提案
ダンストンが面倒を見てくれるという申し出は信乃にとって非常に有り難いものであった。
右も左もわからない、頼れる者が誰もいないニアース、アーベル国においてダンストンという実力者が信乃を庇護下においてくれるのであれば、当面の生活に困ることはないだろう。いきなり、初対面の者の家に行くことに抵抗を感じるものの、同じ異世界出身だということも信乃のダンストンに対する警戒心を低下させることに繋がっている。
「すみません、お言葉に甘えさせてもらいます。正直、お腹がすきました」
シーラからの「この国を守るために戦ってくれ」という依頼を承諾するのであれば、ニアースにおける衣食住は保証されるのであろう。しかし、その依頼を受ける気はない。なれば、ダンストンの言葉に甘えるしか信乃が生活していく術はないのだ。
「俺の家内の飯は上手いからな。期待しろ」
ダンストンは当然だと言わんばかりに胸をはり、訓練場を後にし、信乃は申し訳なさそうにその後に着いて行くのであった。。
見張りの衛兵が置かれた城門をくぐり、改めて今いた建物の外観を見てみると、その威容に圧倒される。信乃たちがいた建物はアーベル国における王城であった。白を基調とした外観は清廉さを想起させ、左右対称に構成された建物の中央部が一際高くなっており、自然とその頂上に目線が向かっていく。頂上には、龍を模した巨大な石像が拵えていた。
ダンストンに、その像について尋ねてみると龍はアーベル国において力の象徴らしい。
ニアースは地球とは異なる世界のはずなのに、魔法や龍など地球のファンタジー系の創作物において必ず登場するものが数多く存在しているのは不思議なことだ。これは、後でダンストンに尋ねてみようと信乃は心に留めておく。
そして、庭園を抜け外門から出ると、中世的で素朴な木造の建物が広がり、所々石造建築も見受けられた。その中でも立派な屋敷が立ち並んでいる区画にダンストンは向かっていき、周囲の家に比べたら質素であるが、それでも十分に広いと思える家の門で立ち止まった。
「ここが俺の家だ。ようこそ我が家へ」
その門から敷地内に入り、家の玄関を開ける。
「帰ってきたぞ」
家の中に入ると、5歳くらいだろうか、信乃の腰程の背丈をしたショートカットの可愛らしい少女がダンストン目がけて転びそうな勢いをもって走ってくる。
「パパ、お帰りー、抱っこ抱っこ」
「エマ、いい子にしていたか?」
「うん、だから、抱っこ抱っこ」
エマと呼ばれた少女は、急かすようにダンストンのズボンを引っ張っる。ダンストンが少女を抱き上げると、そこには満面の笑みを浮かべる少女の姿があった。頬刷りをして父親の感触を堪能している。
信乃は、そんな二人の顔を見比べている。ダンストンのような、とてもいかついおっさんに可憐な娘がいるとはにわかには信じ難いが、くりっとした目元などは似通っており、親子というのは間違いないだろう。ダンストンも筋肉がなければ、案外可愛い顔をしているのかもしれない。
父親の温もりに満足したのか、エマが顔を上げると信乃と目があった。
「パパ、このお兄ちゃん誰ー?」
「このお兄ちゃんは、信乃って言ってな、パパのお友達さ」
ダンストンから友達と言われた信乃は、初対面なのに友達はないだろうと抗議の目を向けそうになる。しかし、幼い子どもには込み入った事情を話す必要もないので、このように紹介するのが良いのだろうと思い直す。
「千種信乃です。エマちゃんって言うのかな。よろしくね」
「エマだよー。信乃お兄ちゃんよろしくね!」
今日1日、理解が追い付かない出来事が多かった信乃は、無邪気な笑顔を浮かべるエマの姿に癒しを感じる。そんなエマを見て思わず笑みがこぼれる信乃であったが、緊張の糸が途切れたのであろう。信乃の腹からぐぅーという空腹を知らせる音がなる。
「信乃お兄ちゃん、腹ペコなの?ママがね、美味しいご飯作ってくれてるから一緒に食べようよ?」
エマが信乃の手を握り家の奥に引っ張っていこうとすると、肩にごつい手が触れた。
「おい、娘をやるなんて一言も言ってないぞ」
