第49話 二年目の秋まき
二年目の、秋まきの、前日だった。
俺は、ふと、一年前を、思い出していた。
去年の、この時期。麦の種を、まいたのは、俺と、ミリアの、二人だけだった。住民は、誰も、信じていなかった。「どうせ、また、ダメだ」と。区画も、改善できていたのは、たった一区画。区画Bだけだった。
今年は、違う。
全員が、いる。そして、四つの区画は、すべて、改善済みだ。
◇
「今年の種は」俺は、ミリアに言った。「去年の、収穫から、選んだ種です。一番、いい穂から、採ったもの。だから、去年より、質がいい」
「種苗管理の、成果ですね」
ミリアが、当たり前のように、専門用語を、使った。一年前は、「土壌」という言葉すら、知らなかった少女が。
横で、アナが、農業記録帳に、書き込んでいた。
「二年目の、秋まき。選別種子、使用、っと」
丁寧な、きれいな字だった。記録係の、仕事だった。
◇
種をまいていると、ラナが、隣に来た。
しばらく、黙って、手を動かしてから、ぽつりと、言った。
「去年の、今頃……俺は、廃村の、話し合いを、しようとしていた」
その声は、静かだった。
「この村を、どう、たたむか。それを、考えていた」
「今年は」俺は、聞いた。「何の話を、していますか」
ラナが、手を止めた。少し、間を置いて、答えた。
「……来年の春に、何を、植えるか、だ」
たたむ話から、植える話へ。一年で、村が、見ている方向が、変わっていた。
◇
種まきは、全員で、進んだ。
俺が、指示しなくても、住民は、自分の担当区画を、把握して、動いていた。誰が、どこを、どうするか。もう、決まっている。
「……俺が、いなくても、回るな」
そう思って、見ていると、なぜか、胸が、温かくなった。寂しさでは、なかった。これこそが、普及員の、目指すところだった。教えた相手が、自分の足で、立つこと。
◇
その日の夕方、公式の使者が、来た。
「辺境伯が、来月、ダールム村を、視察される」
ついに、来た。
全員が、緊張で、息を、のんだ。長く待った、決着の時が、近づいていた。
俺は、静かに、頭を下げた。
「見ていただけるなら、それで、十分です」
◇
使者が、去った後。
俺は、農地を、見渡した。
水路が、動いている。麦の種が、地面の中にある。記録帳が、積まれている。
見せられるものは、全部、ここにある。
あとは――ここに、来てもらうだけだ。




