第58話 静かな勝利の後
辺境伯一行が、去った、翌日。
農地では、いつも通りの、農作業が、行われていた。
ミリアが、俺のところへ、来た。
「今日の、肥料を、入れるタイミングを、確認したいんですが。区画Cの土が、少し、乾いてきていて」
俺は、思わず、笑いそうになった。
昨日まで、辺境伯と、ヴィンスと、村の命運を、かけて、やり合っていた。それが、一夜明ければ、肥料を入れる、タイミングの話だ。日常が、戻ってきていた。それが、何より、嬉しかった。
◇
ウォルトが、伸びを、しながら、言った。
「やっと、普通に、働けますね」
老人たちは、畑の隅で、話し込んでいた。
「次の、春まきは、何にする」
「カブが、いいんじゃないか。去年、よく穫れた」
村長も、農地に、出ていた。珍しく、穏やかな顔で、麦の様子を、見ている。かつて、俺を、最も疑った男が、今は、自分の村の畑を、愛おしそうに、見ていた。
◇
ラナが、鍬を、手に、近づいてきた。
「五十年で、初めてだ」
ぽつりと、言った。
「この村の、外から、『よい農業を、している』と、言ってもらえた。辺境伯に、だぞ。あの、辺境伯に」
「ラナさんたちの、農業ですよ」
俺は、言った。
「俺じゃ、ない。皆さんが、続けてきた、農業です。俺は、きっかけを、作っただけだ」
ラナは、少し、黙ってから、言った。
「……そうだな」
そして、また、畑に、戻っていった。
◇
その日の午後、辺境伯府から、正式な、辞令状が、届いた。
「辺境農業改良使」としての、辞令だった。
俺が、読み、ウォルトが、横から、覗き込んだ。
「これは……また、来てほしい、という意味でも、ありますね。他の村にも」
「そうなりますね」
「受けるんですか」
「いずれは。でも、今は、ここが、先です」
◇
辞令状を、しまいながら、俺は、思った。
ここが、落ち着いたら、次の、荒れた土地を、見に行く。それが、俺の、仕事だ。前世から、ずっと、そうだった。
でも、今は――。
二年目の収穫が、終わるまでは、ここに、いる。
この村が、本当に、自分の足で、立つところまで。最後まで、見届けたい。
そう、思った。
◇
二年目の収穫が、近づいていた。
区画Aの麦は、今年の春まきから、育てたものだ。去年よりも、さらに、株が、しっかりと、立っている。
アナが、記録帳を、抱えて、言った。
「今年は、絶対、もっと、多いです」
「確かめてから、言いましょう」
「でも、レイム様も、そう思って、ますよね」
俺は、麦の穂を、見た。
……そうだな。
そう、思っている。