ダンストンの目は本気だった。肩がミシミシと鳴っている気がしないでもないが、とにかく痛い。痛みに耐えられず、信乃はエマから手を放す。
「分かればいい」
ダンストンは満足そうにそう言っているが、信乃の顔は引き攣ってしまっている。これが親ばかか。こういう人がモンスターペアレントになるのだろうと考えながら、肩を摩る。これ、明日まで痛み残るんじゃないのだろうか。
信乃は、2度とダンストンの前でエマに触れないようにしようと決意した。
「信乃お兄ちゃん、どうしたの?」
信乃の様子がおかしいことに気づき、エマが尋ねてくる。
「うーん、パパがエマちゃんのこと大好きだって」
「うん、エマもパパが一番好き!!」
ダンストンは、いつ人生が終わっても良いというくらいの喜びを顔に浮かばせている。この親ばかにして、天然の小悪魔の性質をもった少女の親子か。奥さんは先が思いやられるな。信乃は、ダンストン家の家庭事情に憂いを感じるのであった。
食堂に入ると、こんがりと焼けた肉の良い匂いが漂っていた。
「お帰りなさい、ラリー」
ラリーと言われて一瞬誰のことかわからかったが、すぐにダンストンのファーストネームだと思い直す。目の前でダンストンと奥さんが抱擁している。親し気な様子を見るにダンストンの奥さんだろう。正直、ダンストンには勿体ないくらいの美人だった。ただいまのキスをするなんて、ちょっと羨ましい。
ダンストンが奥さんに信乃を紹介する。奥さんの名前はレイアだそうだ。一通りの経緯を説明すると、早速食事を頂くことができた。
ニアースに来てから初めての食事である。地球に比べて、調味料や香辛料が発達していないのだろうか、塩と素材の持つ旨味のみの素朴な味付けであったが、素材が良いのだろう。飽食の日本に育った信乃であっても十分に美味しいと感じることができるものであった。
食事が終わるとレイアはエマを寝かしつけるために寝室へと向かい、食堂には信乃とダンストンの2人きりとなる。
「どうだ、レイアのご飯は美味しかっただろう」
「とても美味しく頂くことができました。ありがとうございます」
「それは良かった。日本人は食に煩いと聞いていたから。まあ、レイアの作った飯を不味いと言いやがったら、本気でぶん殴っていたけどな」
口では笑っているが、ここでもダンストンの目は笑っていなかった。正直、訓練場でのダンストンの絶技を見るに、殴られることを想像すると背筋の凍る思いがする。それ程、ダンストンにとって家族が大事な存在なのだろう。少し娘に対して親ばかな部分を除けば、良い父親なのだなと信乃は思う。
「それで、信乃はいつの時代の地球からやってきたのだ?」
「俺は、昨日まで2016年の地球で生活していましたよ」
「そうか、俺がこっちに来たのは1968年だったな。半世紀近くも違うのか」
「ダンストンさんは、そんな年を取っているようには見えないですけど?」
「そりゃそうだ。これでもまだ39歳だぞ。それで、こっちに来てから15年といったところだ。ニアースと地球はどうにも時間がずれているらしいのでな」
そして、ダンストンさんがニアースに召喚された経緯を説明してくれた。ダンストンさんはアメリカ軍としてベトナム戦争に従軍していたらしい。泥沼を極めたかの戦争の中で、ダンストンさんが所属した部隊はゲリラの襲撃を受け壊滅、森の中を逃げまどい、もうだめだと思った時にシーラ様に召喚されたらしい。
それ以来、シーラ様に命を救われた恩を返すために、ニアースで戦ってきたということだった。
「ここからの話は俺の仮説になるんだがな、ニアースから地球に旅立っていった人がいるんじゃないかと考えているんだ。俺もニアースで長いこと生きているのだがな。ニアースには、地球で見たことはないが、聞いたことがあるものが多すぎると思わないか?例えば、魔力とか城にあった龍なんかがそうだ。信乃はまだ見たことないが、こっちにはゴブリンやユニコーンだっている。地球上で伝説だったり、映画なんかの創作物に登場するものの大半はニアースには実在しているんだよ」
ダンストンは信乃と同じ疑問を抱いていたようだ。
