第55話 辺境伯の決断
翌朝、辺境伯は、正式な場を、設けた。
ウォルト、ヴィンス、そして、俺が、呼ばれた。村長と、住民の代表も、同席していた。
辺境伯は、全員を、見回してから、口を、開いた。
◇
「ダールム村の、農業改良の成果を、確認した」
落ち着いた、声だった。
「記録は、誠実であり、収穫量の回復は、実証されている。土地も、住民も、確かに、立ち直っている。――この管轄を、レイムから、移転する理由は、ない」
辺境伯は、はっきりと、言い切った。
「以後、ダールム村は、引き続き、レイム・ダールムの、管轄とする」
俺は、深く、頭を、下げた。
◇
だが、辺境伯の言葉は、そこで、終わらなかった。
「さらに、言えば」
辺境伯が、記録帳を、手に取った。
「この農法と、記録管理の方法は、他の分領にも、有用だろう。土を、調べ、堆肥を入れ、輪作で、回す。記録を、残し、人を、育てる。――ダールム村は、辺境の、農業改良の、模範に、なり得る」
辺境伯は、俺を、見た。
「廃村寸前だった村が、模範になる。それは、辺境伯府の、利益でもある。よくやった」
赤字の、お荷物だった村が、辺境の、手本になる。それは、誰も、想像しなかった、逆転だった。
◇
辺境伯は、ヴィンスに、向き直った。
「ヴィンス」
「……はい」
「お前の、管轄権申請は、却下する。今後、この件で、同様の申請は、一切、受け付けない。分かったな」
ヴィンスが、唇を、噛んだ。
何か、言いたげに、口を、開きかけて――やめた。父の言葉は、決定だった。覆る余地は、なかった。
◇
住民たちの間に、静かな、震えが、走った。
ラナが、そっと、目を、閉じた。
涙では、なかった。五十年、この土地と、生きてきた女が、ようやく、報われた。その重さを、ただ、噛みしめるように――静かに、目を、閉じていた。
ミリアは、必死に、涙を、こらえていた。
俺は、一言だけ、言った。
「ありがとう、ございます」
それ以上の言葉は、要らなかった。
「勝った」という、感覚は、なかった。ただ――「認められた」という、静かな満足が、胸の底に、あった。
◇
決定が、終わった後。
ヴィンスが、立ち去ろうと、した。
俺は、呼び止めた。
「少し、話しても、いいですか」
ヴィンスが、振り向いた。目には、まだ、険が、あった。
「何の、話だ」
「ここでは、言えない話です。場所を、変えて、もらえますか」
ヴィンスが、しばらく、俺を、見た。
そして――。
「……いい」
と、言った。




