ギフト
冒険者になることを了承した次の日からダンストンによる訓練が開始された。
信乃がニアースで冒険者となるための訓練を始めることへの許可も降りたらしい。
冒険者とは、魔獣の討伐、護衛、探索など危険を伴う事柄に対して依頼者から依頼を受け、生計を立てる者の総称らしい。依頼は冒険者を統括するギルドから受け取ることができ、1つの街を拠点として活動する場合もあるし、街から街へと風来坊のような生活を送る者もいるという。信乃が選択するのは後者であり、そのためには自身の身を守る強さは勿論のこと、野営や食物に関しての知識などサバイバル能力も求められるという。
ダンストンが言うに、召喚者である信乃には一般的な冒険者としてやっていくだけの力は十分過ぎるほどに持っているのだが、それ以外のニアースにおける規則やマナーを学び、サバイバル能力を得ることが必要だという。そのため、信乃の訓練スケジュールには戦闘訓練を行いはするものの、それ以外の生活能力を高めるためのメニューが大量に組まれていた。
その中で、信乃の興味を大きく引いたのは魔術の訓練である。生活の中で必要になる水や火などは自身の持つ魔力を変換することで確保できるのだ。また、魔力を想像上の空間に構成し、それを維持しておくことで、大量の物資を何の苦労もなく出し入れすることができるという。所謂、アイテムボックスという魔術だ。込める魔力の量において、その大小は異なるが異世界から召喚された者は、大量の魔力を持っているので、簡単に25メートルプールくらいのアイテムボックスを作成できるらしい。信乃もその例に漏れず、それくらいのアイテムボックスを作成することに成功した。
ニアースにおける平均的な魔力保持量の者が作るアイテムボックスは、ボストンバック程度の大きさだというから、信乃の持つ魔力量が膨大なことが伺えるだろう。そして、その他の生活魔術についても、日頃親しんでいたものであったため、簡単に使用することが可能となった。魔術を行使するために、必要なのはどれだけ鮮明に自分の引き起こしたい現象をイメージできるのかと、それを実際にできると確信をもって思えるかということらしい。どんな現象を起こすのかによって、消費される魔力は異なるものの、それを明確にイメージでき、できるという確信がなければ、魔術はどんな些細なことでも発動しないということだ。
魔術便利すぎるだろうと思うが、魔術を外界に作用させるための魔力は、一般の者にとっては、信乃の便利だという感覚よりも膨大であり、気軽に使えるものではない。戦闘用に魔術を行使できる程の魔力を持った者は極めて貴重なのらしい。それと、性格の問題もあるようだ。意外なことに、ダンストンは生活魔法とアイテムボックスと簡単な魔術しか使うことができないというか、使うことを封印したらしい。ダンストンは、引き起こしたい事象を鮮明にイメージすることが苦手で、いつも想定した事象と異なる事態が起こってしまうらしい。どうにも心配性な性格でああだこうだと余計なことまで考えてしまうのが原因らしい。魔術を使うのに向く向かないがあるようだ。
次に、戦闘に関してなのだが、信乃は中学生の頃に習っていた薙刀と似た形状をしているグレイブを武器として使うこととした。基本的な部分は、体が覚えていたので問題なく使用することが出来ている。むしろ、ニアースに来たことによって高まった身体能力と相俟って、以前習ってい頃よりも遥かに自由に振るうことが可能だ。
そして、ダンストンとの訓練の日々が始まって3ヵ月ほどが過ぎたある日の訓練後、偶々近くを取り掛かったシーラ様から声をかけらえることになった。これまでにもシーラ様とお話しさせて頂く機会は何度かあったけれども、王女だというのに非常に腰の低い人だ。召喚された時は感情的になってしまって怒鳴りつけてしまったけど、それでも信乃に丁寧に接してくれる。あの時は気づかなかったけど、全身から慈しみのオーラが出ているんだよな。母性の塊のような人だと思う。今なら、ダンストンが命をかけて仕えているのも理解できなくはない。それにしても、いつもなら、護衛を引き連れて1人でいることなどないのに珍しいことだ。
「信乃、訓練の方は捗って?」
「はい。日々成長していることを実感しております」