「ダンストンさんもそう思っていたんですね。俺もニアースには既視感を感じるものが多すぎると思っていたんですよ」
「やはり、そう感じたか。あんまりにも地球における創作物のそれとニアースに共通点が多すぎるのでな。ニアースから地球に旅立った人たちがニアースの話を伝えるうちに、それがファンタジーとして定着していったんじゃないかと推察したんだ。あと、関係あるのかはわからないが、ニアースにおける英雄と呼ばれる程の功績を遺した者たちは、晩年の消息がわからない者が何名かいるんだ。それも、ある日突然姿を消したという感じでな。その英雄たちが地球に旅立ち、ニアースのことを伝えていったと考えると辻褄があうと思わないか?」
「確かに、そうですね。でも、それだったらシーラ様に地球に送り返してもらうのと一緒じゃないんですか?」
「そのことだがな、シーラ様は確かに偉大な魔導士なんだけども、それにしたって何人もの強力な魔導士たちや魔道具の助けを借りて、召喚の魔術を発動させているんだ。それに、あの魔術だと発動したとしても必ずしも召喚者を連れてこれるわけじゃない。人のいない所に思念体が発現してしまったら、無駄になってしまうだろう。ベトナムの密林の中でシーラ様が俺を見つけた時は向こうも驚いたそうだぞ。つまりだ、あの魔術は完璧じゃないんだよ。だが、過去の英雄たちはシーラ様とは比較にならない程の力を持っていたらしいし、これまでの戦いの中で失われてしまった技術も数多いと聞く。それなら、完璧な方法で召喚の魔術を再現すれば、自分の指定した時点の地球に帰れるんじゃないかと思うんだよ」
「本当にそうなら、俺にとって、この世界で生きていく目標になりますけど、そんなにすぐに見つかるものでもないでしょう?俺が出たいのは高校生の大会なんですよ?何年もかかったら大会に出場できなくなってしまいます」
ダンストンの話は魅力的なものであったが、そんな大きな話がすぐに解決するものだとは思えない。選手権予選は目前に迫っており、時間がないのだ。地球とニアースでは時間がずれているといっても、信乃が肉体的に年齢を重ねてしまっても、18歳以下という参加規程に引っかかってしまい、参加することは不可能になる。
「確かに、完璧な方法で召喚の魔術を再現するのに何年かかるかわからないだろう。だけどな、この世界には魔術があるんだぜ?シーラ様が何歳だと思う?」
「20代後半とかじゃないんですか?」
「そう見えるよな。だがな、実際は60歳を超えているらしいぞ。魔術で肉体年齢をコントロールしているらしい。ちょっと、ずるいかもしれないが、この方法を使えば年齢は誤魔化せるはずさ」
「そんな卑怯なことはしたくないですが、俺には選択肢がないですからね。それも、分かってこの話をしているのでしょう?」
「信乃の状況を利用しているのは、申し訳ないと思うのだがな。そこで提案があるんだ。冒険者となり、ニアースを旅して目の前で苦しんでいる人たちを救ってほしい。その中で召喚の魔術についての手掛かりを見つけていくんだ」
信乃には他に選択肢がない。プロサッカー選手になるという夢を捨てて、ニアースで生きていくことに納得すれば、他の選択肢が出てくるのだろうが、夢を捨てることはできない。信乃に残されているのはダンストンの提案に乗るしかないのだ。本当に卑怯だと思う。こんなの提案でも何でもない。
しかし、今の信乃には目の前にぶら下げられた餌に食いつくしかない。
「ダンストンさんは卑怯ですよ。冒険者とやらになればいいんでしょう。やってやりますよ。でも、それでシーラ様たちは納得するんですか?」
「すまない。冒険者として旅立つまでは、きちんと俺が面倒を見る。国の者たちには、俺が責任をもって説得する。信乃が冒険者として活躍することは、この国の利益にもつながるから問題ないはずだ」
地球に帰れる。それは、信乃にとってニアースで生きていく上での希望となる。ダンストンの言葉が正しいとは限らないが、それでも希望が全くないよりもよっぽど良い。その可能性に賭けるしかない。
「わかりました。その提案を受け入れることにします」




