第5話 村長という壁
本作は全70話で完結予定です。
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村長の屋敷は、村の真ん中にある一番大きな石造りの家だった。
とはいえ、大きいだけで、手入れは行き届いていない。屋根の一部が崩れ、戸の蝶番が錆びている。中に通されると、白髪の老人が囲炉裏の前に座っていた。村長だ。六十は越えているだろう。
「また、貴族が来たのか」
挨拶を返すより先に、村長はそう言った。疲れた声だった。
「ダールムの管理者になったと? ご苦労なことだな。だが、言っておく。この村は、もう終わりだ」
「終わり、ですか」
「若い者はみんな出ていった。残ったのは年寄りばかりだ。今年の冬を越せたら、春に、街へ移る相談をするつもりだった。今さら管理者が来たところで、変わるものは何もない」
村長の言葉には、怒りすらなかった。あるのは、底の見えない諦めだけだった。
俺は囲炉裏の前に膝をついて、村長と目線を合わせた。
「村長さん。一年、やらせてください」
「……一年?」
「一年やって、何も変わらなければ、そのときは俺も廃村の判断に賛成します。村を出る相談にも、力を貸します。でも、それまでは――やらせてください。お願いします」
俺は頭を下げた。村長が、戸惑ったように身じろぎする。
「妙な貴族だな。命令すればいいものを」
「命令しても、土は動きませんから」
村長は、その言葉の意味を測りかねるように、しばらく俺を見ていた。やがて、ふうと息を吐いた。
「……勝手にしろ。土地はお前に任されたものだ。好きにすればいい。ただし」
村長の目が、ふいに鋭くなった。
「住民に、無理はさせるな。みんな、もう疲れているんだ。これ以上、希望を持たせて裏切るような真似は、するな。期待させて、また失望させるのが、一番こたえる」
その言葉に、俺は村長の中に残っているものを見た。諦めの底に、まだ村人への情がある。だからこそ、希望を恐れているのだ。
「分かりました。無理はさせません」
そばに立っていたラナが、ぽつりと言った。
「あんたも、本当は変わってほしいと思っとるんじゃろ」
村長は答えなかった。否定もしなかった。それが答えだった。
俺は村長から、村の正確な様子を聞いた。人口は四十三人。そのうち六十五を越えた老人が三十人。十五から四十までが十人。子供が三人。畑をまだ続けている者は、五人ほどだという。
数字を、頭に刻む。これが、俺が一年で向き合う村の全部だった。
◇
帰り道、ウォルトが歩きながら聞いた。
「村長は、ああ言っていましたが……協力してくれなくても、進めるのですか」
「進めます」
「ですが、村長が動かなければ、住民も――」
「協力してほしいとは思いますよ。でも、協力を待ってから動くことはしません」
俺は、夕暮れに沈んでいく村を見た。煙の上がらない家。枯れた畑。それでも、まだ人が住んでいる村だ。
「動いているものを見れば、人はいつか動きます。先に動くのは、こっちでいい。それが、農業の仕事の基本なんです」
ウォルトは、何か言いたそうにして、結局口をつぐんだ。
その代わり、少しだけ歩く速さを、俺に合わせてくれた。




