第6章第2部『増員』
第6章第2部『増員』
昼の手前、空の色は、橙から、薄い白に、変わっていた。
白の中に、雲が、薄く、伸びていた。
雲は、北寄り、だった。
北寄りの雲の下で、断尾嶺の左斜面の、薄い動きは、まだ、続いていた。
続いているが、九番に向かう速度は、変わっていなかった。
変わっていない速度の中で、白凪は、観測壕の手前から、本陣の方向に、視線を、戻した。
戻した先で、鷹見は、本陣の中に、いた。
いたが、入口の脇に、書類を、置いていた。
置かれた書類は、午後の補給組の、要請書、だった。
要請書の縁が、わずかに、めくれていた。
めくれていたのは、夜のあいだに、鷹見が、何度か、確かめた、ということだった。
確かめた回数は、白凪には、分からなかった。
分からないが、書類の縁の動きは、白凪が、配属の日に、補給品の包装紙を、揃えた指の動きと、同じ場所から、出てきた動き、だった。
同じ場所、というのが、家族の輪郭の場所だった。
家族の輪郭が、鷹見の中にも、ある。
あるが、口には、出さない。
口に出さないのが、九番の動きだった。
昼の音は、エンジンの音から、始まった。
遠かった。
朝の後送便の音と、似ていた。
似ていたが、別の音、だった。
別の音、というのは、車輪の数が、違うから、だった。
朝の後送便は、輸送車輌、一台だった。
今、聞こえている音は、二つ、あった。
二つ、というのは、輸送車輌と、補給用の荷車、ということだった。
荷車が、引かれている、というのは、物資の量が、朝の便より、多い、ということだった。
多い物資の中に、増員兵の、装備が、入っていた。
入っているが、まだ、見えなかった。
見えないが、来る、ということを、白凪は、知っていた。
知っているのは、鷹見が、要請書を、確かめていた動きの中に、あった。
白凪は、観測壕の手前から、本陣の入口の方向に、動いた。
動く前に、久我に、声を、置いた。
「久我伍長」
「読め」
「補給組、来ます。観測、半拍、止めて、いいですか」
「半拍だけだ」
「半拍だけです」
「了解」
久我は、それだけ答えた。
答えた後で、双眼鏡を、構え直した。
構え直す動きは、急がなかった。
急がない動きの中で、久我の視線は、断尾嶺の方向に、向いたまま、だった。
向いたままの視線の中で、敵主力の動きは、まだ、続いていた。
白凪は、本陣の入口の脇に、立った。
立った位置は、朝の後送便の時に、鷹見が立っていた位置、だった。
位置は、半歩、本陣の入口の外側に、ずれていた。
ずれているのは、補給組を、出迎える側に、立つため、だった。
立つ側を選ぶ、というのは、鷹見が、朝の後送便で、選んだ動き、だった。
今、白凪が、同じ動きを、している。
同じ動きの中に、白凪は、自分の足の置き方を、確かめた。
足の重心は、土に、半拍、深く、入っていた。
入っているのが、保たせる動きの、土台、だった。
土台の上で、白凪は、エンジンの音の方向を、見た。
エンジンの音は、近づいてきた。
近づくにつれて、車輪の音が、二つに、分かれた。
一つは、輸送車輌の、車輪の音、だった。
もう一つは、荷車の、車輪の音、だった。
荷車の車輪は、輸送車輌の車輪より、軽かった。
軽い音の中に、足の音が、混じっていた。
足の音は、四つ、だった。
四つ、というのは、輸送兵と、増員兵が、合わせて、四人、ということだった。
四人の中の、二人が、九番に、残る。
残る二人を、白凪は、これから、迎える。
補給組は、九番の入口の手前で、止まった。
止まった音の中で、輸送車輌の運転席から、輸送兵が、降りてきた。
輸送兵は、朝の葉室、では、なかった。
別の輸送兵、だった。
別の輸送兵は、若かった。
若いが、葉室と、似た速度で、動いていた。
似ている速度、というのは、後方の輸送兵の、いつもの速度、だった。
いつもの速度で、輸送兵は、九番の入口の脇に、立った。
立った位置で、白凪を、見た。
「九番、白凪二等兵」
輸送兵は、自分から、白凪の名前を、口にした。
口にしたのは、葉室から、聞いていた、ということだった。
「はい」
白凪は、答えた。
「補給組、第七便です」
「了解」
「物資と、増員、お渡しします」
「了解」
輸送兵は、それだけ言った。
言ってから、視線を、輸送車輌の後部に、向けた。
輸送車輌の後部から、もう一人の、輸送兵が、降りてきた。
もう一人の輸送兵も、若かった。
降りた位置で、二人の輸送兵は、輸送車輌の後部の扉を、開けた。
開いた扉の中から、二人の兵が、降りてきた。
降りる動きは、ゆっくり、だった。
ゆっくりなのは、二人とも、九番の地面に、まだ、足を、置いたことが、なかったから、だった。
最初に降りてきた兵は、若かった。
二十代の前半、に、見えた。
軍服の襟は、まだ、新しかった。
新しい襟の下に、ある場所の動きが、入っていた。
ある場所の動きは、若い兵が、初めて、配属地に、降りる時の、動きだった。
動きの中に、半拍の、止まりが、入っていた。
止まりは、九番の入口の脇の、土の盛り上がりを、見た瞬間に、入った。
土の盛り上がりは、本陣の脇の、左から三歩、奥に五歩、入った場所、だった。
場所は、薄かった。
薄いが、若い兵は、その場所を、見た。
見たが、何も、言わなかった。
言わない、というのは、訊かない、ということだった。
訊かない選び方を、若い兵は、自分で、選んでいた。
選んでいた、というのは、九番に、降りる前から、その動きを、覚えてきた、ということだった。
覚えてきた場所は、補給組の道、だった。
補給組の道で、若い兵は、別の場所で、別の兵の土の場所を、見てきた可能性があった。
