第51話 辺境伯が来た
その日、村に、馬車の列が、到着した。
辺境伯、本人。随行の騎士。文書官。そして――ヴィンスも、同行していた。
辺境伯は、五十代の、男だった。穏やかな物腰だが、目だけが、鋭い。実務の人間の、目だった。ヴィンスは、その横で、険しい顔を、していた。
ダールム村の住民が、全員、出迎えた。
◇
辺境伯は、村を、ぐるりと、見回した。
「……思ったより、整っているな」
最初の、言葉だった。
すかさず、ヴィンスが、横から、口を挟んだ。
「まだ、視察をしていない段階で、ご判断は、できかねます。表面だけ、取り繕った可能性も、あります」
辺境伯が、軽く、うなずいた。
「そうだな」
◇
俺は、進み出て、頭を下げた。
「お越しいただき、ありがとうございます。農地と、農業記録を、ご覧いただけますか」
それ以上は、言わなかった。長い口上も、自慢も、しなかった。辺境伯のような人間に、言葉を尽くしても、意味がない。見せれば、分かる。
「……そうしよう」
辺境伯が、歩き出した。
◇
一行が、農地へと、歩いていく。住民全員が、固唾を、のんで、見守っていた。
ラナは、農地の端に、静かに、立っていた。動じる様子は、なかった。
ヴィンスが、ウォルトに、聞こえるように、言った。
「……こんな、小さい農地の話だったのか。わざわざ、父上を、呼びつけて」
ウォルトの、頬が、こわばった。だが、何も、言わなかった。
◇
農地に着くと、辺境伯が、足を止めた。
水路の、水音が、聞こえていた。
「この水路、最近、直したのか」
「はい。今年の冬に、手作業で」
辺境伯が、片眉を、上げた。
「魔法なしで?」
「はい」
辺境伯は、しばらく、流れる水を、見ていた。
「……そうか」
◇
辺境伯は、水路の端で、立ち止まった。
水に、手を入れて、水量を、確かめている。実務の人間の、仕草だった。
「……これだけの流量が、農地まで、来ているのか」
「はい」
「一年前は、どうだった」
「水路は、崩れていて、雨だけに、頼っていました。畑の半分は、使えませんでした」
辺境伯が、低く、言った。
「ふむ」
その「ふむ」が、どういう意味か。
俺には、まだ、分からなかった。




