第6章 第3部『接触』其ノ二
第3部『接触』其ノ二
夜の温度は、低かった。
低い温度の中で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
立っている位置から、視線は、断尾嶺の右斜面の、麓の方向に、向いていた。
向いた視線の中で、薄い動きが、近づいていた。
近づく速度は、速かった。
速い速度が、半拍ずつ、九番の正面の距離を、縮めていた。
「白凪二等兵」
久我の声が、観測壕の上から、来た。
「読め」
「前哨、距離300」
「速度は」
「変わりません/速い」
「位置は」
「九番正面/中央寄り、二/左寄り、三/右寄り、四」
「自動火器は」
「中央寄り、二の中に、混入」
白凪は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、頭の中の、配置に、入れ直した。
中央寄りの二の、自動火器を、半拍、観測壕の手前の、土嚢の縁で、遮る。
遮った半拍の中で、荒瀬の射線が、左寄りの三を、止める。
止めた後で、白凪の射線が、中央寄りの自動火器を、削る。
北側土嚢の方向に、右寄りの四が、流れる可能性が、あった。
可能性の先に、北側土嚢の脇の、副線が、あった。
副線の脇に、緒方が、いた。
緒方は、守る側に、置いた。
置いた動きの中で、白凪は、右寄りの四を、観測壕の手前から、半拍遅れて、削る判断を、組んだ。
組んだ判断を、頭の中に、入れた。
「荒瀬軍曹」
「読め」
「左寄り、三/引き金は、お前の射線の番だ」
「了解」
「自動火器の連射が、止まるまで、引き続けろ」
「分かった」
荒瀬は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れていなかった。
揺れていないのは、荒瀬の、右腕のみの動きが、すでに、引き金にかかっていた、ということだった。
「緒方」
「はい」
「副線の脇から、動くな」
「動きません」
「修復の手は、戦闘の音で、半拍、止めていい/だが、応答は、続けろ」
「了解です」
緒方は、それだけ答えた。
答えた声は、揺れていなかった。
揺れていないのは、緒方の、七年分の動きの中で、戦闘の半拍前の応答を、何度も、続けてきた、ということだった。
前哨は、距離250に、入った。
入った瞬間に、白凪は、引き金を、引いた。
引いた音は、夜の温度の中に、薄く、置かれた。
置かれた音の先で、中央寄りの一人が、姿勢を、崩した。
崩した瞬間に、白凪は、次の引き金を、引いた。
引いた音の先で、もう一人が、崩れた。
崩れた後で、中央寄りの三人目が、姿勢を、低くした。
低くした姿勢の脇から、自動火器の連射が、始まった。
連射の音は、低かった。
低い音の先に、土嚢の縁が、あった。
縁の上に、弾痕が、続けて、刻まれた。
刻まれた弾痕の数は、五つ、だった。
五つの中の、二つが、土嚢の縁を、抜けた。
抜けた弾は、観測壕の手前の、白凪の右肩の、半歩外側を、通った。
通った瞬間に、白凪は、姿勢を、半歩、低くした。
低くした姿勢の中で、自動火器の連射の方向が、半拍、白凪の位置から、外れた。
外れた半拍の中で、荒瀬の引き金が、出た。
出た音の先で、左寄りの一人が、崩れた。
崩れた後で、もう一人が、続けて、崩れた。
二人を、荒瀬は、右腕のみで、削った。
削った動きの中で、自動火器の連射が、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、白凪は、姿勢を、戻した。
戻した位置から、引き金を、引いた。
引いた先で、自動火器を、持っていた一人が、崩れた。
崩れた瞬間に、連射は、完全に、止まった。
「白凪二等兵」
久我の声が、観測壕の上から、来た。
「読め」
「前哨、右寄り、四/副線の方向に、流れます」
「速度は」
「速い」
「了解」
白凪は、答えた。
答えながら、観測壕の手前から、半歩、右に、動いた。
動いた位置から、副線方向の射線が、通った。
通った先に、右寄りの四が、いた。
いた四の中の、一人が、姿勢を、低くして、副線の脇に、向かっていた。
