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感応の召喚者  作者: 小此木悟
序章:召喚
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命のやり取り


 冒険者となる許可を得るための最終試験の日がやってきた。信乃はアーベル国の王都、ミコシを取り囲む巨大な城壁の外にいる。ニアースにやってきて4ヵ月程が経過したが、その大半を王城とダンストン家の往復で過ごしてきた信乃にとって、王都の外に出るのは初の体験となる。目の前には広大な草原が広がっており、一本の街道が地平線の向こうへと繋がっているのが見えた。遠目には雪化粧をした山や葉が散りかけた木々からなる森が確認できる。なんとも牧歌的な風景が広がってた。

 

暦の上では冬になっているようであったが、外套を纏えば寒さは気にならないほどに温暖である。


 「今日は、俺と一緒に魔獣の討伐に向かってもらう。その中でお前が魔獣を仕留めることができるかどうか、これが最終試験だ」


 「わかりました。やってみせますよ!」


 信乃は意気揚々といった調子を見せる。

 ダンストンから訓練を受けるようになってからというもの、自分の力が日増しに大きくなっていくことを実感していた。魔術だって使えるようになったし、グレイブにしても自分の思った通りに操れている。訓練の中で行う模擬戦では、一般的な兵士であれば複数人を相手どっても余裕を以って勝つことができるようになっていた。地球でいう士官にあたる騎士たちは、他の場で訓練しているらしく、その力量の程は定かではないが、信乃は単純に自分が強くなっていると感じられることが嬉しかったのだ。男だったら、誰しも強さに憧れるだろう。その強さを実感できることに、信乃は喜びを感じていた。手に入れた力を振るうのは楽しくもあった。


 そして、ダンストンと共に2時間ほど歩いて鬱屈とした雰囲気を感じさせる森に到着した。地面が見えない程に落ち葉に覆われ、その下は濡れているのか足を踏みしめるたびに泥の気持ち悪い感触が伝わってくる。乱雑に生えている木々によって視界は悪く、昼前だというのに森の中は薄暗い。その様子は、ホラー映画に出てきそうな陰湿さを醸し出していた。


 「ここら辺から魔獣が出てくるから、周辺の警戒を怠るなよ」


 「はい」


 二人ともアイテムボックスから武器を取り出し、慎重に歩を進めていった。森を進んで暫くするが、何かと遭遇することもなく時間だけが経過していく。突然、ダンストンが立ち止まり、手で立ち止まるように合図をしてきた。


 「来たぞ」


 ―ガサガサ


 生い茂る雑草を掻き分けるような音がすると、目の前に小学生程の身長をした醜悪な怪物が5体、ギシギシと声とも鳴き声ともつかない音を発しながら、こちらに向かってくるのが確認できた。短い手足をバタつかせ、ぎこちない動きを見せている。爪は長く、犬歯のように尖った牙が口の中に納まりきらずにはみ出していた。ゴブリンだ。


 「信乃、やれるな?」


 ダンストンに問いかけられるが、信乃は答えることができない。グレイブを握りしめる手には汗が滲んでいた。いくら醜いといっても、2足歩行でこちらに迫ってくる姿は、見ようによっては人間に見えないこともない。


 これを今から殺すのか…。


 日本で育った信乃にとって、自分が他者の命を奪うことになるなど、想像できるものではなかった。蚊や蝿などの小さな虫を殺すのとは違うのだ。犬や猫などの小動物をその手にかけることだって、怯んでしまって出来そうもないのに、目の前の生物を殺めることが自分にできるというのか。


 「くそっ」


 いつの間にか、ゴブリンが殴りかかってくる。その動きは、非常に遅いため攻撃を躱すことに何の問題もない。次々に繰り出されるゴブリンの攻撃に余裕を以って対処できている。しかし、信乃の呼吸はどんどんと荒くなる。激しい動きをしているわけではないのに、鼓動を一向に落ち着く気配をみせない。手に力が入らない。武器を構えられない。相手は隙だらけだというのに、信乃は攻撃を加えられないでいた。


 信乃が攻撃を躊躇していると、背後から迫った一閃に2体のゴブリンの体が真っ二つになり、残りの3体もあっという間に胴から首が転がっている。


 「信乃、落ち着け」


 ダンストンがゴブリンを殺した。その手に持つ大剣にはどす黒いゴブリンの血が付着している。地面に吸い込まれるように倒れたゴブリンからは、血が流れている。信乃は、ゴブリンの死体から思わず目を背けてしまった。


 生臭い。

 気持ち悪い。 


 胃の奥から生暖かいものが逆流してくる。信乃は口を押えるが、留まるところをしらない汚物は、手で抑え切れずに地面に拉げられた。立っていられなくなり、膝をつきながらも、汚物はひたすらせり出してくる。信乃は、胃の中が空っぽになるまで吐き続けるが、吐き気は治まらず、以前胃液がこみ上げていた。


 「これが命の取り合いなんですね…」


 信乃は腕で口を拭いながら、声を絞り出す。


 「そうだ。お前はこれに慣れなければならない」


 「やってみせますよ」


 信乃は、立ち上がるとアイテムボックスから水筒を取り出し口を濯ぐ。

 相手の命を奪うことができなければ、冒険者なんてやっていけない。それは、地球に帰るという信乃の目的が達成できなくなることと同義だ。ニアースでは命の取り合いが日常なのだと、ダンストンから何回も言われている。


