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第6章 第3部『接触』其ノ一

第3部『接触』其ノ一

 空の灰は、夕方には、濃くなった。

 濃くなった灰の下で、九番の地面の温度は、半拍ずつ、低くなっていった。

 低くなっていく温度の中で、白凪は、観測壕の手前から、本陣の入口の脇に、戻った。

 戻った位置で、半拍、立った。

 立った位置から、見える九番の中の、配置が、頭の中で、確かめられた。

 観測壕の上に、久我と、桐生。

 副線の脇に、緒方。

 本陣の脇に、荒瀬。

 本陣の奥に、瀬名。

 本陣の中に、鷹見。

 六人と、自分で、七人だった。

 七人で、立っているのが、今の九番の形、だった。

 形を、白凪は、頭の中の、ある場所に、入れた。

 ある場所、というのは、配置の場所だった。

 配置の場所の脇に、動機の場所が、あった。

 動機の場所の中央に、十の言葉が、整列していた。

 整列している言葉の、一番上が、責任、だった。

 責任の下に、九つの言葉が、整列していた。

 整列の中に、加わった場所が、あった。

 加わった場所は、桐生と、緒方の、二人の場所、だった。

 二人の場所は、九番の兵の、半拍前、ではなくなっていた。

 半拍前ではなくなったのは、午後の戦闘の予兆を、桐生が、観測したから、だった。

 観測した動きの中で、桐生は、九番の兵、になった。

 なった瞬間を、白凪は、確かめた。

 確かめた半拍は、白凪の、引き出しの、保たせる側に、入った。

 入った場所に、桐生と、緒方が、いた。


 日が、落ちた。

 落ちた空の下で、九番の中の光は、本陣の中の、ランプの光、だけ、だった。

 ランプの光は、薄かった。

 薄い光の中で、鷹見は、書類を、見ていた。

 書類は、午後の補給組の、第二便の、要請書、だった。

 中身は、白凪には、まだ、開示されていなかった。

 されていないが、鷹見が、半拍、頷いた。

 頷いてから、書類を、本陣の机の、奥の引き出しに、入れた。

 入れた動きの中で、鷹見は、視線を、白凪に、向けた。

「白凪」

「はい」

「夜の見張り、組め」

「了解」

「今夜は、二段だ」

「二段、というのは」

「観測壕の上に、久我伍長と、桐生/観測壕の手前に、お前/本陣の脇に、荒瀬軍曹/副線の脇に、緒方/本陣の奥に、瀬名衛生兵」

「了解です」

「俺は、本陣の中で、書類を、見続ける」

「分かりました」

 白凪は、答えた。

 答えた後で、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、鷹見の動きの、ある場所を、確かめた。

 ある場所は、鷹見の足の置き方、だった。

 足の置き方が、いつもより、半歩、本陣の奥に、ずれていた。

 ずれているのは、鷹見が、本陣の中に、深く、入る、ということだった。

 深く入るのは、今夜の戦闘の、可能性のため、だった。

 可能性のために、鷹見は、書類を、見続ける。

 見続ける動きの中に、半拍の重さが、入っていた。


 夜の見張りの、半ばだった。

 空の灰は、もう、見えなくなっていた。

 見えない空の下で、九番の地面は、冷えていた。

 冷えた地面の上で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。

 立っている位置で、視線は、断尾嶺の方向に、向いていた。

 向いた視線の中で、断尾嶺の左斜面の、薄い動きは、止まっていた。

 止まっているのは、夜のあいだに、敵主力本隊が、明日のために、休んでいるから、だった。

 休んでいるが、別の動きが、あった。

 別の動きは、断尾嶺の右斜面の、麓の方向、だった。

 麓の薄い動きが、夕方から、九番に、向かっていた。

 向かっている速度は、ゆっくり、だった。

 ゆっくりだが、止まらない、というのが、桐生の観測の中で、確かめられていた。

 確かめられた動きが、夜の半ばに、どこまで、来ているか。

 どこまで、というのを、白凪は、観測壕の上の、久我と、桐生から、受け取ろうとしていた。


「白凪二等兵」

 久我の声が、観測壕の上から、来た。

 声の温度は、半拍、低かった。

 低いのは、観測の中で、何かが、確かめられた、ということだった。

「読め」

「前哨、確認」

「数は」

「十から、十二」

