第68話 トムの宣言
収穫祭の、翌朝。
農地は、ひっそりと、していた。昨夜の、賑わいが、嘘のようだった。
俺は、いつものように、早朝の、土壌診断を、していた。膝をついて、土に、手を当てる。
そこへ、トムが、やってきた。
◇
「レイム様」
トムが、少し、改まった顔で、言った。
「俺……農業を、やりたいと、思う」
「なぜ、ですか」
「センが、農具を、研いでて。ミリアさんが、みんなに、説明してて。アナが、記録を、つけてて。――みんな、やってる。俺も、やりたい」
子供らしい、まっすぐな理由だった。だが、それで、十分だった。
◇
「じゃあ、今日から、始めましょう」
俺の、即答に、トムが、目を、丸くした。
「いいの? 何から、やればいい」
「まず、この土を、触ってください」
俺は、トムの手を、取って、土に、当てさせた。
「そして、臭いを、嗅ぐ。色を、見る。それを、毎日、やること。それだけです」
「それだけ?」
「それだけです。毎日、土を、見ていると、だんだん、土が、何を、言っているか、分かってくる。農業は、そこから、始まります」
トムは、真剣な顔で、土を、握った。
◇
俺は、ふと、聞いてみた。
「トム。俺が、ずっと、ここに、いなくても――農業を、続けますか」
トムが、顔を、上げた。
「いなくなるんですか?」
「いつかは。他の村にも、行かなければ、ならない。荒れた土地は、まだ、たくさん、あるので」
俺は、正直に、言った。
「でも、その時、ここの農業が、続いていれば、それで、いいんです」
トムは、しばらく、考えてから、言った。
「……俺が、続ける。センも、続けると思う。アナも、記録、つけてるし」
迷いの、ない、返事だった。
◇
俺は、その言葉を、胸の中で、噛みしめた。
前世では、弟子を、作れなかった。後継者が、いなかった。俺が、回ってきた知識は、俺が、現場を、去れば、そこで、途切れた。だから、いつも、不安だった。「この村は、俺がいなくなったら、元に、戻るんじゃないか」と。
でも、ここでは――。
二人、いる。いや、もっと、多い。
二十二年、続けてきた、農業普及の仕事が。この村で、初めて――次の、人間に、渡った。
◇
その日の午後、辺境伯府から、連絡が、届いた。
「農業改良使としての、最初の、派遣先が、決まった」
場所は、辺境の、東の集落。廃村寸前。今年の収穫が、ほぼ、ゼロだったという。
ウォルトが、聞いた。
「行けますか」
「行きます」
俺は、答えた。
「でも――ミリアの、旅立ちを、見届けてから」
「ミリアさんは、いつ、出発を?」
「来週、です」
ウォルトが、うなずいた。
「……来週まで、待てます。それから、東の集落へ」