可能性は、白凪には、分からなかった。
分からないが、若い兵の足の置き方の中に、ある場所の、重さが、入っていた。
二人目に降りてきた兵は、若くなかった。
三十代、に、見えた。
軍服の襟は、新しくなかった。
新しくない襟の下に、ある場所の動きが、入っていた。
ある場所の動きは、別の戦線で、すでに、何度か、降りてきた兵の、動きだった。
動きの中に、半拍の、止まりは、なかった。
止まりがないのは、二人目の兵が、土の盛り上がりを、見ない、ということでは、なかった。
見たが、足を、止めない、ということだった。
止めない、というのが、二人目の兵の、いつもの動きだった。
いつもの動きの中で、二人目の兵は、輸送車輌の後部から、自分の装備を、降ろした。
装備の中に、工具袋が、あった。
工具袋の角は、丸かった。
丸い角は、長く、使われた工具袋の、角だった。
使われた工具袋を、持っている兵が、新しい工兵、だった。
「九番、白凪二等兵だ」
白凪は、自分から、名乗った。
名乗った声は、朝の見張りの終わりの声より、半拍、低かった。
低いのは、新兵に、配属地の名前を、置く時の声だった。
声を置いた位置は、配属の日に、鷹見が、白凪に、自分の名前を、置いた位置と、同じ位置だった。
同じ位置で、白凪は、二人の新兵を、見た。
見た先で、若い兵が、半拍、止まった。
止まったのは、白凪の声の温度を、受け取る半拍、だった。
受け取った後で、若い兵は、答えた。
「観測補助の桐生隼一等兵です」
桐生は、それだけ言った。
言った声は、白凪の声と、半拍、揃っていた。
揃っているのは、桐生が、白凪の声の温度を、受け取った上で、答えた、ということだった。
受け取り方の中に、桐生の、ある場所の動きが、入っていた。
ある場所の動きは、白凪が、配属の日に、鷹見に、答えた時の動きと、半拍、似ていた。
似ているが、別の場所から、出てきた動き、だった。
別の場所、というのは、桐生の、別の戦線での、配属の経験、だった。
経験は、長くは、なかった。
長くないのは、桐生の襟の新しさの中に、あった。
だが、ゼロでは、なかった。
ゼロではないのは、桐生が、土の盛り上がりを、見て、訊かなかった選び方の中に、あった。
「工兵の緒方耕一等兵です」
緒方は、二人目に、名乗った。
名乗った声は、低かった。
低いが、揺れていなかった。
揺れていないのは、緒方が、自分の声の温度を、長く、使ってきた、ということだった。
使ってきた温度の中で、緒方は、白凪を、見ていた。
見ている視線は、白凪の階級章に、入っていた。
入った視線の中で、緒方は、半拍、止まった。
止まった半拍の中に、緒方の、別の場所の動きが、入っていた。
別の場所、というのは、緒方が、自分より、年下の、二等兵から、配置を、受ける、ということだった。
ということだが、緒方は、口には、出さなかった。
出さないのが、九番の動きだった。
九番の動き、というのを、緒方は、まだ、知らなかった。
知らないが、別の戦線で、似た動きを、見てきた、ということだった。
見てきたが、九番の動きと、同じかは、分からない。
分からないまま、緒方は、白凪の階級章から、視線を、外した。
外した視線の先に、本陣の入口が、あった。
「中へ」
白凪は、それだけ言った。
言葉は、配属の日に、鷹見が、白凪に、置いた言葉と、同じ短さ、だった。
同じ短さの中で、白凪は、半歩、本陣の方向に、動いた。
動いた動きを、桐生と、緒方は、見た。
見てから、自分たちの装備を、持って、白凪の後ろに、続いた。
続く動きは、桐生の方が、半拍、早かった。
早いのは、桐生が、年下、だから、ではなかった。
年下だが、桐生の動きは、白凪の動きを、追いかける動き、だった。
追いかける動きの速度を、桐生は、自分で、選んでいた。
緒方の動きは、半拍、ゆっくりだった。
ゆっくりなのは、緒方が、装備が、重いから、ではなかった。
重いが、緒方は、軽く、持っていた。
軽く持っているのに、ゆっくりなのは、緒方が、九番の地面の感触を、足の裏で、確かめながら、動いていた、ということだった。
確かめる動きを、緒方は、別の戦線で、何度も、してきた可能性があった。
白凪は、本陣の入口の脇まで、動いた。
動く途中で、桐生の視線が、もう一度、土の盛り上がりに、向いた。
向いたが、止まらなかった。
止まらないのは、桐生が、訊かない選び方を、二度目に、選んだ、ということだった。
二度目の選び方を、白凪は、認識した。
認識した動きを、白凪は、引き出しの、ある場所に、入れた。
入れた場所は、観測の側、だった。
観測の側、というのは、久我の脇に、入る人間の、置き場所、だった。
桐生は、観測補助、だった。
観測補助は、観測の側、だった。
観測の側に、訊かない選び方を、持っている兵が、入る、というのが、白凪の頭の中で、組まれた。
本陣の入口の脇で、白凪は、半拍、止まった。
止まった位置で、視線を、本陣の中に、向けた。
本陣の中で、鷹見は、書類を、机の上に、置いていた。
置かれた書類の脇に、鷹見は、立っていた。
立っているが、白凪の方向には、視線を、向けなかった。
向けないのは、鷹見が、白凪の動きを、確かめる側に、回っている、ということだった。
確かめる側、というのは、鷹見が、白凪に、配属の日の動きを、引き継いだ、ということだった。
引き継いだが、引き継いだ動きを、鷹見が、口に出して、白凪に、伝えることは、なかった。
なかったのは、九番の動きだった。
白凪は、本陣の入口の脇から、半歩、外側に、動いた。
動いた位置で、桐生と、緒方に、向き合った。
向き合った位置は、配属の日に、鷹見が、白凪に、向き合った位置、だった。
