第53話 数字が語る
翌朝、俺は、辺境伯に、農業記録帳と、収穫量報告書を、正式に、提出した。
一年分の記録が、整理されている。
「今年の収穫量は、去年の、二・三倍です。具体的な数字は、報告書の、二ページ目に、あります」
それだけ、言った。
◇
辺境伯は、報告書を、読み始めた。
「二・三倍……」
低い声で、繰り返した。
横で、文書官が、補足した。
「辺境伯閣下。前年の、ダールム村の収穫量は、辺境でも、最低の水準でした。それが――今年の数字は、辺境の、平均を、超えています」
辺境伯の、指が、止まった。
最低水準の村が、一年で、平均を、超えた。その意味を、辺境伯は、誰よりも、正確に、理解していた。
◇
「年貢についても、試算を、入れました」
俺は、続けた。
「今年から、基本年貢を、全額、納付できる見通しです。来年以降は、追加の改良費用も、農業の収益で、賄えるように、なります」
辺境伯が、顔を、上げた。
「……自立採算、ということか。この村が、辺境伯府に、負担をかけず、自分で、回ると」
「はい」
辺境伯の目の色が、わずかに、変わった。赤字の分領が、黒字になる。それは、領主にとって、何より、重い言葉だった。
◇
ヴィンスが、反論した。
「それは、今年だけの、成果かもしれません。たまたま、天候が良かっただけ、とも考えられる。持続性が、あるかどうかは――」
「来年の秋まきは、すでに、完了しています」
俺は、静かに、遮った。
「今年より、質の良い、選別種子を、使いました。土の状態も、記録してあります。持続性については、記録帳の、七章に、詳しく、書いてあります。ご確認ください」
ヴィンスが、口を、つぐんだ。感情ではなく、事実で、返された。反論の、しようがなかった。
◇
辺境伯は、もう一度、記録帳を、最初から、めくり直した。
そして、静かに、閉じた。
「……これは、本物だな」
低い、しかし、はっきりとした声だった。
その一言で、空気が、変わった。懐疑が、確信に、変わった瞬間だった。
「レイム・ダールム。今夜、住民の話を、聞きたい。準備は、できるか」
「できます。いつでも」
◇
俺は、ラナを、探しに行った。
「辺境伯が、話を、聞きたいそうです。話して、もらえますか」
ラナが、短く、答えた。
「……何を、話せばいい」
「見てきたことを。変わったことを。それだけで、いいです」
ラナは、しばらく、黙ってから、言った。
「……それなら、話せる」