向かっている方向の先に、緒方が、いた。
緒方は、副線の応答を、続けていた。
続けている動きの脇に、桐生が、いなかった。
桐生は、観測壕の上で、久我の脇に、いた。
いる桐生は、戦闘の射線には、入っていなかった。
入っていない桐生の代わりに、副線の脇に、白凪の射線が、入った。
入った瞬間、白凪は、引き金を、引いた。
引いた先で、流れていた一人が、崩れた。
崩れた後で、もう一人が、続けて、流れた。
流れた先で、白凪は、もう一発、引いた。
引いた音の先で、もう一人が、崩れた。
崩れた二人の、半歩奥に、流れ弾が、来た。
来た弾は、副線の脇の、緒方の方向に、向かっていた。
向かっていた弾の速度は、白凪の射線の速度より、半拍、早かった。
早い半拍の中で、白凪は、引き金を、もう一度、引いた。
引いた先で、流れていた最後の二人のうちの、一人が、崩れた。
もう一人は、姿勢を、低くして、副線の脇に、流れた。
流れた瞬間、副線の方向に、流れ弾の音が、薄く、出た。
出た音の先で、緒方の姿勢が、半拍、崩れた。
崩れた姿勢の脇で、緒方の声が、低く、出た。
「脚、当たった」
緒方の声は、低かった。
低いが、揺れていなかった。
揺れていないのは、緒方の、七年分の動きの中で、被弾の半拍前を、何度か、見てきた、ということだった。
見てきた動きの中で、緒方は、姿勢を、副線の応答の脇に、低く、保った。
保った姿勢の中で、緒方は、引き金を、構えたまま、だった。
構えたままの動きを、白凪は、視界の端で、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、緒方の、守る側、の、すぐ脇、だった。
脇に、緒方の、削れた半拍が、入った。
「瀬名衛生兵」
白凪は、本陣の方向に、声を、置いた。
「はい」
「副線の脇/緒方/脚、被弾/止血を、頼む」
「了解」
瀬名は、本陣の奥から、副線の脇の方向に、動き始めた。
動く速度は、急がない速度、だった。
急がない速度の中で、瀬名の手の動きは、揺れなかった。
揺れない手が、緒方の脚の方向に、向かった。
「白凪二等兵」
久我の声が、続けて、来た。
「読め」
「前哨、残り、三から、四/退却の動き、開始」
「方向は」
「断尾嶺の、右斜面の、麓に、戻る方向」
「速度は」
「速い」
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、引き金にかけた手の力を、半拍、保った。
保った力の中で、退却の動きの先を、見た。
退却の方向に、向かっている三から四の、姿勢は、低かった。
低い姿勢の中で、九番の射線は、もう、届かない位置に、入っていた。
届かない位置に、白凪は、引き金を、引かなかった。
引かない、というのが、九番の動きだった。
動きの中で、白凪は、引き金にかけた手を、外した。
外した瞬間、構えを、外した。
外した右手は、震えなかった。
震えなかったのは、震えが、もう、別の場所に、移っていたから、だった。
戦闘は、終わっていた。
終わった夜の温度の中で、副線の脇に、瀬名の手の動きが、入っていた。
入っていた動きの中で、緒方は、姿勢を、低く、保っていた。
保ったまま、右手は、副線の応答の脇に、置かれていた。
置かれた手は、揺れていなかった。
揺れていないのは、緒方が、自分の脚の被弾を、応答の動きの、半拍外側に、置いた、ということだった。
半拍外側に置く動きの中に、緒方の、七年分の動きが、入っていた。
入っていた動きを、白凪は、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、緒方の、守る側、の、もう半歩、外側、だった。
外側、というのは、削る側、だった。
削る側に、緒方の半拍が、入った。
入った半拍の中で、白凪は、緒方の脇に、動き始めた。
「緒方」
「はい」
緒方は、答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れていなかった。
「脚、当たった/止まってる」
