第65話 ラナと農地を歩く
その日、珍しく、ラナの方から、声を、かけてきた。
「農地を、歩くか」
「ちょうど、いい時間です」
俺たちは、並んで、農地を、歩き始めた。秋の、夕暮れだった。刈り取りの終わった畑に、長い影が、伸びていた。
◇
区画Aの前で、ラナが、足を止めた。
「ここは、三十年前……小麦が、一番、よく育った場所だった」
懐かしむような、声だった。
「だが、その後、何年も、続けて、同じ小麦を、植えた。よく穫れるから、と。そうしたら――だんだん、駄目になった。何を、植えても、育たなくなった」
連作障害。今なら、その理由が、分かる。だが、当時の村は、それを、知らなかった。
「今は、どうですか」
ラナが、麦の切り株を、見下ろした。
「……今年の小麦は、三十年前より、穂が、太かった」
◇
水路の前まで、来た。
ラナが、流れる水を、見ながら、言った。
「この水路を、最初に、作ったのは、俺の、祖父の代だ」
水音が、静かに、響いていた。
「崩れたのは……俺の、代だ。村が、争って、誰も、直さなくなって。俺の夫も、それを、見ていた」
ラナは、一度、言葉を、切った。
「直したのも――お前と、一緒に。俺たちの、代だ」
壊したのも、直したのも、自分たちだ。かつて、俺が、言った言葉を、今は、ラナが、自分のものとして、口にしていた。
◇
農地の、端を、子供たちが、走っていた。
トムと、アナと、その後ろを、センが、追いかけている。笑い声が、夕暮れの畑に、響いていた。
ラナが、それを、見ながら、言った。
「十年後……あの子たちが、ここを、作るんだな」
「そうなると、思います」
「……それを、俺が、見られるか、分からんが」
老人らしい、言葉だった。
俺は、珍しく、即座に、言った。
「あなたは、もう少し、生きますよ」
ラナが、少し、笑った。
◇
しばらく、二人で、子供たちを、見ていた。
ふいに、ラナが、小さく、言った。
「……ありがとう」
俺は、聞き返した。
「何のこと、ですか」
ラナは、答えなかった。
代わりに、こう、言った。
「また、別の時に、話す」
そして、農地の方へ、ゆっくりと、歩いていった。
その背中を、俺は、見送った。「また別の時に」――その言葉が、なぜか、胸に、残った。
◇
収穫祭は、明後日だった。
今年は、辺境から、「見に行きたい」という使者が、三件も、届いていた。
「こんなに、人が、来るのか」
ウォルトが、驚いていた。
「来年は、もっと、来ます」
俺は、答えた。
ダールム村は、もう、「廃村」では、なかった。
辺境の――「見本の村」に、なっていた。




