第45話 ヴィンスの使者
数日後、村に、見慣れない騎士が、二人、やってきた。
馬には、見覚えのない、家紋の旗。ヴィンスの、家紋だった。
「ヴィンス・オルドラント様が、レイム様に、お越しいただきたいと、仰せです」
居丈高な、口調だった。要求であって、招きでは、なかった。
◇
俺は、膝を払って、立ち上がり、丁寧に、応じた。
「大変、恐縮ですが」
土のついた手を、軽く払った。
「今は、農業の、繁忙期です。離れることが、できません。辺境伯父上への、報告書を、本日中に、お送りしますので、まずは、そちらを、ご確認いただけますか」
騎士の一人が、眉を、つり上げた。
「兄上の、お呼び出しに、応じない、ということですか」
「農業の仕事は、待ってくれません」
俺は、繰り返した。
「土も、作物も、こちらの都合では、動きません。報告書で、ご確認ください。すべて、書いてあります」
◇
騎士の声が、低くなった。
「……それが、ヴィンス様への、返答だと?」
横で、ウォルトが、すっと、半歩前に出た。剣の柄に、手を、置いている。護衛の、本能だった。
空気が、張りつめた。
だが、俺は、動じなかった。声を、荒げる理由も、引く理由も、なかった。
「失礼の、ないように、お伝えください。レイムは、農業を、放り出して、村を離れることは、できない。それだけです」
騎士は、しばらく、俺を、睨んでいた。
やがて、ふん、と、鼻を鳴らした。
「……分かりました。お伝えします」
馬首を返しながら、含みのある声で、付け加えた。
「ただし、これは――兄上の、ご判断次第では」
言葉の、続きは、言わなかった。脅しの、余韻だけを、残して、騎士たちは、去っていった。
◇
馬の影が、見えなくなると、俺は、すぐに、机に向かった。
辺境伯への、成果報告書を、書き始める。
去年からの、収穫量の推移。使えるようになった、農地の面積。住民の人口と、暮らしの変化。そして、今後の、見通し。感情を、交えず、ただ、事実と、数字だけを、積み上げていく。
ウォルトが、心配そうに、覗き込んだ。
「……大丈夫、ですか。あの様子だと、ヴィンス様は、引かないかと」
「これが、一番の、対応です」
俺は、手を止めずに、答えた。
「俺が、ヴィンスのところへ、出向いて、口で争っても、勝てない。あれは、そういう場所で、強い人間だ。でも、農業の、数字は、俺のほうが、強い。だから、土俵を、こちらに、引き込む」
迷いは、なかった。
◇
報告書を、書き終えて、俺は、それを、辺境伯への使者に――ウォルトを通して、託した。
その夜、ミリアが、使者とのやり取りを、聞きつけて、言った。
「兄弟げんかって、大変ですね」
兄弟げんかじゃない、と、俺は、思った。
これは、農業の、問題だ。
誰が、ここの農業を、続けていくのか。この村の、土と人を、守るのは、誰なのか。そういう、問題だ。
その意味で、だけ――俺は、戦う。