同じ位置で、白凪は、口を、開いた。
「桐生一等兵、緒方一等兵」
「はい」
二人とも、揃って、答えた。
揃っているのは、別の戦線でも、揃って答える動きを、二人とも、覚えてきた、ということだった。
覚えてきた動きの中で、二人は、白凪の声を、待った。
「九番の配置を、伝える」
「了解」
「観測壕の手前」
白凪は、観測壕の方向を、指した。
桐生と、緒方は、視線を、その方向に、向けた。
「本陣」
白凪は、自分が、今、立っている場所を、指した。
「副線」
白凪は、副線の方向を、指した。
副線は、本陣の北側の、土嚢の脇に、伸びていた。
伸びていたが、応答は、止まっていた。
「北側土嚢」
白凪は、北側の方向を、指した。
「前縁壕」
白凪は、断尾嶺の方向を、指した。
前縁壕は、観測壕の手前から、半分の距離の場所に、あった。
「五つの位置を、覚えろ」
「了解」
二人は、揃って、答えた。
答えた後で、視線を、白凪に、戻した。
戻した視線の中に、桐生の、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、五つの位置を、自分の頭の中で、組み直す半拍、だった。
組み直す動きを、桐生は、口には、出さなかった。
出さないのが、九番の動きだった。
「副線は、今、応答が、止まっている」
「了解」
「笹倉一等兵が、後送便で、離脱した」
「了解」
「修復が、要る」
「了解」
「緒方一等兵」
「はい」
「お前が、最初に、副線を、見ろ」
白凪は、それだけ言った。
言った先で、緒方は、半拍、止まった。
止まったのは、白凪の指示の中に、ある場所の動きが、入っていたから、だった。
ある場所の動き、というのは、緒方が、九番に、降りた直後に、副線を、見る、ということだった。
見ることが、緒方の、最初の動き、だった。
最初の動きを、白凪は、緒方に、置いた。
置かれた動きを、緒方は、半拍の止まりの中で、受け取った。
受け取った後で、答えた。
「了解」
「副線の応答停止の原因は、笹倉一等兵の被弾位置の、布線の損傷だ」
「了解」
「布線の予備は、本陣の北側の、土嚢の脇に、ある」
「了解」
「修復の優先順位は、午前中の応答正常化まで、だ」
「了解です」
緒方は、それだけ答えた。
答えた声は、低かった。
低いが、揺れていなかった。
揺れていないのは、緒方の動きが、すでに、副線の修復に、入る半拍前、だった、ということだった。
入る半拍前の、緒方の足の置き方が、半歩、副線の方向に、ずれていた。
ずれは、緒方が、九番の地面の感触を、足の裏で、確かめながらの、動きだった。
確かめる動きの中に、緒方の、別の戦線での、修復の経験が、入っていた。
経験は、長かった。
長いのが、緒方の、軍服の襟の、新しくなさの中に、あった。
「桐生一等兵」
「はい」
「お前は、観測壕の手前で、久我伍長と、組め」
「了解」
「観測の規則は、久我伍長が、教える」
「了解」
「双眼鏡は、お前のを、使え」
「了解」
「予備は、本陣の中に、ある」
「了解です」
桐生は、答えた。
答えた声は、配属の日の白凪の声と、半拍、似ていた。
似ているが、桐生の声の中には、半拍の、深さが、入っていた。
深さは、桐生が、別の戦線で、すでに、観測補助を、してきた、ということだった。
経験は、長くは、なかった。
長くないが、ゼロでは、なかった。
ゼロではないのは、桐生の双眼鏡の、紐の擦れの中に、あった。
擦れは、桐生が、双眼鏡を、何度か、構え続けてきた跡、だった。
白凪は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、自分の中の、ある場所を、確かめた。
ある場所は、引き出しの、ある場所、だった。
ある場所に、苫井の言葉が、入っていた。
苫井の言葉は、後方の兵舎で、白凪が、聞いた言葉、だった。
言葉は、こうだった。
最後の前線。
最後の、というのは、九番のことだった。
九番のことを、苫井は、外から、そう呼んだ。
外から呼ばれていた名前を、白凪は、引き出しに、入れていた。
入れていたが、まだ、口には、出していなかった。
出していなかったが、今、出す半拍が、来ていた。
出す半拍を、白凪は、選んだ。
「ここは、最後の前線だ」
白凪は、口を、開いた。
言った声は、低かった。
低いのは、言葉の重さの、いつもの温度、だった。
いつもの温度の中で、白凪は、続けた。
「外から、そう呼ばれている」
桐生と、緒方は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、二人とも、視線を、白凪の方向から、わずかに、外した。
外した先には、九番の地面が、あった。
地面の上に、土嚢の縁の、霜が、もう、解けていた。
解けた縁の脇に、本陣の入口の、影が、薄く、置かれていた。
影の中に、九番の、今までの動きが、入っていた。
入っていた動きを、二人は、まだ、知らなかった。
知らないが、入っている、ということを、二人とも、半拍の止まりの中で、感じていた。
感じていることを、二人とも、口には、出さなかった。
出さないのが、九番の動きだった。
動きを、二人は、まだ、知らなかった。
だが、知ろうとしていた。
「中の俺たちも、そう呼んでいい」
白凪は、続けた。
言った後で、半拍、空けた。
空けた半拍の中で、桐生と、緒方は、もう一度、白凪を、見た。
見た視線の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、白凪の言葉を、自分の中に、置く半拍、だった。
置いた後で、二人とも、頷いた。
