中で、二人は、鷹見の姿勢の脇に、到達した。
到達した位置で、瀬名の手が、鷹見の両脚の脇に、置かれた。
置かれた手の動きの中で、瀬名は、止血の布を、巻き始めた。
巻く速度は、急がなかった。
急がない速度の中で、布の色は、暗くなっていった。
暗くなっていく色の脇で、桐生は、鷹見の姿勢を、確かめた。
確かめた姿勢の中で、鷹見は、まだ、目を、開いていた。
開いた目で、桐生を、見た。
「お前ら、来たか」
鷹見は、それだけ言った。
言った声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、鷹見の右手は、土の上に、置かれていた。
置かれた手の脇に、薄い赤が、土の上に、置かれていた。
置かれた赤の量は、増えていった。
「動けますか」
瀬名は、訊いた。
訊いた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
「動けない」
鷹見は、答えた。
答えた声は、低かった。
低いのは、鷹見が、自分の両脚の動きの、有無を、確かめた、ということだった。
確かめた結果は、動かない、だった。
動かない結果を、鷹見は、口に出した。
口に出したのは、配属の日から、白凪が、見てきた鷹見の動きの中で、初めて、自分の動きの限界を、口に出した瞬間、だった。
その瞬間を、瀬名は、受け取った。
受け取った後で、瀬名は、答えた。
「分かりました」
瀬名は、それだけ言った。
言ってから、桐生に、視線を、向けた。
向けた視線の中に、確かめが、入っていた。
確かめの中身は、桐生の動きの、揺れの有無、だった。
揺れは、なかった。
なかったのを、瀬名は、確かめた。
確かめてから、瀬名と、桐生は、鷹見の両脇を、抱えた。
抱えた動きの中で、二人は、鷹見を、本陣の方向に、運び始めた。
運ぶ速度は、ゆっくり、だった。
ゆっくりだが、止まらなかった。
同時に、久我は、観測壕の上から、降り始めた。
降りる速度は、早かった。
早いのは、久我の動きが、白凪の指示の手前から、開始されていた、ということだった。
開始されていた動きの中で、久我は、観測壕の階段を、降りた。
降りた先で、副線の脇に、向かった。
向かう動きの中で、久我の双眼鏡は、首から、外れなかった。
外れない双眼鏡の中で、久我は、敵主力本隊の動きを、遅れずに、確かめ続けた。
確かめ続ける動きの中で、久我は、副線の脇に、到達した。
到達した位置で、緒方の脇に、姿勢を、低くした。
低くした姿勢の中で、久我は、観測の動きを、続けた。
続ける動きの脇で、緒方は、応答機の脇に、座ったまま、だった。
座ったままの緒方の手の動きの中に、揺れは、入っていなかった。
同時に、荒瀬は、本陣の脇から、外側に、動いた。
動いた速度は、ゆっくり、だった。
ゆっくりなのは、荒瀬の動きが、肩負傷の継続の中で、進む動き、だった。
進む動きの中で、荒瀬は、観測壕の手前の、左の射線の位置に、近づいていった。
近づく動きの中で、自動火器の連射の射線が、荒瀬の脇を、通り抜けた。
通り抜けた射線の音の先で、荒瀬は、止まらなかった。
止まらない動きの中で、荒瀬は、観測壕の手前の、左の射線の位置に、到達した。
到達した位置で、荒瀬は、右腕のみで、銃を、構え直した。
構え直した銃の角度は、敵主力本隊の中央の、自動火器を持つ兵に、向いていた。
向いた角度の中で、荒瀬は、引き金にかけた手の力を、確かめた。
確かめた力は、揺れなかった。
最後に、白凪は、観測壕の手前から、外側に、動いた。
動いた位置は、土嚢の崩れた角の脇、だった。
崩れた角の脇は、これまでの戦闘では、使ったことのない位置、だった。
使ったことのない位置から、別の射線が、通った。
通った射線の先に、敵主力本隊の中央が、入っていた。
入った中央には、自動火器を持つ兵が、複数、いた。
複数の中の、最も、九番に、近い一人を、白凪は、確かめた。
確かめた位置に、引き金を、引いた。
引いた音の先で、自動火器を持つ兵の、一人が、姿勢を、崩した。
崩れた瞬間、白凪は、次の引き金を、引いた。
引いた音の先で、もう一人の、自動火器を持つ兵が、崩れた。
崩れた後で、もう一発、引いた。
引いた音の先で、別の中央寄りの兵が、崩れた。
三人が、続けて、崩れた。
崩れた三人の脇で、敵主力本隊の、自動火器の連射の音が、止まった。
止まった瞬間に、敵主力本隊の動きが、遅くなった。
遅くなった動きの脇で、荒瀬の引き金が、出た。
荒瀬の引き金の音は、白凪の引き金の音と、半拍、ずれて、出た。
ずれた半拍は、敵主力の射線の応答時間と、揃った。
揃った瞬間、荒瀬の弾が、自動火器を持つ別働の一人に、当たった。
当たった音の先で、自動火器の連射が、もう一度、止まった。
止まった直後に、白凪は、もう一発、引いた。
引いた音の先で、敵主力本隊の前列の、一人が、崩れた。
崩れた後で、荒瀬は、もう一発、引いた。
引いた音の先で、もう一人が、崩れた。
崩れた二人の半歩奥に、敵主力本隊の中央が、いた。
中央には、少し前まで、自動火器を持つ複数の兵が、いた。
いた兵の数は、半分以下に、減っていた。
減った中央の脇で、敵主力本隊は、動きを、変え始めていた。
変える動きは、退却の方向、だった。
「白凪二等兵」
久我の声が、副線の脇から、来た。
久我の声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
