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第6章 第5部『戦』其ノ一

第5部『戦』其ノ一

「白凪二等兵」

 久我の声が、観測壕の上から、来た。

 声の温度は、半拍、低かった。

「読め」

「敵主力、距離四百」

「自動火器、射撃開始」

 久我は、それだけ言った。

 言った半拍の中で、夜のあいだに、組まれていた配置の上に、別の動きが、入った。

 別の動き、というのは、敵主力本隊の自動火器の連射、だった。

 連射の音は、これまでの戦闘の、どの自動火器の音とも、別の音、だった。

 別の音、というのは、複数の銃が、同時に、連射している、ということだった。

 同時の連射の射線が、九番の方向に、向いていた。

 向いた射線の先に、九番の七人が、いた。

 いた七人の中で、最も、前線にいたのは、鷹見、だった。

 鷹見は、前縁壕の前で、姿勢を、低くしていた。

 低くした姿勢の脇に、土嚢の縁が、あった。

 縁の上に、半拍ずつ、弾痕が、刻まれ始めた。


「了解」

 白凪は、答えた。

 答えながら、観測壕の手前で、引き金を、引いた。

 引いた音は、自動火器の連射の音の中に、薄く、入った。

 入った音の先で、敵主力本隊の中央の、一人が、姿勢を、崩した。

 崩れた瞬間、白凪は、次の引き金を、引いた。

 引いた音の先で、もう一人が、崩れた。

 崩れた二人の、半歩奥に、迫撃砲の音が、出た。

 出た音は、低かった。

 低い音の先に、半拍の、止まりが、入った。

 止まりの後に、半拍、空気が、薄くなった。

 薄くなった空気の中で、迫撃砲弾の、飛翔音が、九番の上空に、入った。

 入った音の方向を、白凪は、聞いた。

 聞いた方向は、観測壕の北側、だった。

 北側、というのは、桐生と、久我が、いる方向、だった。


「久我伍長/桐生/低くしろ」

 白凪は、観測壕の上に、声を、置いた。

「了解」

 二人は、揃って、答えた。

 揃った答えの半拍の中で、観測壕の上の双眼鏡の角度が、半拍、下がった。

 下がった瞬間、迫撃砲弾は、観測壕の北側に、着弾した。

 着弾の音は、低かった。

 低い音の脇で、土が、半拍、跳ね上がった。

 跳ね上がった土の中に、北側の土嚢の縁が、入っていた。

 入った土嚢の縁は、半拍、崩れた。

 崩れた縁の上から、薄い土煙が、半拍ずつ、伸びていった。

 伸びていく煙の中で、観測壕の上の、桐生の声が、出た。

「白凪二等兵/土嚢、崩れました」

「位置は」

「観測壕の北側/三歩、奥/観測壕の上の射線は、まだ、通ります」

「久我伍長は」

「無傷」

「桐生は」

「無傷です」

 桐生は、それだけ答えた。

 答えた声には、半拍の、止まりは、入っていなかった。

 入っていないのは、桐生が、自分の動きの中で、半拍前の動きを、続けていた、ということだった。

 続けていた動きの中で、桐生は、双眼鏡を、構え直した。

 構え直した角度の先に、敵主力本隊の動きが、続いていた。


「了解」

 白凪は、答えた。

 答えながら、頭の中の、配置を、半拍、組み直した。

 組み直した配置の中で、観測壕の北側に、迫撃砲が、続けて、着弾する可能性を、入れた。

 入れた可能性の中で、桐生の場所を、半拍、別の位置に、移すか、移さないか、を、組んだ。

 組んだ結果、移すことを、選んだ。

 選んだ理由は、観測の継承の場所、ではなかった。

 別の理由、だった。

 別の理由、というのは、桐生が、削れる側の、最も削れる位置に、入る、ということを、避ける、ということだった。