頷きは、半拍、だった。
半拍の頷きの中に、二人の動きの、ある場所が、変わった。
変わった場所は、二人とも、九番の兵、として、立つ動き、だった。
立つ動きの半拍前まで、二人は、別の戦線の兵、だった。
今、二人は、九番の兵、だった。
九番の兵、というのは、最後の前線の、兵、だった。
最後の前線、というのは、外から、そう呼ばれている、九番の名前、だった。
名前を、白凪は、二人に、渡した。
渡した名前を、二人は、受け取った。
受け取ったことが、頷きの半拍の中に、入っていた。
本陣の中から、鷹見が、視線を、白凪に、向けた。
向けた視線の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめの中で、鷹見は、書類から、手を、離した。
離した手は、軍服の脇の縫い目に、戻った。
戻った位置から、鷹見は、声を、置いた。
「白凪」
声は、本陣の中から、置かれた。
白凪は、視線を、本陣の方向に、向けた。
「はい」
「お前、最後の前線、と、言ったか」
「言いました」
「合っている」
「はい」
鷹見は、それだけ言った。
言ってから、視線を、書類に、戻した。
戻した動きは、いつも通り、だった。
いつも通りの中で、ひとつだけ、違うことが、あった。
鷹見の手が、書類の角を、撫でなかった。
撫でない、というのは、確かめが、終わった、ということだった。
終わった確かめの先に、鷹見は、別の場所に、視線を、置いた。
別の場所は、本陣の奥の、机の上の、別の書類、だった。
別の書類は、午後の、補給組の、第二便の、要請書、だった。
要請書の内容は、白凪には、まだ、分からなかった。
分からないが、要請書が、ある、ということを、白凪は、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、敵主力本隊の、予兆の、すぐ脇、だった。
桐生と、緒方は、半拍、白凪の方向に、視線を、戻した。
戻した視線の中に、半拍の、止まりが、入っていた。
止まりは、二人とも、鷹見と白凪の対話を、聞いた半拍、だった。
聞いた後で、二人とも、九番の中の、指揮の動きを、自分の中で、組み直していた。
組み直しの中で、桐生は、半拍、早く、結論に、入った。
結論は、こうだった。
白凪二等兵が、配置を、組む。
鷹見軍曹が、確かめる。
二段の指揮、だった。
二段の指揮を、桐生は、別の戦線で、見たことが、なかった。
なかったが、見ている。
見ているのが、九番の動きだった。
九番の動きを、桐生は、半拍の中で、覚えた。
覚えた動きを、桐生は、口には、出さなかった。
出さないのが、九番の動きだった。
九番の動き、というのを、桐生は、今、半拍ずつ、覚え始めていた。
緒方の動きは、別の場所に、入っていた。
緒方は、副線の方向に、視線を、向けていた。
向けた視線の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、副線の応答停止の、原因の、布線の損傷を、自分の頭の中で、組む半拍、だった。
組んだ半拍の中で、緒方は、すでに、修復の手順を、頭の中に、並べていた。
並べた手順の中に、白凪の指示は、すでに、含まれていた。
含まれていたが、緒方は、まだ、動かなかった。
動かないのは、白凪の指示の、終わりを、待っていたから、だった。
待っている動きを、白凪は、認識した。
認識した動きの中に、緒方の、別の戦線での、長い動きが、入っていた。
長い動きを、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、工兵の側、だった。
工兵の側に、長い動きを、持っている兵が、入る、というのが、白凪の頭の中で、組まれた。
「桐生一等兵」
白凪は、もう一度、口を、開いた。
「はい」
「観測壕の上に、上がる前に、ひとつ、訊いていいか」
「はい」
「お前は、別の戦線で、観測補助の経験が、あるか」
白凪は、それだけ訊いた。
訊いた声は、低かった。
低いのは、桐生の、半拍の止まりの中身を、確かめるための、温度、だった。
桐生は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、答えた。
「あります」
「期間は」
「四ヶ月」
「戦線は」
「別の戦線です」
桐生は、戦線の名前を、口には、出さなかった。
出さないのは、後方の輸送組から、別の戦線の名前を、九番に、伝えることが、禁じられている、ということ、ではなかった。
禁じられているのでは、ないが、自分から、出さない選び方を、桐生は、自分で、選んでいた。
選んでいた選び方の中に、桐生の、ある場所の動きが、入っていた。
ある場所の動き、というのは、桐生が、別の戦線の、ある場所を、自分の中に、置いておく、ということだった。
置いておく場所は、桐生の引き出しの、ある場所、だった。
ある場所の中身は、白凪には、分からなかった。
分からないが、桐生が、置いているということだけ、白凪は、認識した。
認識した動きを、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、桐生の、ある場所の、すぐ脇、だった。
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、緒方の方向に、視線を、向けた。
「緒方一等兵」
「はい」
「お前は、別の戦線で、副線の修復経験が、あるか」
「あります」
「期間は」
「七年」
緒方は、それだけ答えた。