「装備は」

「自動火器、混入」

 白凪は、半拍、止まった。

 止まった半拍の中で、頭の中の、ある場所が、再生された。

 ある場所は、別働の、これまでの装備、だった。

 別働は、これまで、自動火器を、持っていなかった。

 今、九番に、向かっている前哨は、自動火器を、混ぜていた。

 混ぜている、というのは、前哨が、別働、では、ない、ということだった。

 別働ではない、というのは、敵主力本隊の、進路確保部隊、ということだった。

 進路確保部隊が、夜のあいだに、九番の正面、300メートルまで、接近しようとしていた。

 接近の速度を、白凪は、確かめた。

「速度は」

「速い」

「本気で、来ています」

 久我は、それだけ答えた。

 答えた声には、半拍の、止まりは、入っていなかった。

 入っていないのは、久我が、自分の観測を、断定している、ということだった。

 断定の中に、半拍の確かめは、ない。

 ないが、確かめるのが、判断者の役、だった。

 判断者の役を、白凪は、引き受けていた。

 引き受けている動きの中で、白凪は、答えた。

「了解」


 半拍の中で、頭の中で、動きが、組まれ始めた。

 組まれたのは、配置だった。

 配置の中で、白凪は、複数の動きを、同時に、並べた。

 並べた動きの中に、桐生の場所が、あった。

 緒方の場所が、あった。

 二人を、削る側に、置くか。

 守る側に、置くか。

 削る側に置けば、戦闘の射線が、増える。

 射線が増えれば、前哨の十名から十二名を、撃退する確率が、高くなる。

 高くなるが、桐生と、緒方が、削れる側に、入る。

 入った二人が、削れた場合、九番の戦闘可能人員が、減る。

 減った人員で、明日の昼の、敵主力本隊と、戦う。

 戦う人員が、減っていれば、撃退の確率は、下がる。

 下がる確率は、明日の戦闘の、敗北、を意味した。

 敗北すれば、九番が、抜かれる。

 抜かれれば、芦森が、落ちる。

 芦森が、落ちれば、翠槇州が、抜ける。

 抜ければ、後方の地面の上に、住んでいる、誰かが、削れる。

 削れる相手の中に、白凪の知っている誰かが、いる可能性が、あった。

 可能性のために、白凪は、判断する。

 判断の中で、白凪は、桐生と、緒方を、守る側に、置くことを、選んだ。

 選んだ動きを、白凪は、口の中で、確かめた。

 確かめた動きを、頭の中の、配置に、入れた。

 入れた配置を、白凪は、鷹見に、置く準備を、した。


「鷹見軍曹」

 白凪は、本陣の方向に、声を、置いた。

 鷹見は、本陣の中から、半歩、入口の脇に、動いた。

 動いた位置で、白凪を、見た。

「読め」

「観測壕の上、観測のまま」

「久我伍長と、桐生か」

「桐生は、久我伍長の脇で、観測補助/戦闘射線には、入れません」

 白凪は、それだけ言った。

 言った声の中に、半拍の、低さが、入っていた。

 低さは、鷹見の、半拍の確かめを、待つ低さ、だった。

 鷹見は、半拍、白凪を、見た。

 見た目の中に、半拍の、確かめが、入っていた。

「桐生を、守る側に、置くか」

「置きます」

「お前の判断、聞かせろ」

 鷹見は、それだけ訊いた。

 訊いた言葉は、配属の日から、鷹見が、白凪に、訊き続けてきた言葉、だった。

 訊いた中身は、変わっていた。

 変わったのは、白凪が、答える側に、いる、ということだった。

 答える側で、白凪は、答えた。

「桐生は、観測の継承です」

「継承、というのは」

「久我伍長の観測を、桐生が、引き継いでいく動きの、半拍前、です」

「半拍前、というのは」

「観測の規則を、桐生は、まだ、覚え切っていません/覚え切るまで、削るのは、早い」

「了解」

 鷹見は、頷いた。

 頷きの中に、半拍の、確かめが、入っていた。

 確かめは、白凪の判断を、自分の中に、置く半拍、だった。

 置いた後で、続けた。

「緒方は」

「副線の脇/修復継続/戦闘射線には、入れません」

「緒方も、守る側か」

「守る側です」

「根拠は」

「副線が、明日の昼の、敵主力本隊との戦闘で、必要になります/緒方を、削るのは、本隊との戦闘の、後です」

 白凪は、それだけ言った。

 言った声の中に、半拍の、低さは、入っていなかった。

 入っていないのは、白凪が、自分の判断を、断定していた、ということだった。

 断定の根拠は、副線の応答記録の中に、あった。

