第6章 第4部『圧』其ノ二
第4部『圧』其ノ二
「鷹見軍曹」
白凪は、口を、開いた。
開いた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、白凪は、配置を、口に出し始めた。
「前縁壕の前」
白凪は、それだけ言った。
言った位置は、九番の中の、最も、前線、だった。
最も前線、というのは、これまで、九番の兵が、戦闘の射線として、使ったことのない位置、だった。
使ったことのない位置に、鷹見を、置く。
置いた動きを、鷹見は、半拍、見た。
見た目の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめの中身は、揺れの有無、ではなかった。
別の中身、だった。
別の中身は、白凪が、自分を、削る側の、最も削れる位置に、置いた、ということを、鷹見が、半拍で、認識した、ということだった。
認識した鷹見は、答えた。
「了解」
鷹見の声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、半拍の、重さは、入っていなかった。
入っていないのは、鷹見が、すでに、半拍前から、その位置を、自分の中に、置いていた、ということだった。
置いていた位置を、白凪が、口に出した。
出した動きを、鷹見は、受け取った。
受け取った瞬間が、半拍の終わり、だった。
「荒瀬軍曹」
「読め」
「本陣の脇/右腕のみ/止まれる位置/鷹見軍曹の後方」
「分かった」
荒瀬は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、荒瀬は、半拍、白凪を、見た。
見た目の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめの中身は、半拍前まで、本陣の脇の位置、だった荒瀬の場所が、変わっていない、ということを、確かめる中身、だった。
変わっていないのは、荒瀬の動きが、肩負傷の継続の中で、止まれる位置から、外れない、ということだった。
外れない位置の中で、荒瀬は、右腕のみで、引き金を、引く。
引いた弾の射線は、鷹見の後方に、入った。
入った射線、というのは、鷹見が削れた半拍に、自動火器を持つ敵を、止める射線、だった。
止める射線の場所に、荒瀬が、立つ。
立つ動きを、荒瀬は、半拍、受け取った。
「久我伍長」
「はい」
「観測壕の上/観測継続」
「了解」
「桐生は、脇」
「了解です」
久我と、桐生は、揃って、答えた。
揃った答えの中で、桐生の動きが、半歩、観測の継承の、もう半歩先に、入った。
入った動きの中で、桐生は、九番の兵、として、観測壕の上に、立っていた。
立っているのは、久我の脇、だった。
久我の脇、というのは、観測の継承の場所、だった。
継承の場所で、桐生は、双眼鏡を、構えていた。
構えていた角度は、敵主力本隊の右翼の方向、だった。
右翼の方向に、自動火器の混入が、多かった。
多い混入の動きを、桐生が、追い続ける。
追い続ける動きを、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、桐生の、観測の継承の、すぐ脇、だった。
「緒方」
「はい」
「副線の脇/座ったまま/応答継続」
「了解です」
「動かないでくれ」
「動きません」
緒方は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、緒方の脚は、布の下に、入ったまま、だった。
入ったままの脚で、緒方は、座ったまま、応答を、続ける。
続ける動きの中で、緒方は、後方からの応答記録を、九番に、繋ぎ続ける。
繋ぎ続ける記録の中に、敵主力本隊との戦闘の、進行状況が、入る。
入る記録を、後方は、九番の外側で、確かめる。
確かめた後方が、九番を、戦線の中で、どう位置づけるかは、白凪には、まだ、分からなかった。
分からないが、繋ぎ続ける。
繋ぎ続けるのが、緒方の動きだった。
緒方の動きを、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、緒方の、削る側の、半歩内側の、もう半歩、内側、だった。
もう半歩内側、というのは、九番の動きの、土台の、半拍前、だった。
土台の半拍前に、緒方が、いた。