七年、という数字は、九番の、全員の、別の戦線での、経験の中で、最も長い、数字、だった。
長いのが、緒方の、軍服の襟の、新しくなさの中に、あった。
新しくなさの中に、緒方が、別の戦線で、何度か、副線の修復を、してきた跡が、あった。
跡は、緒方の、工具袋の、丸い角、だった。
丸い角を、白凪は、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、水城の、ある場所の、すぐ脇、だった。
水城は、九番の、いつもの工兵、だった。
いつもの工兵は、今、後方の野戦病院で、左腕の治療を、受けていた。
受けている動きの中で、水城は、九番には、いなかった。
いない水城の場所に、緒方が、入る。
入るが、緒方は、水城、では、ない。
水城ではないが、副線の修復は、できる。
できる動きを、白凪は、緒方に、回した。
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、二人に、視線を、戻した。
「桐生一等兵は、観測壕の方向へ」
「了解」
「緒方一等兵は、本陣の北側の土嚢の脇から、布線の予備を、確認して、副線の修復に、入れ」
「了解」
「位置を、つかんだら、本陣の入口の脇に、戻ってこい」
「了解です」
二人は、揃って、答えた。
答えた後で、視線を、自分の動きの方向に、向けた。
桐生は、観測壕の方向に、半歩、動いた。
動く前に、半拍、白凪の方向に、視線を、戻した。
戻した視線の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、白凪に、もう一度、何かを、置く半拍、だった。
置いたものは、言葉では、なかった。
言葉ではないものを、白凪は、受け取った。
「白凪二等兵」
桐生は、口を、開いた。
「はい」
「あの土の場所、誰のですか」
桐生は、それだけ訊いた。
訊いた声は、低かった。
低いのは、九番の入口で、訊かない選び方を、選んだ動きの後に、本陣の脇で、訊く選び方を、選んだ動きの、声の温度、だった。
桐生は、訊かない選び方を、解いた。
解いた動きの中に、桐生の、別の場所の動きが、入っていた。
別の場所、というのは、桐生が、別の戦線で、誰かの土の場所を、訊かなかった経験、だった。
訊かなかった経験の中で、桐生は、訊くべきだった半拍を、自分の中に、置き続けていた。
置き続けていた半拍を、桐生は、今、白凪に、置いた。
置いた半拍は、桐生が、九番の兵として、立つ半拍、だった。
白凪は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、土の盛り上がりの方向に、視線を、向けた。
土の盛り上がりは、薄かった。
薄いが、位置は、変わっていなかった。
変わっていない位置の上に、昼の薄い白の光が、置かれていた。
置かれた光の中で、白凪は、答えた。
「名取」
「はい」
「二等兵」
「了解です」
桐生は、それだけ答えた。
答えた後で、土の盛り上がりの方向に、半拍、視線を、向けた。
向けた視線の中で、桐生は、半拍、目を、伏せた。
伏せた半拍は、桐生の、別の場所の動きと、同じ動き、だった。
別の場所の動き、というのは、桐生が、別の戦線で、誰かの土の場所を、見た時の動きだった。
動きは、伏せて、それから、戻す、というだけ、だった。
戻した視線を、桐生は、白凪に、戻さなかった。
戻したのは、観測壕の方向、だった。
観測壕の方向に、桐生は、動き始めた。
動く速度は、半拍、早かった。
早いのは、桐生が、自分の動きを、開始した、ということだった。
開始した動きの中で、桐生は、九番の兵、だった。
緒方の動きは、半拍、後だった。
後の半拍の中で、緒方は、視線を、白凪に、向け直した。
向け直した視線の中に、桐生の、半拍の止まりは、入っていなかった。
入っていないのは、緒方が、土の盛り上がりを、すでに、九番の地面の、一部として、置いた、ということだった。
置いた動きは、緒方が、別の戦線で、何度も、してきた動き、だった。
動きの中で、緒方は、口を、開いた。
「白凪二等兵」
「はい」
「副線の修復、完了の見込みは、午前中の応答正常化、でしたが」
「はい」
「布線の損傷の程度に、よっては、半日、かかる可能性が、あります」
「半日、というのは」
「布線の予備の長さが、足りない場合、です」
「了解」
「足りない場合、報告します」
「了解です」
白凪は、答えた。
答えてから、緒方の動きを、半拍、確かめた。
確かめた動きの中に、緒方の、別の戦線での、長い動きが、入っていた。
長い動きの中で、緒方は、自分の修復の動きの、可能性の幅を、白凪に、伝える半拍を、選んでいた。
選んでいた半拍は、緒方の、いつもの動きだった。
いつもの動きを、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、副線の応答の、すぐ脇、だった。
「緒方一等兵」
「はい」
「お前は、九番の動きを、まだ、知らない」
「はい」
「知らないが、修復は、できる」
「はい」
「修復ができる動きを、九番の動きと、合わせていく時間は、ない」
「了解」
「合わせない、ということだ」
白凪は、それだけ言った。
言った声は、低かった。
低いのは、緒方の、長い動きを、白凪が、九番の動きに、合わせさせない、ということだった。
合わせさせないのは、緒方の動きが、九番の動きと、合わなくても、修復は、できる、ということだった。
修復ができれば、副線は、応答する。
応答すれば、夜の、後方からの応答記録は、九番に、戻ってくる。
戻ってくる応答記録の中に、敵主力本隊の、進路情報が、入っている可能性が、あった。
