第8話 ミリアという農業者
本作は全70話で完結予定です。
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翌朝、まだ薄暗いうちに畑へ行くと、ミリアはもう来ていた。
「遅い」
腰に手を当てて、彼女はそう言った。俺より先に来て、待っていたらしい。本気で農業をやっている人間の朝は、早い。
「すみません。これでも早起きしたつもりでした」
「農家の朝は、もっと早いんです」
ミリアは、自分が手を入れている畑を見せてくれた。麦を植えた畝が並んでいる。ただ、明らかに育ちが悪い。葉が黄ばみ、丈が伸びていない。
「麦の後に、また麦を植えてます。土がおかしいのは、分かってる。でも――どうすればいいか、分からない」
正直な人だ、と思った。分からないことを、分からないと言える。それは、農業をやる上で一番大事な素質だった。
「ミリアさん。なぜ、この麦は育たないんだと思いますか」
「土が、痩せてるから」
「じゃあ、なぜ土は痩せたんですか」
ミリアが、言葉に詰まった。
「同じ場所に、同じ麦を、何年も植え続けたからです」俺はしゃがんで、土をすくった。「作物は、土から栄養を吸って育ちます。麦が欲しがる栄養は、決まってる。同じ麦ばかり植えれば、その栄養だけが、どんどん減っていく。やがて、いくら植えても育たなくなる。これを連作障害といいます」
「れんさく……」
「違う作物を順番に植えれば、土の栄養が偏らない。豆を植えれば、逆に土に栄養を足してくれる作物もある。土を休ませながら使えば、痩せない。それを、何年もやらなかった。だから、こうなった」
ミリアは、自分の畑をじっと見ていた。何かが、腑に落ちた顔だった。
「……なんで、そんなことが分かるんですか」
「前の仕事で、ずっとこういう土を見てきたので」
ミリアは怪訝な顔をしたが、深くは聞かなかった。代わりに、ぽつりと言った。
「両親も、こうやって悩んでたのかな」
俺は手を止めた。
「ご両親は」
「……もう、いません。不作が続いた頃に、二人とも体を壊して。食べる物が、足りなくて」
それだけだった。ミリアは、それ以上は言わなかった。乾いた言い方だった。乾かさなければ、口に出せない種類の話だった。
「そうですか」
俺も、それ以上は言わなかった。慰めの言葉は、こういうとき、たいてい役に立たない。前世で、何度もそれを学んだ。
しばらく、二人で黙って畑を見ていた。
「ミリアさん」
「なんですか」
「農業指導を、受けてみませんか。連作をやめて、土を戻すところから。時間はかかります。でも、必ず変わります」
ミリアは、しばらく考えてから、こちらを見た。
「……やってみます。でも、効果がなければ、それまでですからね」
「それで、いいです」
俺はうなずいた。それで、十分だった。
◇
ミリアが帰った後、俺は一人で畑に残った。ウォルトが「先に戻ります」と気を利かせてくれたのは、ありがたかった。
一人で土を触っていると、前世と今が、混ざる瞬間がある。
東北の、あの農家のじいさんの顔が浮かんだ。手を尽くしても変わらなかった、たくさんの農村の顔も。
だが、ミリアの顔は、少し違った。
彼女は、まだ諦めていない。
その一点だけが、前世とは決定的に違っていた。