「それは良かった。冒険者となること、その目的はダンストンから聞いております。それでいつ頃から冒険者としての活動を始めるのですか?」
「いつになるのかは、ダンストンさんの許可が下り次第となりますが…何とも言えません」
「そうですか。ダンストンは少々過保護の嫌いがありますからね。それで、こちらの都合ばかり押し付けてしまってしまって申し訳ないのですが、信乃の目的である完璧なる召喚術の情報を手に入れましたら、私に教えて下さらないかしら?」
「それは構いません。シーラ様には王城の訓練場を自由に使わせてもらっていますからね。それくらいのご恩はお返しするつもりです。でも、また俺のように納得いっていない者を召喚することには反対ですよ?」
「承知しています。無理やり召喚することはしないと約束しましょう。ただ、もしも情報を得たら直接私に伝えて欲しいのですよ。この国も一枚岩というわけではないのですから、最後の言葉は聞かなかったことにして下さい。信乃も余計な諍いに巻き込まれたくはないでしょう?召喚者としてのあなたの力は、どの方にも魅力的でもあり恐ろしいものでもありますからね」
この国での生活に慣れ、その大半の時間を王城の訓練場で過ごしているのだから、この国が政治的に不安定なことは信乃でも知っている。いつ押し寄せてくるかわからない魔獣の群れや対立している多種族に対して、こちらから仕掛けそれを打ち破ることによって安全を確保しようとする主戦派と防衛力を高め国内を充実させる方針を掲げる防衛派の対立が深刻化しているのだ。信乃にはどちらの言い分も一定の説得力を持っていると感じられ、どちらが良いと決めることはできない。
何度か自分の陣営に取り込もうと、それぞれの陣営の貴族たちから信乃に対する接触があったが、両方とも信乃は断っている。信乃の立場は不干渉だ。召喚の魔術にしても、シーラに何らかの狙いがあるのだろうが、そこに深く関わることは信乃にとって不利益な結果しか生まないだろう。
「わかっていますよ。シーラ様に直接ってことは内密に伝えろってことですよね?俺は冒険者になったらこの国から出ていくつもりですが、そうそうこの国に帰ってくるつもりはないですよ?」
「それも承知しています。そのための方法をお教えしようと思いましてね?ダンストンから聞きましたけど、信乃の世界には電話という離れた相手と直接話すことのできる物があるのでしょ?それを再現した魔術を開発しましたのでね。この石をお渡ししておきます。それに信乃の魔力を込めて頂けて?」
シーラから石を受け取ると微かに魔力が感じられた。言われたとおりに信乃は魔力を石に伝わせていくと、魔力が石に吸収されていく感じがした。この石から2つの魔力が感じられる。
「こちらの石にもう一度同じ作業をして、私に渡して貰えます?」
信乃はシーラに言われた通りの作業を行う。
「ありがとうございます。これは、念話石とでも呼べばよいのでしょうね。魔力を込めた者同士での念話を可能にするものであってよ。失くさないようにして下さいね」
シーラから念話石の使用方法について一通りの説明を受けるとシーラはその場を後にしていった。
それから数日後、いつも通りの訓練が始まると思っていた所に、ダンストンが神妙な顔つきで話しかけてくる。
「信乃、お前はもう冒険者として十分にやっていけると思うのだが、お前のギフトについては何1つわかってはいない。それを見つけなきゃお前を旅立たせるわけにはいかない。何か心あたりはあるか?」
「自分に特別な力があるって言われても、それが何なのかなんて全くわかりませんよ」
信乃には自分に特別な力があるなんて思えなかった。ギフトはニアースにおける常識を無視したような反則的な力であるとダンストンは言う。しかし、信乃が現状持っているのは、常識の延長上にある力だけであるのだから。
「そうか。それなら、手荒な方法を取らせてもらおう。信乃、今から俺と立ち会え。ぎりぎりの所まで追い詰められれば何か見えるかもしれないからな。真剣を使うぞ」
ダンストンがアイテムボックスから、身の丈程もある大剣を取り出す。
「構えろ」
ダンストンから発せられる有無を言わさぬ迫力にたじろきながらも、信乃もアイテムボックスからグレイブを取り出し中段に構えた。
「いくぞ」
