第9話 子供たちと、遠い影
本作は全70話で完結予定です。
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農地を歩いていると、後ろから小さな足音がついてくるのに気づいた。
振り返ると、トムとアナが、慌てて畝の陰に隠れる。少し離れたところに、センが腕を組んで立っていた。
「隠れなくていいよ」
俺が言うと、トムが真っ先に飛び出してきた。
「ねえ、なんで土さわってるの?」
「土に、何が足りないか調べてるんだ」
「さわるだけで分かるの? 魔法?」
「魔法じゃない。昔から使ってる感覚だよ。土を触ると、乾いてるとか、栄養が足りないとか、体で分かる」
「えー、すごい! ねえ、魔法じゃないの? ほんとに?」
トムの質問は止まらなかった。なんで、どうして、ほんとに。子供の「なんで」は、農業の現場で一番大事な問いだ。俺は一つひとつ、丁寧に答えた。
すると、後ろに隠れていたアナが、おずおずと前に出てきた。
「あの……ここに、芽が出てるの」
彼女が指差したのは、畝の端だった。小さな芽が、いくつか顔を出していた。だが、どれも弱々しく、先が茶色く枯れかけている。
「でも、いつも、育たないで枯れちゃうの」
俺はしゃがんで、芽の根元の土を触った。
「この土はね、酸っぱくなりすぎてるんだ。だから、芽が育てない」
「土が、酸っぱい?」
アナが、目を丸くした。
「そう。土にも、酸っぱいとか、そうじゃないとかがある。酸っぱすぎると、植物は栄養を吸えなくなる。灰をまいたり、貝殻を砕いて混ぜたりすると、ちょうどよくなる。そうすれば、この芽も育つよ」
「ほんと?」
アナの目が、ぱっと輝いた。植物が好きなんだな、と分かった。
少し離れたところで、センが冷たい声を出した。
「子供だと思って、相手してやってるんだろ」
俺はセンの方を見た。鋭い目だった。
「君たちに、嘘をついてもしょうがない。俺は本気で、農業を一緒にやれる人を探してる。それは大人でも、子供でも同じだよ」
センは、何も言い返さなかった。ただ、ふいと目をそらした。だが、その場を立ち去りはしなかった。それで、十分だった。
◇
その夜、ウォルトが改まった様子で切り出した。
「レイム様。一つ、お話ししておくべきことが」
「なんですか」
「実は……ヴィンス様から、ダールムの近況を知らせるように、言われています。隠しているのが心苦しくて」
ヴィンス。この体の異母兄。正室の子で、次期辺境伯と目されている男だ。
「正直に報告してください」
俺は即答した。
「隠すことは、何もありません。村を立て直そうとしている。それだけです。ありのまま伝えてください」
「……分かりました」ウォルトは少しほっとした顔をして、それから付け加えた。「ただ、気になることが。ヴィンス様が最近、やけにダールムのことを気にしておられるのです。今までは見向きもしなかった土地なのに」
俺は、それを頭の隅に留めた。今すぐ何かが起きるわけではない。だが、覚えておいて損はない。
◇
翌朝、農地に行くと、センが一人で先に来ていた。
手伝うわけじゃない、という顔で、遠くに突っ立っている。
それで、十分だった。