 避けるのは、観測の継承を、保たせるため、だった。

 保たせるために、白凪は、口を、開いた。

「桐生」

「はい」

「観測壕の上から、下りろ」

「下りる、というのは」

「副線の脇に、移れ」

「了解です」

「久我伍長は、観測継続」

「了解」

 久我は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、久我の双眼鏡は、構え直されたまま、だった。

 構え直されたままの角度の先に、敵主力本隊の動きが、続いていた。


 桐生は、観測壕の階段を、降り始めた。

 降りる速度は、半拍、早かった。

 早いのは、桐生が、自分の動きを、開始した、ということだった。

 開始した動きの中で、桐生は、半拍ずつ、副線の脇の方向に、向かっていた。

 向かう方向の先に、緒方が、いた。

 緒方は、副線の脇に、座ったまま、応答を、続けていた。

 続けている動きの中で、緒方の右手は、応答機の脇に、置かれていた。

 置かれた手の動きは、揺れなかった。

 揺れない動きの脇に、桐生が、入った。

 入った位置で、桐生は、半拍、緒方を、見た。

 見た目の中に、半拍の、確かめが、入っていた。

 確かめは、緒方の動きの、揺れの有無を、確かめる半拍、だった。

 揺れは、なかった。

 なかったのを、桐生は、確かめた。

 確かめてから、桐生は、副線の脇に、姿勢を、低くした。

 低くした姿勢の中で、桐生は、緒方の応答の動きの、補助に、入った。

 入った動きの中で、桐生は、削る側の、半歩内側に、入ったまま、だった。


 迫撃砲は、続けて、着弾した。

 続けての着弾の位置は、観測壕の北側、だった。

 北側、というのは、桐生が、半拍前まで、いた位置、だった。

 半拍前まで、いた位置に、迫撃砲弾が、着弾した。

 着弾の音は、低かった。

 低い音の脇で、土嚢の縁が、もう半歩、崩れた。

 崩れた縁の上から、薄い土煙が、続けて、伸びていった。

 伸びていく煙の中で、久我は、観測の動きを、続けていた。

 続ける動きの中で、久我の双眼鏡の角度は、半拍も、揺れなかった。

 揺れない動きの中で、久我は、答えた。

「白凪二等兵」

「読め」

「敵主力、距離三百五十」

「速度は」

「変わりません」

「自動火器の射線は」

「九番の正面/中央寄り/集中」

「了解」

 白凪は、答えた。

 答えながら、引き金を、引いた。

 引いた音の先で、敵主力本隊の中央の、自動火器を持つ一人が、姿勢を、崩した。

 崩れた瞬間、自動火器の連射の音の、半拍が、止まった。

 止まった半拍の中で、白凪は、もう一発、引いた。

 引いた音の先で、別の中央寄りの一人が、崩れた。

 崩れた後で、自動火器の連射は、半拍ずつ、再開した。

 再開した連射の射線は、観測壕の手前の、白凪の位置に、向いていた。

 向いた射線の中で、白凪は、姿勢を、半拍、低くした。

 低くした姿勢の中で、土嚢の縁の上に、自動火器の弾痕が、続けて、刻まれた。

 刻まれた弾痕の数は、五つ、だった。

 五つの中の、三つが、土嚢の縁を、抜けた。

 抜けた弾は、白凪の右肩の、半歩外側を、通った。

 通った瞬間に、白凪は、姿勢を、戻した。

 戻した位置から、もう一発、引いた。


 前縁壕の前で、鷹見が、引き金を、引いた。

 引いた音は、白凪の引き金の音と、半拍、ずれて、出た。

 ずれた音の先で、敵主力本隊の前列の、一人が、姿勢を、崩した。

 崩れた瞬間、鷹見は、次の引き金を、引いた。

 引いた音の先で、もう一人が、崩れた。