「止まっている、というのは」
「動かない/だが、布の下では、止まっていない/瀬名衛生兵の手が、止めようとしている」
「了解」
「副線の修復、どこまで、進んだ」
「半分です/あと半分」
緒方は、それだけ答えた。
答えた声は、揺れなかった。
揺れない声の中で、緒方は、副線の応答の脇に、座ったまま、だった。
座ったままの動きの中で、緒方の左の脚は、布の下に、入っていた。
布の下で、瀬名の手は、急がなかった。
急がない手の動きの中で、止血の布の色が、半拍ずつ、暗くなっていった。
暗くなっていく速度は、副線の応答の速度より、ゆっくり、だった。
ゆっくりな速度の中で、緒方は、応答を、続けていた。
白凪は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、頭の中で、緒方の動きを、組み直した。
組み直した動きの中で、緒方は、副線の応答を、続けながら、修復の半分を、続けることが、できる。
できるが、立てない。
立てない、というのは、緒方の脚が、動かない、ということだった。
動かない脚で、緒方は、座ったまま、修復を、続ける。
続ける動きの中で、緒方は、削る側、だった。
守る側、ではなく、削る側、だった。
削る側に、白凪は、緒方を、置いた。
置いた動きの中に、半拍の重さが、入っていた。
入っていた半拍の中で、白凪は、口を、開いた。
「瀬名衛生兵」
「はい」
「緒方の止血、完了後、緒方は、副線の修復、継続」
「了解」
「脚は、使えなくていい」
「了解」
「座ったまま、できるところまで、続けさせる」
白凪は、それだけ言った。
言った声は、低かった。
低いのは、白凪が、緒方を、削る側に、置いた、ということだった。
置いた動きの脇で、瀬名は、半拍、視線を、白凪に、向けた。
向けた視線の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、白凪の判断を、自分の中に、置く半拍、だった。
置いた後で、瀬名は、答えた。
「了解です」
瀬名の声は、揺れなかった。
揺れない声の中で、瀬名の手の動きは、急がなかった。
「桐生」
白凪は、観測壕の方向に、声を、置いた。
「はい」
桐生の声が、観測壕の上から、来た。
「降りろ」
「了解」
「副線の脇/緒方の手元の補助」
「了解です」
桐生は、観測壕の階段を、降りた。
降りる速度は、半拍、早かった。
早いのは、桐生の動きが、自分の役割の、半拍前まで、来ていた、ということだった。
来ていた半拍の中で、桐生は、副線の脇に、動いた。
動いた位置で、緒方の手元を、見た。
見た目の中で、桐生は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、緒方の修復の手順を、自分の中で、組んだ。
組んだ後で、答えた。
「補助、入ります」
「動け」
桐生は、頷いた。
頷いてから、緒方の脇に、座った。
座る位置は、緒方の動かない脚の、反対側、だった。
反対側、というのは、緒方の手元が、見える位置、だった。
見える位置から、桐生は、布線の端を、保持する役に、入った。
入った動きの中で、桐生は、九番の兵、として、緒方の脇に、いた。
いる二人の動きを、白凪は、半拍、見た。
見た動きの中で、桐生と、緒方は、削る側に、入っていた。
入った二人の動きを、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、保たせる側の、すぐ脇、だった。
脇、というのは、削る側の、半歩内側、だった。
半歩内側に、桐生と、緒方の半拍が、入っていた。
「白凪」
鷹見の声が、本陣の方向から、来た。
白凪は、視線を、本陣の方向に、向けた。
鷹見は、本陣の入口の脇に、立っていた。
立っている位置は、戦闘前の、半歩外側、だった。
半歩外側のまま、鷹見は、白凪を、見ていた。
「はい」
「お前、緒方を、守る側に、置いた」
「置きました」
「だが、削ったか」
「半分、削りました」
「半分、というのは」
「脚は、削った/だが、副線の修復は、続けさせる」
