第54話 住民の証言
その夜、辺境伯は、村長の家に、主だった住民を、集めた。
正式な、裁きの場では、なかった。「話を、聞く」という、形だった。住民が、七、八人、集まっていた。ヴィンスも、同席していた。
◇
最初に、ラナが、話した。
「五十年、この村で、農業を、してきた」
静かな、声だった。
「この土地は、もう、死んでいると、思っていた。何を、植えても、育たない。そういう土地だと。――一年前に、レイム様が、来た。土を、調べて、何が悪いかを、教えてくれた」
ラナは、一度、言葉を、切った。
「今年の土は……俺が知っている、この土地で、一番の状態だ。五十年で、一番、いい」
それだけだった。短い。だが、五十年の重みが、こもっていた。
◇
次に、ミリアが、話した。
「私は、農業の、やり方を、教えてもらいました。やり方だけじゃ、ありません。なぜ、そうするのかも、全部、説明してもらいました」
ミリアの声は、落ち着いていた。
「だから、私は、今、自分で、判断できます。土を見て、何が必要か、分かります。――レイム様が、いなくなっても。私たちだけでも、来年も、農業を、続けられます」
それは、この村が、一人の人間に、頼っていない、という証明だった。
◇
そのとき、トムが、手を、挙げた。
「辺境伯様。俺、字が、読めます」
そう言って、農業記録帳を、開き、一節を、読み上げた。アナが、教えた、文字だった。たどたどしいが、確かに、読めていた。
辺境伯が、驚いて、聞いた。
「……どこで、習った」
「レイム様、です」
「……そうか」
辺境伯は、しばらく、トムを、見ていた。畑だけではない。子供が、字を、覚えている。村が、根本から、立ち直っている。それを、辺境伯は、見ていた。
◇
最後に、老人が、ぽつりと、言った。
「貴族様が、来ては、帰るのを……何十年も、見てきた。期待しては、裏切られて。それの、繰り返しだった」
老人の、声は、かすれていた。
「レイム様は……帰らなかった。それだけだ。それだけのことが、俺たちには、何より、大きかった」
ヴィンスが、口を、開いた。
「それは、感情論であって――」
「……黙れ」
辺境伯の、静かな声が、それを、遮った。
ヴィンスが、初めて、言葉を、失った。父が、自分を、制したのだ。
◇
俺は、その間、何も、言わなかった。
ただ、聞いていた。
住民の言葉が、俺の代わりに、語ってくれている。俺が、しゃべらなくても、みんなが、俺の仕事を、語ってくれている。それは、初めての、感覚だった。
◇
証言の場が、終わった後。
辺境伯が、俺を、呼んだ。
「レイム・ダールム。明日の朝、正式に、話が、ある」
「はい」
「今夜は、よく、休め」
辺境伯の、顔は、読めなかった。
でも、俺は、「よく休め」という言葉を、聞いて――初めて、眠れる気が、した。