いる緒方を、白凪は、保たせる。
「瀬名衛生兵」
「はい」
「本陣の奥/負傷者対応」
「了解です」
「新規負傷者の、半拍前の動きで、出てきてくれ」
「了解」
瀬名は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、瀬名の手の動きは、急がなかった。
急がない動きの中で、瀬名は、本陣の奥に、いた。
いた瀬名の脇に、新しい止血の布が、束ねられていた。
束ねられた布の数は、これまでの戦闘の、どれよりも、多かった。
多い数の中に、瀬名の、半拍前の動きが、入っていた。
入っていた半拍を、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、瀬名の、急がない手の動きの、すぐ脇、だった。
「俺は、観測壕の手前/射線」
白凪は、それだけ言った。
言った位置は、これまでの戦闘と、同じ位置、だった。
同じ位置の中で、白凪の役割は、半歩、変わっていた。
変わったのは、判断者として、立つ場所、だった。
判断者として、白凪は、九番の七人、全員の動きを、組む。
組む動きの中で、白凪自身の射線も、入っていた。
入っていた射線は、観測壕の手前から、敵主力本隊の中央に、通る射線、だった。
中央に、自動火器が、混じっていた。
混じった自動火器を、白凪は、半拍ずつ、削る。
削る動きの中で、白凪は、判断者の役を、続ける。
続けるのが、これまでの戦闘と、同じ動きだった。
同じ動きの中で、ひとつだけ、違うことが、あった。
違うことは、鷹見が、前縁壕の前に、いる、ということだった。
いる鷹見を、白凪は、後ろから、見続ける。
見続ける動きの中で、鷹見の生死を、白凪は、半拍ずつ、確かめる。
確かめる動きの中で、白凪は、引き金を、引き続ける。
引き続ける動きが、判断者の役、だった。
全員が、配置の方向に、動き始めた。
動き始めた中で、最初に、動いたのは、桐生、だった。
桐生は、観測壕の上の、久我の脇に、すでに、いた。
いる位置で、双眼鏡を、半拍、構え直した。
構え直した角度は、敵主力本隊の方向、だった。
次に動いたのは、瀬名、だった。
瀬名は、本陣の奥に、止血の布を、整え直した。
整え直す動きの中で、瀬名の手は、揺れなかった。
次に動いたのは、緒方、だった。
緒方は、副線の脇で、応答の動きを、続けたまま、だった。
続けたまま、緒方の右手は、応答機の脇に、置かれていた。
置かれた手の動きは、揺れなかった。
次に動いたのは、荒瀬、だった。
荒瀬は、本陣の脇から、半歩、外側に、ずれた。
ずれた位置は、鷹見の後方の、射線が、通る位置、だった。
通る位置で、荒瀬は、右腕のみで、銃を、構え直した。
構え直した銃は、揺れなかった。
次に動いたのは、白凪、だった。
白凪は、観測壕の手前に、戻った。
戻った位置で、銃の構えを、確かめた。
確かめた構えは、揺れなかった。
最後に、動いたのは、鷹見、だった。
鷹見は、半拍、動かなかった。
動かなかったのは、半拍、白凪の脇に、止まっていたから、だった。
止まった位置で、鷹見は、白凪を、見た。
見た目の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめの中身は、これまでの確かめと、違っていた。
違っていたのは、鷹見が、白凪に、何かを、置こうとしていた、ということだった。
置こうとしている中身を、白凪は、まだ、組み立てていなかった。
組み立てていないまま、白凪は、答えを、待った。
「白凪」
鷹見は、口を、開いた。
「はい」
「お前が、置いた」
「置きました」
「合っても、合わなくても、お前が下したものだ」
鷹見は、それだけ言った。
言った声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、白凪は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、頭の中の、ある場所が、再生された。
ある場所は、後方の指揮所からの帰り道、九番に戻った後、荒瀬から、訊かれた半拍、だった。
荒瀬は、こう言った。
お前、置いた。
白凪は、答えた。
置きました。
荒瀬は、続けた。
合ってた。
白凪は、答えた。
はい。
その次に、荒瀬は、こう言った。
合っても、合わなくても、お前が下したものだ。