 だから、相手の命を奪う必要がある。だが、やれるとは言えない。やってみせるとしか言えない。


 「わかった。次が来たようだぞ」


 血の匂いに吊られてきたのか来たのか、ダンストンが指さした方向を見ると、複数の影が跳ねるように接近してくるのが見える。

 足を踏み出す。その一歩が重い。ダンストンに切り伏せられたゴブリンの姿が脳裏に浮かぶ。


 姿を現したのは、スパイクウルフという魔獣だった。体長1m程の狼のような魔獣であり、名前にもあるように尻尾には20㎝はあろうかといういくつもの棘が見える。それが8匹の群れをなして、信乃たちの前に姿を見せる。ゴブリンの死肉を漁りにきたのだろう。

 

 最後尾に控えるスパイクウルフが雄たけびを上げると、4匹のスパイクウルフが一斉に信乃に突進してきた。残りは、信乃を囲い込むように移動していた。先程のゴブリンよりも数段速い初撃であったが、信乃は飛び上がり上方にあった枝を掴むことで回避した。そして、蹴上がりの要領で枝の上に登る。


 ダンストンは姿を消しており、視界の悪い森の中では見つけることができない。一人でやってみせろということか。

 

 スパイクウルフたちは、木に尾を打ち付けていた。ミシミシと幹が悲鳴をあげている。このままでは、数分のうちに木が倒れてしまうことだろう。信乃が決断するために残された時間はわずかである。


 「落ち着け、落ち着け、落ち着け」


 信乃はすぅーっと深呼吸を1つする。


 「訓練では上手くやれただろ。やるんだよ!」


 信乃の眼孔が薄っすらと暗くなり、顔から表情がなくなると、右手をスパイクウルフたちの方に向ける。そして、手の平に魔力を集中させていった。


 「バレット!」


 信乃が叫ぶと右手から拳大の魔力の塊がスパイクウルフたちを目がけて打ち出される。危険が迫っていることを察知したスパイクウルフたちは、その場から退避するのだが、信乃はその隙に枝から地面へと飛び降りた。そして、落下の最中に再びグレイブを取り出し、それを握る手に力を込める。


 逃げ遅れた一匹に狙いを定め、グレイブを振る。刃がスパイクウルフをやすやすと切り裂くと、生々しい肉の感触がグレイブを通して這いずってくる。スパイクウルフの断末魔まで感じるではないか。信乃は、真っ二つになり、動かなくなったスパイクウルフを視界に入れる。その体からは止めどなく血が溢れ出しているが、全く動く気配がない。自分が命を奪った現実に恐怖する。


 「あ、あ」


 言葉にならない声をあげ、恐怖に耐えきれなくなった信乃は、その場に尻餅をついてしまった。

 仲間が軽々とやられたことによって、動揺したかに見えたスパイクウルフたちは、仲間の仇を討つためにこれまで以上のスピードで信乃に向かってくる。


 信乃はそのことに気づいていない。放心していた。一匹のスパイクウルフが信乃の左腕に噛みつく。幸いにも、スパイクウルフの咬力では、強靭なスパイクウルフを引き剥がした。そして、立ち上がり、グレイブを横薙ぎに振るって一回転し、スパイクウルフたちとの間に距離を作る。


 「があああぁぁ!」


 痛みで我を忘れた信乃は、獣のような咆哮を叫ぶと次々にスパイクウルフを屠っていく。一振り一振りごとに、目の前の魔獣たちは屍と化す。その信乃の突然の変貌にスパイクウルフたちは逃げ出そうとするが、信乃はそれを見逃さず追撃をしかけ、その全てが血祭りにあげられる。全てを片付け終えた後には、返り血に染まった信乃が呆然と立ち尽くしていた。


 「よくやったな。信乃が日本人だと聞いた時に、命の奪い合いができるのかが不安だったんだ。どうにか乗り切れたようで安心したぞ」


 遠くから成り行きを見守っていたダンストンが信乃の所へと帰ってきた。


 「あっけないものなんですね。命の取り合いって。あんなに獰猛に見えたこいつらもあっさり動かなくなりましたよ」


 「そうだな。命なんて安いものさ。とにかくこれで試験は合格だ」


 「もっとこう、感じるものがあるかもと思ったんですけど、さっきまで怖い怖いと思っていましたけど、何も感じないんですね。命って尊いものだと思っていましたけど、そんなことはないんすね」


 ダンストンにそう告げる信乃の足は震えている。


 「ああ、そうだ。どんな生物であれ簡単に死ぬんだぞ。そうならないために力を持たないといけない」


 「力がないと生きていけないなんて悲しいですよ」 


 「だから、力のある者は、そうでないもののために力を使うんじゃないのか?」


 「俺は他人の命なんて背負えませんよ」


 「今はまだそれでいい。どうした、泣いていいんだぞ?」


 そう言われると、溜め込んだ感情が爆発するかのように、泣きじゃくる信乃の姿があった。

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