 崩れた二人の、半歩奥から、自動火器の連射の射線が、前縁壕の前に、向いた。

 向いた射線の中に、鷹見の姿勢が、入っていた。

 入った姿勢を、鷹見は、半拍、低くした。

 低くした姿勢の中で、鷹見の右手は、引き金にかかったまま、だった。

 かかったままの手で、鷹見は、もう一発、引いた。

 引いた音の先で、自動火器を持つ別の一人が、崩れた。

 崩れた瞬間に、自動火器の連射の射線が、半拍、別の方向に、移った。

 移った先は、本陣の脇、だった。


 本陣の脇で、荒瀬が、引き金を、引いた。

 引いた音は、自動火器の連射の音の中に、薄く、入った。

 入った音の先で、敵主力本隊の左寄りの一人が、姿勢を、崩した。

 崩れた瞬間、荒瀬は、次の引き金を、引いた。

 引いた音の先で、もう一人が、崩れた。

 崩れた二人の、半歩奥に、自動火器を持つ別の兵が、いた。

 いた兵が、銃を、構え直した。

 構え直した銃の射線が、本陣の脇の方向に、向いた。

 向いた射線の中に、荒瀬の姿勢が、入っていた。

 入った姿勢を、荒瀬は、半拍、ずらした。

 ずらした方向は、本陣の脇の、半歩内側、だった。

 半歩内側、というのは、止まれる位置、の、半歩、奥、だった。

 奥に入った荒瀬の脇を、自動火器の連射の弾が、通り抜けた。

 通り抜けた弾の音の先で、荒瀬は、姿勢を、戻した。

 戻した位置から、もう一発、引いた。

 引いた音の先で、自動火器を持つ兵が、崩れた。

 崩れた瞬間に、自動火器の連射の射線は、もう一度、半拍、止まった。


「白凪二等兵」

 久我の声が、観測壕の上から、来た。

「読め」

「敵主力、距離三百」

「速度は」

「半拍、遅くなりました」

「了解」

 白凪は、答えた。

 答えてから、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、頭の中で、敵主力本隊の動きの、変化を、組んだ。

 組んだ変化の中で、半拍の遅さは、何を、意味するか、を、確かめた。

 確かめた結果は、二つ、あった。

 ひとつは、九番の射撃が、半拍ずつ、敵主力本隊の前列を、削っている、ということだった。

 削っている動きの中で、敵主力本隊は、前進の速度を、半拍、抑えていた。

 もうひとつは、半拍の遅さの中で、敵主力本隊は、別の動きを、半拍ずつ、組み始めていた、ということだった。

 別の動き、というのは、距離三百で、自動火器の射線を、九番の中の、最も、削れる位置に、集中させる、ということだった。

 集中の先の位置を、白凪は、確かめた。

 確かめた位置は、前縁壕の前、だった。

 前縁壕の前、というのは、鷹見の、いる位置、だった。


 白凪は、観測壕の手前から、視線を、前縁壕の方向に、向けた。

 向けた先に、鷹見の背中が、あった。

 鷹見の背中は、揺れていなかった。

 揺れていない背中の脇に、自動火器の連射の射線が、半拍ずつ、近づいていた。

 近づく射線の中に、鷹見の姿勢の脇が、入った。

 入った位置の上に、自動火器の弾痕が、半拍ずつ、刻まれ始めた。

 刻まれていく弾痕の中に、半拍の重さが、入っていた。

 入っていた半拍を、白凪は、引き出しに、入れた。

 入れた場所は、鷹見の半歩外側の、すぐ脇、だった。

 脇、というのは、削れる位置の、最も、削れる、半拍前、だった。


「鷹見軍曹」

 白凪は、本陣の入口の脇から、声を、置いた。

「読め」

 鷹見は、答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、鷹見は、引き金にかけた手を、半拍も、外さなかった。