ダンストンが声を発し、一瞬ダンストンから光が漏れ出したかと思うと、瞬時に間合いを詰められ、大剣が横薙に向かってくる。常人なら満足に振ることもできないであろう巨大な大剣であるが、それが風切り音とともに振り切られた。信乃は、間一髪の所で後ろに下がることで、それを避け反撃に移ろうとするのだが、大剣を振り切った勢いそのままに一回転したダンストンが切落を狙ってくる。半身となりそれを躱すと同時に柄を突き出すことによってダンストンを牽制するが、既にダンストンはそこにいない。いつの間にか信乃の背後に回り込んでおり、大剣を打ち据えようとしてくる。
「シールド」
突如、信乃とダンストンの間に魔力壁が展開され、大剣が信乃に到達するのを防ごうとする。ガキっという音とともに、剣閃が止まったかと思えた。しかし、瞬時に魔力壁が切断され、大剣が再び信乃に襲い掛かる。信乃は魔力壁と剣が衝突するタイミングを見逃さず、既にそこから退避していた。
「やるな、信乃!お前がここまで出来るようになっていたとは思わなかったぞ。これなら、エマと遊ぶことを許してやってもいいかな」
ダンストンはまだまだ余裕だと言わんばかりに、軽口を飛ばしてくるのだが、それに付き合っている余裕は信乃にはない。
再度、ダンストンが攻勢に出た。またも、ギリギリの所で信乃が攻撃をかわす。そんな状態が数交続いていた。これまでに信乃は明確な攻撃の体制を一度も取れていない。このまま続けばジリ貧になるのは明らかだった。
「やめだ」
ダンストンが急に終了の宣言をしてくる。その宣言を受けダンストンの動きが止まったことを確認すると、信乃はその場にへたり込んだ。肩で大きく息をしているが、以前、呼吸が落ち着く気配はない。
「信乃、俺がどこにどう攻撃してくるのか分かってるのか?」
「えっ?必死だから何もわかりませんよ。そんなことがわかったら、とっくに反撃しています」
「反撃してくることなんて、期待してはいないよ。これでも、お前が防ぐことが出来るか出来ないかのギリギリの速さの攻撃をしているつもりだったんだけどな。お前、一度もグレイブで俺の剣を受けていないだろ」
「武器で受けたら、ダンストンさんはそのまま切断してくるでしょ。そうなったら、お終いじゃないですか」
「それもそうだがな、俺はそういった状況に持ち込んで、勝負を終わらせる予定だった。こんなに攻撃を躱されるのは予想外だったんだよ。お前、どうやって俺の攻撃を躱した?俺が攻撃に移る前に回避行動を取っていたように感じたんだがな」
「どうって、ダンストンさんが攻撃しようとする時というか、動き出す時に力を入れた部分が光るでしょ?それに合わせて動くだけですよ」
「体が光るだって?」
「ええ、体内に魔力を込めて身体強化をしますよね。それで、戦闘のような時は一瞬だけ限界以上に魔力を込めるでしょ?それが光るんじゃないんですか?」
「俺は、そんな光は見えたことがないがな。体内のどこに魔力を集中させているかなんて見ようと思っても見えないぞ」
「え?」
信乃は、これまでの経験から人がどこかに魔力を集中させる時にその場所が光り、それから行動が開始されることを学習していた。そして、それが当たり前のことだと思っていたのだ。
「そうか。それが事実なら俺の攻撃が躱され続けたのも納得がいくな。何せ、相手が動く前に始動のタイミングがわかるのだからな。これが信乃のギフトかもしれないな。ただ、俺の時もそうだったが、ギフトだって使っていけばどんどん強力になっていくんだぜ。信乃のギフトがどういう形で発展してくかはわからないが、これからは今言った、相手の動きを事前に知ることができることを意識していくんだな」
「はい」
「それと」
ダンストンが言いかけると、一瞬のうちに信乃の喉元に大剣が突きつけられていた。
「いくら、相手の動き出しがわかるからといって、相対した相手の力量を見誤るなよ。自分が反応できる以上のスピードには対処できないんだからな」
「気をつけます…。結構ダンストンさんに近づけたと思っていましたけど、思いっきり手加減してたんですね」
「当たり前だ。これでも、この国の最強候補だぞ。信乃のギフトに目途がついたことだし、来週に信乃に旅立つことを許可するかどうかの試験を行うこととする!」




