第52話 農地の記憶
辺境伯は、四つの区画を、順番に、歩いた。
「ここは、どう変えたのか」
具体的な、質問だった。表面を、なでるだけの視察では、なかった。
「三つです」俺は、答えた。「一つ、堆肥を入れて、土に栄養を、戻しました。二つ、毎年、植えるものを、変える。輪作です。同じ作物を、続けると、土が、痩せるので。三つ、種を、選別する。いい種だけを、残して、まく」
短く、分かりやすく、答えた。長い説明は、要らなかった。
◇
俺は、農業記録帳を、辺境伯に、渡した。
「一年前の、土の状態と、今の状態。両方、記録してあります。実際の畑と、見比べてください」
辺境伯の、文書官が、記録帳を、受け取り、丁寧に、ページを、めくっていった。
「……この記録は、誰が、書いたのか」
「最初は、私が。途中からは、アナという、村の子供が、引き継ぎました」
文書官が、顔を、上げた。
「子供が?」
「字を、教えましたので」
◇
そこへ、ヴィンスが、割って入った。
「父上。この程度の農地を、大規模な、商業農場にすれば、この、数倍の収益が、出ます。小作人を、入れて、効率的に運営すれば――」
辺境伯は、ヴィンスを、見もせずに、俺に、言った。
「続けてくれ」
ヴィンスの言葉は、宙に、浮いた。
俺は、視察を、続けた。ヴィンスの介入に、こちらから、取り合う必要は、なかった。判断するのは、辺境伯だ。
◇
水路の前で、辺境伯が、また、足を止めた。
「この水路を、手で、直したのか」
「はい。住民、全員で。冬の、三ヶ月、かけて」
「魔法なしで」
「なしで」
辺境伯が、初めて、俺の顔を、まっすぐ、見た。
「……どうやって、計画を、立てた。素人が、水路を直すのは、簡単じゃない。勾配を、間違えれば、水は、流れない」
俺は、説明した。水の、勾配の取り方。どこを、どれだけ掘るか。石を、どう積めば、崩れないか。前世の知識を、この世界の、道具に、合わせて。
辺境伯は、黙って、聞いていた。その目には、はっきりと、技術への、興味があった。
◇
視察が、終わった。
辺境伯は、記録帳を、閉じて、一言、言った。
「……ふむ」
表情は、変わらない。だが、視察の間、辺境伯は、何度も、記録帳の数字に、戻って、確認していた。
ヴィンスが、急くように、聞いた。
「如何でしょうか、父上」
「今夜、じっくり、読む」
辺境伯は、それだけ、答えた。
◇
辺境伯が、村長の家へ、引き取った後。
俺は、農地の端に、立っていた。
ウォルトが、隣に来た。
「どう、思いますか」
俺は、少し、考えてから、答えた。
「記録帳を、今夜読む、と言った。それで、十分だ。読めば、分かる」
「……レイム様は、平静ですね」
平静じゃない、と、俺は、思った。
ただ――できることは、もう、全部、やった。