白凪は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れていなかった。
揺れていないのは、白凪が、自分の判断を、断定していた、ということだった。
断定の根拠は、副線の応答記録の中に、あった。
応答記録の中に、敵主力本隊の進路情報が、入っていた。
進路情報を、明日の昼まで、保たせる。
保たせるために、緒方を、座ったまま、修復に、入れる。
入れる動きの中で、緒方の脚は、削れたまま、だった。
削れたまま、緒方は、九番の兵として、立っていた。
立っているのは、座ったまま、だった。
座ったまま、というのが、緒方の、新しい立ち方、だった。
「完全に守る側、ではない、ということだな」
鷹見は、それだけ訊いた。
「はい」
「合っている」
鷹見は、それだけ言った。
言ってから、頷いた。
頷きは、半拍、だった。
半拍の頷きの中に、半拍の確かめが、入っていた。
確かめの中で、鷹見は、白凪の判断を、自分の中に、置いた。
置いた後で、視線を、副線の脇に、向けた。
向けた先に、桐生と、緒方が、いた。
いる二人の動きを、鷹見は、半拍、見た。
見た目の中に、半拍の、止まりが、あった。
止まりは、鷹見の、ある場所の動きが、半拍、入った、ということだった。
入った半拍を、白凪は、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、鷹見の、本陣の入口の脇の、半歩外側、の、すぐ脇、だった。
「久我伍長」
白凪は、観測壕の上に、声を、置いた。
「はい」
「断尾嶺の方向、変化は」
「あります」
「読め」
久我は、双眼鏡を、構え直した。
構え直す動きの中で、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、久我の声の温度が、半拍、低くなった。
低くなった声で、久我は、答えた。
「敵主力本隊、確認」
「位置は」
「断尾嶺の左斜面/距離は、まだ、遠い」
「数は」
「読みきれません/三十、四十/それ以上の可能性」
「速度は」
「ゆっくり/だが、止まりません」
「時期は」
白凪は、訊いた。
訊いた声は、低かった。
低いのは、答えを、すでに、半拍、組んでいた、ということだった。
組んだ答えを、確かめるために、白凪は、訊いた。
久我は、答えた。
「明日の昼前後/早ければ、午前」
久我の声は、揺れなかった。
揺れない声の中で、敵主力本隊の規模が、九番に、向かっていた。
向かっている規模は、これまでの戦闘の、どれよりも、大きかった。
大きい規模が、明日の昼前後に、九番に、到達する。
到達する先に、九番の七人が、いた。
七人で、敵主力本隊を、迎える。
迎える側に、白凪は、立つ。
立つために、白凪は、判断者の役を、引き受けていた。
引き受けている動きの中で、白凪は、答えた。
「了解」
夜の温度は、もう少し、低くなっていた。
低くなった温度の中で、副線の脇に、桐生と、緒方の動きが、続いていた。
続いている動きの中で、副線の応答音が、半拍ずつ、戻り始めていた。
戻った応答音の先に、後方からの、応答記録が、流れ込んでいた。
流れ込んでいる記録の中に、敵主力本隊の進路情報が、入っていた。
入っている情報を、緒方は、繋ぎ続けていた。
繋ぎ続ける動きの中で、緒方の脚は、布の下で、半拍ずつ、止まっていった。
止まっていく速度は、瀬名の手の動きの速度より、半拍、遅かった。
遅かったのは、瀬名の手が、急がなかったから、だった。
急がない手の動きの中で、止血の布の色は、半拍ずつ、固定された。
固定された色を、瀬名は、半拍、確かめた。
確かめた後で、半拍、立ち上がった。
立ち上がる動きは、急がなかった。
「白凪二等兵」
瀬名の声が、副線の脇から、来た。
「はい」
「緒方の止血、完了です」
「了解」
「布の下では、止まっています/組織の奥では、まだ、滲んでいます/だが、副線の応答の動きは、続けられます」
「了解」
「私の手は、半時間に一度、布の上から、確かめます」
「お願いします」