その言葉を、今、鷹見が、白凪に、置いていた。
置いている動きの中で、半拍の、重さが、入っていた。
入っていた半拍は、荒瀬の半拍と、同じ場所から、出てきた半拍、だった。
同じ場所、というのは、削れた側に、置かれた人間が、自分を、置かれた側として、引き受ける場所、だった。
引き受ける場所に、荒瀬は、立っていた。
今、鷹見も、その場所に、立っていた。
立っている二人の半拍が、白凪の中で、重なった。
重なった半拍を、白凪は、答えた。
「はい」
白凪は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、半拍の、重さが、入っていた。
入っていた半拍を、鷹見は、半拍、見た。
見た目の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、白凪の答えの、揺れの有無を、確かめていた。
揺れは、なかった。
なかったのを、鷹見は、確かめた。
確かめてから、続けた。
「もう一つ、言っておく」
「はい」
「お前は、ここを、保たせろ」
「はい」
「俺がいなくなっても」
鷹見は、それだけ言った。
言った声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、半拍の、重さが、入っていた。
入っていた半拍を、白凪は、半拍、置いてから、答えた。
「はい」
白凪は、それだけ答えた。
答えた声の前に、半拍の、空きが、入った。
入った空きは、白凪が、鷹見の言葉の中身を、半拍で、組み立てた、ということだった。
組み立てた中身は、鷹見が、自分の生死を、半拍前の場所に、置いた、ということだった。
置いた半拍前に、鷹見は、立っていた。
立っている場所で、鷹見は、白凪に、九番を、渡そうとしていた。
渡そうとしている動きの中で、鷹見は、自分が、いなくなる場合の、九番を、白凪に、預けていた。
預けられた九番を、白凪は、保たせる。
保たせる動きの中で、白凪は、判断者として、立つ。
立つ動きを、白凪は、答えた。
「はい」
白凪の答えは、揺れなかった。
揺れない答えの中で、鷹見は、頷いた。
頷きは、半拍、だった。
半拍の頷きの中で、鷹見の右手は、銃の握りに、半拍、強く、触れた。
触れた強さの中で、握り直しが、出た。
出た握り直しは、これまでの戦闘の、半拍前の動きと、同じ動き、だった。
同じ動きの中で、鷹見は、白凪の脇から、前縁壕の方向に、動き始めた。
動く速度は、配属の日から、白凪が、見てきた鷹見の動きの中で、最も、遅かった。
遅いが、揺れなかった。
揺れない速度の中で、鷹見の足は、本陣の入口の脇から、前縁壕の前の方向に、半歩ずつ、進んでいった。
進んでいく方向は、配属の日からの、鷹見の動きの、逆方向、だった。
逆方向、というのは、本陣の中、ではなく、前線、ということだった。
前線に、鷹見は、向かっていた。
向かう動きの中で、鷹見の銃は、握りに、強く、入っていた。
強く入った握りは、戦闘の半拍前の動きの、完了の形、だった。
完了の形の中で、鷹見は、半拍ずつ、前縁壕の前に、近づいていった。
近づく動きの中で、鷹見の背中の脇に、朝の橙の薄い光が、置かれていた。
置かれた光は、半拍ずつ、薄くなっていった。
薄くなっていく光の中で、鷹見は、前縁壕の前に、到達した。
到達した位置で、鷹見は、姿勢を、半拍、低くした。
低くした姿勢の中で、鷹見は、断尾嶺の方向に、銃を、構えた。
構えた銃の先に、敵主力本隊の、影の塊が、入っていた。
「白凪二等兵」
久我の声が、観測壕の上から、来た。
「読め」
「敵主力本隊、距離五百」
「速度は」
「変わりません/最大」
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、観測壕の手前から、半歩、外側に、動いた。
動いた位置から、双眼鏡を、構えた。
構えた先に、断尾嶺の方向が、あった。
断尾嶺の方向に、影の塊が、あった。
影の塊は、これまでに見た、どの動きとも、別の規模、だった。
別の規模が、半拍ずつ、九番に、向かっていた。
向かっている方向の先に、九番が、あった。
九番には、七人が、いた。
白凪と、鷹見と、荒瀬と、久我と、桐生と、緒方と、瀬名、だった。
七人で、影の塊を、止める。
止められるかどうかは、分からなかった。
分からないが、立つ。