「自動火器、前縁壕の前に、集中します」

「分かっている」

「姿勢、半歩、後ろに、引いてください」

「引かない」

 鷹見は、それだけ答えた。

 答えた声には、半拍の、止まりは、入っていなかった。

 入っていないのは、鷹見が、半拍前から、その答えを、自分の中に、置いていた、ということだった。

 置いていた答えを、鷹見は、白凪に、置いた。

 置いた動きの中で、鷹見は、引き金を、引き続けた。

 引き続ける動きの先で、敵主力本隊の前列の、もう一人が、崩れた。

 崩れた瞬間に、自動火器の連射の射線は、もう一度、前縁壕の前に、集中した。

 集中の中で、鷹見は、姿勢を、引かなかった。

 引かない姿勢の中で、鷹見の右手は、引き金にかかったまま、だった。

 かかったままの手の動きの中で、半拍の重さが、入っていた。

 入っていた半拍を、白凪は、認識した。

 認識した動きの中で、白凪は、引き金を、引いた。

 引いた音の先で、自動火器を持つ別の一人が、崩れた。

 崩れた後で、自動火器の連射は、半拍、止まった。


「白凪二等兵」

 久我の声が、続けて、来た。

「読め」

「敵主力、距離二百八十/自動火器、複数/射線集中、前縁壕の前」

「鷹見軍曹は」

「無傷」

「了解」

「だが、迫撃砲、再装填の動き」

「位置は」

「敵主力本隊の、左翼の、後方」

「方向は」

「観測壕の北側/同じ位置」

「了解」

 久我は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、久我の双眼鏡の角度は、もう一度、構え直された。

 構え直された角度の先に、迫撃砲の再装填の動きが、入っていた。


 白凪は、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、頭の中の、配置を、半拍、組み直した。

 組み直した配置の中で、観測壕の北側に、続けての迫撃砲の着弾が、入った。

 入った着弾の位置の上には、もう、桐生は、いなかった。

 いなかったが、別の動きを、組む必要が、あった。

 別の動き、というのは、迫撃砲弾の着弾の前に、半拍、観測壕の上の、久我の姿勢を、低くする、ということだった。

 低くする半拍を、白凪は、組んだ。

 組んだ半拍を、久我に、置いた。

「久我伍長」

「読め」

「迫撃砲弾、着弾予定/半拍前に、姿勢を、低くしてくれ」

「了解」

 久我は、それだけ答えた。

 答えた声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、久我の双眼鏡は、構え直されたまま、だった。

 構え直されたままの角度の先に、迫撃砲の発射の音が、出た。

 出た音の先で、半拍の止まりが、入った。

 止まりの後に、半拍、空気が、薄くなった。

 薄くなった空気の中で、迫撃砲弾の飛翔音が、九番の上空に、入った。

 入った音の方向は、観測壕の北側、だった。


「久我伍長/低くしろ」

 白凪は、声を、置いた。

「了解」

 久我は、半拍、姿勢を、低くした。

 低くした半拍の中で、迫撃砲弾は、観測壕の北側に、着弾した。

 着弾の音は、半拍前の着弾より、半歩、近い位置、だった。

 近い位置の脇で、土嚢の縁が、もう半歩、崩れた。

 崩れた縁の上から、薄い土煙が、続けて、伸びていった。

 伸びていく煙の中で、久我は、姿勢を、戻した。

 戻した位置で、双眼鏡を、構え直した。

 構え直した角度の先に、敵主力本隊の動きが、続いていた。


「白凪二等兵」

 久我の声が、続けて、来た。

「読め」

「敵主力、距離二百五十/自動火器、連射、再開」

「方向は」

「前縁壕の前/集中」

 白凪は、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、視線を、前縁壕の方向に、向けた。

 向けた先に、鷹見の背中が、あった。

 鷹見の背中は、揺れていなかった。

 揺れていない背中の脇に、自動火器の連射の射線が、半拍ずつ、近づいていた。

 近づく射線の中で、鷹見は、引き金を、引き続けていた。

 引き続ける動きの中で、敵主力本隊の前列の、もう一人が、崩れた。

 崩れた瞬間、鷹見の脇に、自動火器の連射の射線が、複数、入った。

 入った射線の音の先で、鷹見の姿勢が、半拍、揺れた。

 揺れた半拍は、これまでの鷹見の動きの中で、初めて、出た揺れ、だった。

 揺れの方向は、前縁壕の手前、だった。

 前縁壕の手前、というのは、鷹見の足の下、だった。

 足の下、というのは、両脚、だった。


「鷹見軍曹、両脚、被弾」

 久我の声が、観測壕の上から、来た。

 久我の声は、低かった。

 低いが、揺れなかった。

 揺れない声の中で、白凪は、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、鷹見の姿勢の、揺れの方向を、確かめた。

 確かめた方向は、前縁壕の前の、土の上、だった。

 土の上に、鷹見は、半拍ずつ、姿勢を、崩していった。

 崩れていく姿勢の中で、鷹見の右手は、引き金にかかったまま、だった。

 かかったままの手の動きの中で、もう一発、引いた音が、出た。

 出た音の先で、敵主力本隊の前列の、もう一人が、崩れた。

 崩れた瞬間に、鷹見の姿勢は、前縁壕の前の、土の上に、半分、入った。

 入った姿勢の中で、鷹見の右手は、半拍、引き金から、外れた。

 外れた手の脇に、薄い赤が、土の上に、置かれ始めていた。

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