瀬名は、それだけ言った。
言ってから、本陣の奥の方向に、戻り始めた。
戻る速度は、急がなかった。
急がない速度の中で、瀬名の手の動きは、揺れなかった。
白凪は、観測壕の手前に、戻った。
戻った位置で、銃の構えを、確かめた。
確かめた構えは、揺れていなかった。
揺れていない構えの先に、断尾嶺の方向が、あった。
断尾嶺の左斜面の、中腹より上に、敵主力本隊の、動きが、続いていた。
続いている動きを、白凪は、見ていた。
見ている時間の中で、十の言葉が、頭の中で、整列したまま、だった。
整列している言葉の、一番上が、責任、だった。
責任の下に、九つの言葉が、整列していた。
整列の中に、桐生と、緒方の場所が、半歩、内側に、入っていた。
半歩内側、というのは、削る側、だった。
削る側に、二人が、入った。
入った二人を、白凪は、保たせ続ける。
保たせ続けるために、明日の昼前後の、敵主力本隊を、撃退する。
撃退するために、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
立っている位置の上で、夜の温度は、もう少し、低くなっていった。
低くなっていく温度の中で、敵主力本隊の動きは、ゆっくり、九番の方向に、向かっていた。
向かっている速度は、止まらなかった。
止まらない速度の中で、明日の昼前後が、近づいていた。
「白凪二等兵」
久我の声が、続けて、来た。
「読め」
「敵主力本隊、半拍、止まりました」
「位置は」
「変わりません/だが、夜のあいだは、休んでいる動き」
「了解」
「明日の朝、再開します」
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、引き金にかけた手の力を、半拍、保った。
保った力の中で、夜の温度が、もう少し、低くなっていった。
低くなっていく温度の中で、九番の中の、七人は、立っていた。
立っているのは、最後の前線、だった。
最後の前線の上で、白凪は、判断者として、立っていた。
判断者の脇に、鷹見が、いた。
鷹見の銃は、本陣の入口の脇に、置かれていた。
置かれた位置は、戦闘の半拍前に、出やすい位置、だった。
出やすい位置に、銃が、置かれている、というのは、鷹見が、明日、出る、ということだった。
出る場所は、まだ、白凪には、分からなかった。
分からないが、出る、ということだけ、白凪は、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、敵主力本隊の、明日の昼前後、の、すぐ脇、だった。
夜は、続いていた。
続いている夜の中で、九番の中の、七人は、それぞれの位置に、いた。
観測壕の上に、久我。
観測壕の手前に、白凪。
本陣の脇に、荒瀬。
副線の脇に、緒方と、桐生。
本陣の奥に、瀬名。
本陣の中に、鷹見。
七人で、九番は、立っていた。
立っている位置の上で、夜の温度は、低かった。
低い温度の中で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
立っている時間の中で、空の灰の上に、薄い橙が、半拍ずつ、伸び始めていた。
伸び始めていた橙の中に、明日の昼前後が、入っていた。
入っている時間に、九番は、向かっていた。
向かっている動きを、白凪は、止めなかった。
止めないのが、判断者の動きだった。
判断者の動きの中で、白凪は、銃を、構えたまま、だった。
構えたままの右手は、震えなかった。
震えなかったのは、震えが、もう、白凪の身体の、中の、奥の、奥に、移動していたから、だった。
移動した震えの上に、十の言葉が、整列していた。
整列している言葉の、一番上が、責任、だった。
責任を、白凪は、口の中で、もう一度、転がした。
転がしたが、口の外には、出さなかった。
出さないのは、出す相手が、まだ、いないから、だった。
いないが、いなくは、ない可能性が、あった。
可能性は、明日の昼前後、九番の正面に、来る。
来た時に、白凪は、動く。
動くために、ここに、立っていた。