立つために、白凪は、判断者の役を、引き受けていた。
引き受けたものを、白凪は、行動に、変える。
変える瞬間が、これから、来る。
白凪は、双眼鏡から、目を、離した。
離した目で、頭の中の、ある場所を、確かめた。
ある場所は、動機の場所の、中央、だった。
中央に、十の言葉が、整列していた。
整列している言葉の、一番上が、責任、だった。
責任の下に、九つの言葉が、整列していた。
整列の中に、桐生と、緒方の場所が、入っていた。
半歩、内側、だった。
半歩内側に、新しく、鷹見の場所が、入った。
入った場所は、半歩、外側、だった。
半歩外側、というのは、削る側の、最も、削れる位置、だった。
削れる位置に、鷹見が、いた。
いる鷹見を、白凪は、保たせるか、保たせないか、半拍ずつ、判断する。
判断の中で、白凪は、九番を、保たせる。
保たせる動きの中で、鷹見が、削れる可能性が、あった。
可能性は、低くなかった。
低くなかったが、白凪は、判断を、続ける。
続ける判断の中で、十の言葉は、整列したまま、だった。
整列している形は、揺れなかった。
揺れないのは、もう、揺れる場所が、ないから、だった。
揺れる場所がない、というのは、白凪が、引き受け切った、ということだった。
引き受け切った形が、白凪の中で、最後の確認に、入った。
確認の中で、白凪は、口の中で、ある言葉を、転がした。
転がした言葉は、責任、だった。
責任、というのは、九番を、保たせる動きの、土台、だった。
土台の上に、十の言葉が、整列していた。
整列の一番上が、責任、だった。
責任を、白凪は、転がした。
転がしたが、口の外には、出さなかった。
出さないのは、出す相手が、まだ、いないから、だった。
いないが、いなくは、ない可能性が、あった。
可能性は、これから、来る。
来た時に、白凪は、答える。
答える相手は、半拍、決まっていなかった。
決まっていないが、いる。
いる相手の前で、白凪は、責任を、口に、出す。
出す半拍は、まだ、来ていなかった。
来ていないが、来る。
来るために、白凪は、判断者として、立っていた。
立っているのは、観測壕の手前、だった。
観測壕の手前の位置から、視線は、前縁壕の前に、向いていた。
向いた先に、鷹見の背中が、あった。
鷹見の背中は、揺れていなかった。
揺れていない背中の脇から、薄い朝の橙が、半拍ずつ、薄くなっていった。
薄くなっていく橙の中で、敵主力本隊の影の塊が、半拍ずつ、九番に、近づいていった。
近づく速度は、止まらなかった。
止まらない速度の中で、白凪は、銃を、構え直した。
構え直した銃は、揺れなかった。
揺れない銃の先に、敵主力本隊の中央が、あった。
中央には、自動火器が、混じっていた。
混じった自動火器を、半拍ずつ、白凪は、削る。
削る動きの中で、白凪は、判断者として、立つ。
立つために、ここに、いた。
「白凪二等兵」
久我の声が、続けて、来た。
「読め」
「敵主力本隊、距離四百五十」
「速度は」
「変わりません/最大」
「自動火器の射線は」
「入りません/距離、まだ遠い/だが、四百を、切ったら、入ります」
「了解」
白凪は、答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れなかった。
揺れない声の中で、白凪は、引き金にかけた手の力を、半拍、保った。
保った力の中で、敵主力本隊の影の塊は、半拍ずつ、九番の正面に、近づいていった。
近づいていく速度は、止まらなかった。
止まらない速度の中で、空の橙は、もう少し、薄くなっていった。
薄くなっていく橙の下で、九番の七人は、それぞれの位置に、立っていた。
立っているのは、最後の前線、だった。
最後の前線の上で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
立っている位置の上で、引き金にかけた手の指は、揺れなかった。
揺れない指の脇で、十の言葉が、整列したまま、だった。
整列の一番上が、責任、だった。
責任の重さを、白凪は、口の中で、もう一度、転がした。
転がしたが、口の外には、出さなかった。
出さないのは、まだ、半拍前、だった、ということだった。
半拍前の場所で、白凪は、判断者として、立っていた。
立っている時間の中で、敵主力本隊の、最初の射線が、九番の方向に、向き始めていた。