可能性のために、白凪は、緒方の動きを、九番の動きに、合わせさせない選択を、した。
した選択を、緒方は、半拍、見た。
見た半拍の中で、緒方の、ある場所が、半拍、止まった。
止まった半拍は、緒方が、白凪の選択を、自分の中に、置く半拍、だった。
置いた後で、緒方は、答えた。
「了解です」
「動け」
「了解」
緒方は、それだけ答えた。
答えた後で、本陣の北側の土嚢の方向に、動き始めた。
動く速度は、ゆっくり、だった。
ゆっくりだが、止まらなかった。
止まらない速度の中に、緒方の、七年分の動きが、入っていた。
白凪は、本陣の入口の脇に、半拍、立っていた。
立っていた位置で、輸送兵の方向に、視線を、戻した。
輸送兵は、二人とも、輸送車輌の脇に、立っていた。
立っている動きの中に、半拍の、終わりの動きが、入っていた。
終わりの動き、というのは、輸送兵が、これから、後方に、戻る動き、だった。
戻る前に、輸送兵は、白凪に、伝える、もう一つの、ことが、あった。
もう一つの、こと、というのを、白凪は、半拍の中で、認識した。
認識したのは、輸送兵の、視線の、止まりの中に、あった。
「九番、白凪二等兵」
最初の輸送兵が、口を、開いた。
「はい」
「後方の情報、ひとつ、伝えます」
「了解」
「敵主力の南下、確認されています」
「はい」
「規模、これまでの最大」
「はい」
「時期、明日か、明後日」
輸送兵は、それだけ言った。
言葉の温度は、低かった。
低いのは、輸送兵の、いつもの温度、だった。
いつもの温度の中で、白凪は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、頭の中の、ある場所が、再生された。
ある場所は、後方の指揮所の、机の上の地図、だった。
地図の南東の隅に、九番の点が、あった。
点の上に、敵主力本隊の、矢印が、向かう絵が、描かれていた。
描かれていた絵を、白凪は、見ていた。
見ていた時、澪原中尉は、矢印の数を、白凪には、伝えなかった。
伝えなかったが、太い矢印の、根元の数字が、今、輸送兵の口から、出てきていた。
出てきた数字は、これまでの最大、だった。
最大、というのは、九番が、戦闘で、出会った、どの規模よりも、大きい、ということだった。
大きい規模が、明日か、明後日、九番に、来る。
来るのが、明日でも、明後日でも、九番が、迎える側に、立つ。
立つために、白凪は、配置を、組む。
組む配置の中に、桐生と、緒方が、入る。
入った二人は、まだ、九番の兵、だった。
兵として、立つ。
立つために、九番に、降りた。
「九番、保たせろよ」
輸送兵は、続けた。
言葉は、葉室と、同じ言葉、だった。
同じ言葉を、別の輸送兵から、白凪は、今日、二度目に、聞いていた。
二度目、というのは、後方の輸送組の中で、九番が、ある場所に、置かれている、ということだった。
ある場所、というのは、保たせろ、と、輸送兵が、九番に、置く場所、だった。
置かれた場所を、白凪は、引き出しに、入れた。
入れた場所は、最後の前線の、すぐ脇、だった。
最後の前線の脇に、保たせろ、が、置かれていた。
二つの言葉の重さを、白凪は、確かめた。
確かめた重さは、十の言葉の、一番上の、責任の重さと、同じ場所から、出てきた重さ、だった。
同じ場所から、出てきた、ということが、白凪の中で、確かめられた。
「保たせます」
白凪は、答えた。
答えた声は、揺れていなかった。
揺れていないのは、十の言葉が、頭の中で、整列していたから、だった。
整列している言葉の、一番上が、責任、だった。
責任の下に、九つの言葉が、整列していた。
整列の中に、ひとつ、新しい場所が、加わっていた。
新しい場所は、桐生と、緒方の、二人の場所、だった。
二人の場所は、保たせる相手の、九番の兵の中に、含まれていた。
含まれているが、まだ、二人の名前は、白凪の中の、引き出しの、ある場所に、入っただけ、だった。
入っただけ、というのは、保たせる動きの、半拍前、だった。
半拍前の場所に、桐生と、緒方が、いた。
いる二人を、白凪は、これから、九番の兵として、保たせる側に、入れていく。
入れていく動きは、時間が、かかる。
かかる時間が、明日か、明後日まで、ある。
あるが、足りる、とは、限らない。
足りないかもしれない時間の中で、白凪は、二人を、保たせる側に、置く配置を、組む。
組む配置の中に、桐生と、緒方の動きの、半拍前の場所が、入っていた。
「了解です」
輸送兵は、頷いた。
頷いてから、もう一人の輸送兵に、合図を、出した。
二人の輸送兵は、輸送車輌に、戻った。
戻る動きは、揃っていた。
揃っているのが、後方の輸送組の、いつもの動きだった。
いつもの動きの中で、輸送車輌は、エンジンを、再開した。
再開された音の中で、輸送車輌は、ゆっくり、動き始めた。
動き始めた方向は、街道の北側、だった。
北側の街道の先に、後方が、あった。
後方の先に、芦森補給廠が、あった。
芦森の先に、翠槇州が、あった。
翠槇州の先に、白凪の知らない地名が、続いていた。
続いている地名の上に、住んでいる人が、いた。
いる人の中に、白凪の知っている誰かが、いる可能性が、あった。
可能性のために、白凪は、保たせる。
保たせる動きを、白凪は、九番の入口の脇で、続けていた。
輸送車輌の音は、ゆっくり、遠くなった。
遠くなる音の中で、白凪は、視線を、九番の中に、戻した。
戻した先に、桐生が、観測壕の方向に、半分の距離、進んでいた。
進んでいる動きの中で、桐生は、久我の声を、待っていた。
久我の声は、観測壕の上から、来た。
