第64話 ミリアの自立宣言
二年目の記録が、すべて、整理された、翌日。
ミリアが、俺のところへ、来た。
「本当に、話が、あります」
この前の、続きだと、すぐに、分かった。
「聞かせて、ください」
◇
ミリアは、深く、息を、吸ってから、言った。
「グリムの、先の村に……十年前から、農業が、うまくいっていない、集落が、あります。そこへ、行って、指導してきたいです」
「一人で?」
「レイム様に、習ったことを、全部、持っていきます。農業記録帳の、副本も。足りないことがあれば、連絡します」
その目は、まっすぐだった。思いつきでは、ない。ずっと、考えていた言葉だった。
◇
「なぜ、そこを、選んだんですか」
俺が、聞くと、ミリアは、少し、間を置いて、答えた。
「……お父さんと、お母さんが、飢えで、死んだのは。農業が、続かなかったからです」
静かな、声だった。
「私は、ここで、土を、変える方法を、学びました。死にかけた畑が、よみがえるのを、見ました。――それを、使える場所が、あるなら。同じように、苦しんでいる村が、あるなら。私は、行きたい」
両親を、救えなかった土地。その悔しさを、ミリアは、他の村を、救うことで、超えようと、していた。亡くした人への、彼女なりの、答えだった。
◇
俺は、しばらく、ミリアを、見ていた。
そして、言った。
「……行きなさい」
ミリアが、目を、見開いた。
「それだけ、ですか」
「それ以上、言うことが、ありません。あなたは、もう、十分に、学んだ。土の見方も、記録の取り方も、人への伝え方も。――あとは、自分で、経験を、積む段階です」
引き留める、理由は、何も、なかった。それは、教えた者として、最も、誇らしい、結論だった。
◇
「でも」俺は、付け加えた。
「分からないことが、あったら、連絡してください。一人で、抱え込まないで」
「連絡……できますか。遠くからでも」
「ウォルトを、通せば、どこにいても、届きます。俺が、辺境のどこにいても、です」
ミリアの目が、潤んだ。
「……ありがとう、ございます」
◇
ミリアが、立ち上がった。
「ラナさんに、話してきます」
そう言って、農地の方へ、歩いていった。
俺は、しばらく、その後ろ姿を、見ていた。
前世で、二十二年、農業の仕事を、してきた。けれど、「弟子」と、呼べる人間を、育てたことは、一度も、なかった。いつも、一人で、現場を、回って、一人で、去っていった。
ここで、初めて――。
何かを、次の手に、渡した、という感覚が、あった。
それは、前世も含めて、初めての――最も、良い、終わり方だった。




