第56話 ヴィンスの本音
俺は、ヴィンスを、農地の外れに、連れていった。
麦畑の、いちばん端。他には、誰もいない、場所だった。
「ここなら、話せます」
ヴィンスは、腕を組んで、こちらを、見ていた。まだ、警戒の、色があった。
◇
「あなたが、管轄権を、求めた理由を、教えてほしかった」
俺は、切り出した。
「ウォルト経由で、聞こえてきた理由は――後継者の座を、守るため、でした。俺が、廃村を立て直して、評価されれば、自分の立場が、危うくなる、と」
ヴィンスは、答えなかった。
俺は、待った。畑を、風が、渡っていった。
◇
長い、沈黙の後。
ヴィンスが、ぽつりと、言った。
「……羨ましかった、だけだ」
意外な、言葉だった。
「お前は、あの父親から、『廃村を、任せる』と、言われた。俺は、『後を、継げ』と、言われた。――どちらが、楽か、分かるか」
ヴィンスの声には、いつもの、棘が、なかった。
「後を継ぐ者は、何かを、一つでも、失敗したら、終わりだ。すべてを、背負って、一つの失点も、許されない。お前は、失敗しても、別の廃村に、行けばいい。やり直せる。――俺には、その自由が、なかった」
◇
俺は、すぐには、何も、言わなかった。
否定も、同情も、しなかった。
ただ、その立場を、想像した。生まれたときから、逃げ場のない、重圧。失敗の、許されない人生。それは、確かに、楽ではない。
「……そうか」
俺は、それだけ、言った。
「そういう、立場だったのか」
ヴィンスが、少し、驚いたように、俺を、見た。慰めも、説教も、なかったからだろう。
◇
「廃村の、農業改良の、やり方は」俺は、言った。「記録帳に、全部、あります。あなたが、使いたければ、使っていい」
ヴィンスが、眉を、寄せた。
「……俺が、廃村を、任されるわけでも、ないのに」
「でも、そういう立場の人を、部下に、持つ可能性は、あります。後を継げば、なおさら。そのとき、この記録が、あなたの、役に立つ」
それは、感情の、和解では、なかった。実務的な、提案だった。だが、ヴィンスのような人間には、そのほうが、届く気が、した。
◇
ヴィンスは、しばらく、麦畑を、見ていた。
それから、踵を、返した。
去り際に、一度、振り返って、言った。
「……記録帳は、本当に、使っていいのか」
「はい。持っていって、ください」
ヴィンスが、また、歩き出した。
その背中が、少し、変わった気が、した。
完璧に、理解し合った、わけじゃない。和解した、とも、言えない。
でも――話したことで、何かが、変わった。
それで、いいと、思った。