「桐生一等兵」
「はい」
「上がれ」
「了解」
桐生は、観測壕の階段を、上がり始めた。
上がる速度は、半拍、早かった。
早いのは、桐生が、久我の声の温度を、半拍で、認識した、ということだった。
認識した動きの中で、桐生は、久我の脇に、入る半拍前まで、来ていた。
緒方の動きは、別の方向に、入っていた。
緒方は、本陣の北側の土嚢の脇で、布線の予備の束を、確認していた。
確認している動きの中に、緒方の、七年分の動きが、入っていた。
七年分の動きの中で、緒方は、布線の長さを、目で、測っていた。
測った長さは、白凪には、分からなかった。
分からないが、緒方の、視線の止まりの中で、足りる、足りない、の半拍が、入っていた。
半拍の中で、緒方は、口を、開いた。
「白凪二等兵」
「読め」
「布線の予備、足ります」
「了解」
「修復、開始します」
「動け」
緒方は、頷いた。
頷いてから、副線の方向に、動き始めた。
動く速度は、ゆっくり、だった。
ゆっくりだが、止まらなかった。
止まらない速度の中で、緒方は、副線の修復に、入った。
白凪は、本陣の入口の脇に、半拍、立っていた。
立っていた位置で、視線を、本陣の中に、向けた。
本陣の中で、鷹見は、机の上の書類を、見ていた。
見ているが、視線は、書類の中身には、入っていなかった。
入っていないのは、鷹見が、書類の手前で、半拍、止まっていた、ということだった。
止まりの中に、鷹見の、ある場所の動きが、入っていた。
ある場所の動きを、白凪は、半拍、見た。
見た半拍の中で、鷹見は、視線を、白凪に、向け直した。
向け直した視線の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
「白凪」
「はい」
「補給組、受けたな」
「受けました」
「二人、九番の兵、になったか」
「半拍前、まで、来ています」
白凪は、それだけ答えた。
答えた声の中に、半拍の、低さが、入っていた。
低さは、二人が、まだ、九番の兵の、半拍前、だった、ということだった。
半拍前の場所に、桐生と、緒方が、いた。
いるが、まだ、保たせる側には、入っていなかった。
入っていないのは、二人が、九番の動きを、まだ、知らない、ということだった。
知らないが、知ろうとしていた。
知ろうとしていた動きの中に、桐生の、訊かなかった半拍と、訊いた半拍が、入っていた。
入っていたが、まだ、半拍前、だった。
「半拍前、というのは」
鷹見は、続けた。
「二人とも、九番の動きを、まだ、知りません」
「知らないが、配置に、入ったな」
「入りました」
「お前が、入れたか」
「入れました」
「合っている」
「はい」
鷹見は、それだけ言った。
言ってから、視線を、書類に、戻した。
戻した動きは、いつも通り、だった。
いつも通りの中で、ひとつだけ、違うことが、あった。
鷹見は、書類の角を、撫でなかった。
撫でない、というのは、確かめが、終わった、ということだった。
終わった確かめの先で、鷹見は、本陣の奥に、視線を、移した。
移した先に、午後の、補給組の、第二便の、要請書が、あった。
要請書の中身は、白凪には、まだ、分からなかった。
分からないが、ある、ということだけ、白凪は、認識した。
認識した動きを、引き出しに、入れた。
入れた場所は、敵主力本隊の、明日か、明後日、の、すぐ脇、だった。
空の白は、もう少し、濃くなっていた。
濃くなった白の中に、薄い灰が、混じり始めていた。
灰は、北寄りの方向から、伸びてきた。
伸びてくる速度は、ゆっくり、だった。
ゆっくりな速度の中で、九番の地面の上に、薄い影が、置かれていた。
置かれた影の中に、九番の、午後があった。
午後の中で、桐生は、観測壕の上で、久我から、観測の規則を、教わっていた。
教わっている動きの中で、桐生の、双眼鏡の角度は、断尾嶺の左斜面の、中腹より上に、向いていた。
向いた角度の先に、敵主力本隊の、薄い動きが、続いていた。
続いている動きの中に、桐生の、半拍の止まりが、入っていた。
入っていたが、桐生は、止まらなかった。
止まらないのが、観測補助の、いつもの動きだった。
いつもの動きを、桐生は、別の戦線で、覚えてきた。
覚えてきた動きの中で、桐生は、久我の脇に、入った。
緒方は、副線の脇で、修復に、入っていた。
修復の動きの中で、緒方の手は、揺れなかった。
揺れない手の中に、緒方の、七年分の動きが、入っていた。
七年分の動きの中で、緒方は、笹倉の被弾位置の、布線の損傷を、確認していた。
確認した損傷は、布線の、半分の長さ、だった。
半分の長さを、緒方は、予備の布線で、繋ぎ直した。
繋ぎ直す動きは、ゆっくり、だった。
ゆっくりだが、止まらなかった。
止まらない動きの中で、副線の応答が、半拍ずつ、戻り始めていた。
白凪は、観測壕の手前に、戻った。
戻った位置で、銃の構えを、確かめた。
確かめた構えは、揺れていなかった。
揺れていない構えの先に、断尾嶺の方向が、あった。
断尾嶺の左斜面の、中腹より上に、薄い動きが、続いていた。
続いている動きの中に、敵主力本隊の、明日か、明後日、の動きが、入っていた。
入っている動きを、白凪は、見ていた。
見ている時間の中で、十の言葉が、頭の中で、もう一度、整列した。
整列した言葉の、一番上が、責任、だった。
責任の下に、九つの言葉が、整列していた。
整列の中に、ひとつ、加わった場所が、あった。
加わった場所は、桐生と、緒方の、二人の場所、だった。
二人の場所は、九番の兵の、半拍前、だった。
半拍前から、保たせる側に、入る半拍までの、時間を、白凪は、組んでいた。
