第6話 水路という傷跡
本作は全70話で完結予定です。
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翌日、俺は崩れた水路を本格的に調べることにした。
区画C――かつて村で一番だったという畑。その先に、石組みの水路の跡が続いていた。あちこちが崩れ、土に埋もれ、ところどころは完全に途切れている。案内を頼むと、ラナは黙ってついてきた。
「上流に水源はありますね」
俺は地面に手を当てて、水の気配を探った。土壌感知は、地中を流れる水脈の方向まで教えてくれる。
「川から引いていた水です。水そのものは、まだ生きてる。崩れているのは二か所。一つは石が崩れただけ。もう一つは……岩盤が出てしまっている。ここは厄介ですが、直せないことはない」
ラナは水路の跡を見つめたまま、何も言わなかった。
俺は立ち上がって、ふと気になっていたことを聞いた。
「これだけの水路を、二十年も放っておいたのはなぜですか。直そうという人は、いなかったんですか」
ラナの肩が、わずかに強張った。
長い沈黙のあと、ラナは低い声で話し始めた。
「……二十年前の話だ」
風が水路の跡を撫でていく。
「あの頃は、まだ若い農家が何人もおった。だが、不作が続いてな。水が足りん。みんな、自分の畑に水を引きたかった。この水路の水を、誰の畑に先に流すかで――揉めた」
「揉めた」
「最初は口論だった。それが、だんだんひどくなった。夜中に、誰かの畑の水路をふさぐ者が出た。ふさがれた方が、仕返しにまた壊す。お互いを憎んで、憎んで……しまいには、誰かが水路の要のところを、叩き壊した」
ラナの声が、震えた。
「水路が死んで、畑も死んだ。憎み合った者同士は、村を出ていったり、死んだりした。残った者は、誰も、あれを直そうとは言わんかった。あれを直すってことは……あの頃のことを、また思い出すってことだからな」
俺は、何も言えなかった。
土が痩せているのは知っていた。水が足りないのも知っていた。だが、その下に、こんな傷が埋まっていたとは。土だけじゃない。人も、二十年間、傷ついたままだったのだ。
ラナも黙った。二人で、しばらく崩れた水路を見ていた。
やがて、俺は口を開いた。
「直します」
ラナが顔を上げる。
「過去の話は、関係ありません。誰が悪かったとか、誰のせいだったとか、俺には関係ない。今、この土地に水が必要だ。それだけは、事実です。だから、直します」
ラナは、しばらく俺を見つめていた。その目に、何か今まで見せなかった色が、かすかに揺れた。
「……誰も」
ラナは、ぽつりと言った。
「誰も、あの話を、掘り返すと思わなかった」
「掘り返したくて聞いたわけじゃありません。でも、なぜ壊れたのかを知らなければ、また同じことを繰り返す。だから聞いたんです」
ラナはしばらく黙って歩いた。崩れた水路に沿って、ゆっくりと。
そして、ぽつりと言った。
「……そうじゃな」
その一言は、二十年分の重さがあった。