「読め」
「敵主力、退却の動き/前列、後退中」
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、引き金にかけた手の力を、強めた。
強めた力の中で、重さが、入っていた。
入っていた重さは、敵主力本隊の退却の動きが、止まる可能性を、組んでいた、ということだった。
止まる可能性は、低くなかった。
低くなかったが、止まらない可能性も、あった。
止まらない可能性のために、白凪は、引き金にかけた手の力を、最大限に、揃えた。
揃えた瞬間、敵主力本隊の前列に、立て続けに、引き金を、引いた。
引いた音の先で、前列の、二人が、続けて、崩れた。
崩れた後で、もう一発、引いた。
引いた音の先で、もう一人が、崩れた。
崩れた三人の脇で、敵主力本隊の退却の動きが、加速した。
加速した動きの中で、敵主力本隊は、九番から、離れていった。
「白凪二等兵」
久我の声が、続けて、来た。
「読め」
「敵主力、退却完了/距離、五百、なお退却継続」
「数は」
「読みきれません/だが、半分以下/十五人以上、戦闘不能」
「方向は」
「断尾嶺の左斜面に、戻る方向」
「了解」
白凪は、答えた。
答えながら、引き金から、指を、離した。
離した瞬間、構えを、外した。
外した右手は、震えなかった。
震えなかったのは、震えが、もう、別の場所に、移っていたから、だった。
移った場所は、身体の、中の、奥の、奥、だった。
奥の奥に、震えは、入っていた。
入っている震えは、もう、白凪自身の動きと、区別が、つかなくなっていた。
区別がつかない震えの上に、十の言葉が、整列していた。
整列している言葉の、一番上が、責任、だった。
責任の重さの脇に、別の重さが、入っていた。
入っていた重さは、本陣の奥の方向に、向いていた。
本陣の奥には、鷹見が、運ばれた先が、あった。
戦闘は、終わっていた。
終わった九番の中の温度が、戻り始めていた。
戻る温度の中で、自動火器の連射の音は、もう、聞こえなかった。
聞こえない代わりに、静かな止まりが、九番の中の、すべての位置に、置かれていた。
置かれた止まりの中で、九番の兵の、動きが、戻り始めた。
最初に、戻ったのは、緒方の手、だった。
緒方の手は、応答機の脇から、外れた。
外れた手の動きの中で、緒方は、息を、吐いた。
吐いた息の中で、緒方は、副線の応答音の方向に、視線を、戻した。
戻した視線の中で、緒方は、後方への応答記録の、再開の動きに、入った。
入った動きの脇で、久我は、双眼鏡を、構え直した。
構え直した角度の先に、敵主力本隊の、退却の動きが、続いていた。
続いていた動きは、もう、九番の方向には、向いていなかった。
次に、戻ったのは、荒瀬の動き、だった。
荒瀬は、観測壕の手前の、左の射線の位置から、外側に、ずれた。
ずれた位置で、荒瀬は、白凪を、見た。
見た目の中に、確かめが、入っていた。
確かめは、白凪の動きの、揺れの有無、だった。
揺れは、なかった。
なかったが、別のものが、あった。
別のもの、というのは、白凪が、戦闘の後の場所に、止まっている、ということだった。
止まっている白凪の脇で、荒瀬は、口を、開きかけた。
開きかけた口は、閉じた。
閉じたのは、荒瀬が、自分の言葉を、本陣の奥の方向に、置く側に、回した、ということだった。
置く側に、荒瀬は、回った。
白凪は、観測壕の手前の、土嚢の崩れた角の脇に、立っていた。
立っていた位置から、視線は、本陣の奥の方向に、向いていた。
本陣の奥には、瀬名と、桐生が、運んできた鷹見の姿勢が、置かれていた。
置かれた姿勢の脇に、瀬名の手の動きが、入っていた。
入っていた手の動きは、急がなかった。
急がない動きの中で、瀬名は、止血の布を、巻き直していた。
巻き直す動きの中で、布の色は、暗くなっていった。
暗くなっていく速度は、これまでの戦闘では、瀬名の止血の速度と、揃っていた。
今は、揃っていなかった。
揃っていないのは、瀬名の手の動きの速度より、布の色の暗くなっていく速度が、早かった、ということだった。
早かったのは、止血の速度を、出血量が、超え始めていた、ということだった。
超え始めていた、というのは、瀬名の動きの中で、初めて、半拍前の動きが、間に合わなくなり始めていた、ということだった。
間に合わなくなり始めている、というのが、九番の、初めての半拍、だった。
初めての半拍の中で、白凪は、止まっていた。
止まっていた時間の中で、白凪は、口を、開かなかった。
開かないまま、土嚢の崩れた角の脇に、立っていた。
立っている時間の中で、自分の足の置き方を、確かめた。
確かめた足の重心は、土に、深く、入っていた。
入っていたのは、これから、白凪が、本陣の奥に、向かう、ということだった。
向かう前に、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
立っている時間の中で、十の言葉が、もう一度、整列した。
整列の一番上が、責任、だった。
責任の重さを、白凪は、口の中で、もう一度、転がした。
転がしたが、まだ、口の外には、出さなかった。
出さないのは、出す相手が、本陣の奥に、いる、ということだった。
いた相手の脇に、白凪は、これから、動く。
動く手前で、白凪は、観測壕の手前から、半歩、本陣の方向に、足を、踏み出した。