 応答記録の中に、後方からの、敵主力本隊の進路情報が、入っていた。

 進路情報は、明日の昼に、九番に、来る、ということを、示していた。

 示している情報を、緒方が、九番に、繋ぎ続けている。

 繋ぎ続けている動きを、白凪は、明日の戦闘まで、保たせる。

 保たせるために、緒方を、今夜の戦闘では、守る側に、置く。

 置いた動きを、白凪は、鷹見に、置いた。

 置いた動きを、鷹見は、受け取った。

「了解」

 鷹見は、それだけ言った。

 言ってから、頷いた。

 頷きは、半拍、だった。

 半拍の頷きの後で、鷹見は、続けた。

「白凪」

「はい」

「お前、守る側を、二人、置いたか」

「置きました」

「九番の戦闘可能六人のうち、二人を、戦闘射線から、外す、ということだ」

「はい」

「削る側は、四人、ということだ」

「はい」

「四人で、十から、十二、自動火器混入の前哨を、撃退できるか」

 鷹見は、それだけ訊いた。

 訊いた言葉は、白凪の判断を、確かめる言葉、だった。

 確かめる中で、白凪は、答えた。

「撃退できます」

「根拠は」

「観測壕の手前、本陣の脇、北側土嚢の三方向で、射線を、組み合わせます/自動火器の射線は、観測壕の手前の、土嚢の縁が、半拍、遮ります/遮った半拍の中で、荒瀬軍曹の射線が、自動火器を、止めます」

「止めなければ」

「止めるまで、引き金を、引き続けます」

 白凪は、それだけ答えた。

 答えた声は、揺れていなかった。

 揺れていないのは、十の言葉が、頭の中で、整列していたから、だった。

 整列の一番上が、責任、だった。

 責任の下に、九つの言葉が、整列していた。

 整列している言葉が、白凪を、動かしていた。

 動かしている動きを、鷹見は、半拍、見た。

 見た後で、頷いた。

「合っている」

「はい」

「お前の判断で、動け」

「了解です」


 鷹見は、本陣の中に、戻った。

 戻る動きは、いつも通り、だった。

 いつも通りの中で、ひとつだけ、違うことが、あった。

 鷹見は、書類の方向には、戻らなかった。

 戻らなかったのは、書類の中身を、もう、確かめ終わった、ということだった。

 確かめ終わった鷹見は、本陣の中で、銃を、手に、取った。

 取った銃は、鷹見の、いつもの銃、だった。

 いつもの銃を、鷹見は、本陣の入口の脇に、置いた。

 置いた位置は、いつもより、半歩、外側、だった。

 半歩外側、というのは、鷹見が、戦闘の半拍前に、出やすい位置に、置いた、ということだった。

 置く位置の選び方の中に、鷹見の、ある場所の動きが、入っていた。

 ある場所の動き、というのを、白凪は、認識した。

 認識した動きを、引き出しに、入れた。

 入れた場所は、敵主力本隊の、明日の昼、の、すぐ脇、だった。


 白凪は、観測壕の手前に、戻った。

 戻った位置で、銃の構えを、確かめた。

 確かめた構えは、揺れていなかった。

 揺れていない構えの先に、断尾嶺の右斜面の、麓の方向が、あった。

 麓の方向に、薄い動きが、続いていた。

 続いている動きを、白凪は、見ていた。

 見ている時間の中で、夜の温度が、半拍ずつ、低くなっていった。

 低くなっていく温度の中で、十から、十二の、前哨が、九番に、向かっていた。

 向かっている速度は、速かった。

 速い速度の中に、自動火器が、混じっていた。

 混じった自動火器を、白凪は、観測壕の手前の、土嚢の縁の遮蔽で、半拍、遮る。

 遮った半拍の中で、荒瀬の射線が、自動火器を、止める。

 止めた後で、観測壕の手前と、本陣の脇と、北側土嚢の、三方向の射線で、前哨を、削る。

 削った後で、退却の動きに、入った前哨を、追わない。

 追わない、というのが、九番の動きだった。

 動きを、白凪は、頭の中に、組んだ。

 組んだ動きの中で、桐生と、緒方は、削る側には、入っていなかった。

 入っていない二人を、白凪は、保たせる側に、置いていた。

 置いた動きの中で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。

 立っている位置の上で、夜の温度は、もう少し、低くなっていった。

 低くなっていく温度の中で、前哨は、九番の正面、300メートルに、近づいていた。

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