組む時間の中に、明日か、明後日、が、入っていた。
入っていたが、足りる、とは、限らなかった。
足りないかもしれない時間の中で、白凪は、二人を、九番の兵に、する。
する、というのが、保たせる動きの、土台、だった。
土台の上で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
久我の双眼鏡の角度が、半拍、変わった。
変わった角度の先に、薄い動きが、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、久我の声が、観測壕の上から、来た。
「白凪二等兵」
「読め」
「断尾嶺の左斜面の、薄い動き、半拍、止まりました」
「位置は」
「中腹より上/止まった位置から、動き直す気配は、ありません」
「了解」
「だが、別の動きが、見えます」
「読め」
「断尾嶺の、右斜面の、麓の方向/薄い動き/別の場所」
「数は」
「読みきれません/だが、左斜面より、少ない」
「方向は」
「南/だが、九番に、向いた、とは、限りません」
「了解」
白凪は、答えた。
答えながら、頭の中で、配置を、組み直した。
組み直した配置の中に、桐生の動きが、入っていた。
桐生の動きは、観測壕の上で、久我の脇に、入っていた。
入っていたが、桐生の双眼鏡の角度は、まだ、左斜面の方向に、向いていた。
向いた角度を、右斜面に、回す動きは、桐生に、半拍、時間が、かかる動き、だった。
かかる時間を、白凪は、頭の中の配置に、入れた。
入れた配置の中で、桐生の半拍が、九番の動きの、ある場所に、入った。
入った場所は、観測の側、だった。
観測の側に、桐生が、入った。
入ったのが、九番の兵になる半拍、だった。
半拍が、白凪の頭の中で、終わった。
終わった半拍の先で、桐生は、九番の兵、だった。
「桐生一等兵」
白凪は、観測壕の方向に、声を、置いた。
「はい」
「右斜面の、麓の方向、双眼鏡を、回せ」
「了解」
「久我伍長は、左斜面、継続」
久我は、答えた。
「了解」
桐生の双眼鏡の角度が、半拍の中で、回った。
回った角度の先に、断尾嶺の、右斜面の、麓が、あった。
麓の薄い動きの中に、桐生の視線が、入った。
入った視線の中で、桐生は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、桐生の声が、観測壕の上から、来た。
「白凪二等兵」
「読め」
「右斜面の、麓/薄い動き/確認」
「数は」
「五から、八/距離は、まだ、遠い」
「速度は」
「ゆっくり/だが、止まらない」
「方向は」
「九番に、向いた、と、思います」
桐生は、それだけ答えた。
答えた声の中に、半拍の、確かめが、入っていた。
確かめは、桐生が、自分の観測を、白凪に、置く半拍、だった。
置いた観測を、白凪は、受け取った。
受け取った観測は、九番の動きの、ある場所に、入った。
入った場所は、敵主力本隊の前哨、の、可能性の、すぐ脇、だった。
可能性の中に、桐生の、半拍の観測が、入っていた。
入った半拍の中で、桐生は、九番の兵、だった。
兵としての半拍を、白凪は、確かめた。
確かめた半拍は、白凪の、引き出しの、ある場所に、入った。
入った場所は、保たせる側、だった。
保たせる側に、桐生が、入った。
入った瞬間が、半拍の終わり、だった。
「了解」
白凪は、答えた。
答えてから、視線を、副線の方向に、向けた。
副線の脇で、緒方は、修復に、入っていた。
入っている動きの中で、緒方の手は、揺れなかった。
揺れない手の中で、繋ぎ直された布線の、応答音が、半拍、戻った。
戻った応答音を、緒方は、半拍、聞いた。
聞いた後で、口を、開いた。
「白凪二等兵」
「読め」
「副線、応答、戻りました」
「了解」
「後方からの応答記録、受信、開始します」
「了解です」
緒方は、それだけ答えた。
答えた後で、副線の応答音の方向に、視線を、戻した。
戻した視線の中で、緒方は、半拍、止まった。
止まった半拍の中で、緒方は、九番の兵、だった。
兵としての半拍を、白凪は、確かめた。
確かめた半拍が、白凪の、引き出しの、保たせる側に、入った。
入った場所に、緒方が、いた。
いるのは、桐生の、すぐ脇、だった。
二人が、九番の兵として、保たせる側に、入った。
入った瞬間の前に、半拍の時間が、あった。
半拍の時間は、九番の動きの、いつもの速度より、半拍、早い、時間だった。
早いのは、敵主力本隊の、明日か、明後日、が、近づいていたから、だった。
近づいている動きを、白凪は、観測壕の手前から、見ていた。
見ていた視線の中で、空の灰が、もう少し、伸びていた。
伸びていく灰の下で、断尾嶺の左斜面の、薄い動きと、右斜面の麓の、薄い動きが、続いていた。
続いていた動きの中で、九番は、立っていた。
立っていたのは、最後の前線、だった。
最後の前線の上で、白凪は、判断者として、立っていた。
判断者の脇に、桐生と、緒方が、入った。
入った二人と、白凪と、久我と、瀬名と、荒瀬と、鷹見の、七人で、九番は、立っていた。
七人で、立っているのが、九番の、午後の形、だった。
形の中に、十の言葉が、整列していた。
整列している言葉の、一番上が、責任、だった。
責任の重さを、白凪は、口の中で、転がした。
転がしたが、口の外には、出さなかった。
出さないのが、九番の、いつもの動きだった。
いつもの動きの中で、白凪は、観測壕の手前に、立っていた。
立っている時間の中で、空の灰が、もう少し、濃くなった。
濃くなった灰の中で、九番の、午後の時間が、続いていた。




