第44話 評判が広がる
ある日、見慣れない、農民が三人、村にやってきた。
「二日ほど、離れた村から、来た。話を、聞いてな」
日に焼けた、農夫たちだった。
「廃村寸前だったのに、水路を直して、収穫が、二倍以上になったと、聞いた。本当か、この目で、確かめたくて」
噂は、思った以上に、遠くまで、届いていた。
◇
案内役は、ミリアが、買って出た。
「ここが、改善した区画です。これが、その記録です」
ミリアが、農業記録帳を開いて、説明していく。土壌の状態、堆肥の量、収穫量の変化。数字を、すらすらと、語っていた。
俺は、後ろで、それを、見ていた。
かつて、「証明してください」と、俺に詰め寄った少女が、今、よその村の農民に、農業を、教えている。立派な、「先生」だった。
◇
見学者たちは、熱心に、質問した。
「堆肥の作り方を、教えてほしい」
「水路の、設計図を、見せてもらえるか」
ミリアは、答えられる範囲で、丁寧に、答えていった。
そして、込み入った技術の話になると――
「詳しくは……」
ミリアが、こちらを、見た。俺は、前に出て、補足した。土壌の見方、水路の勾配の取り方。けれど、主役は、あくまで、ミリアだった。
見学者たちは、満足そうに、帰っていった。「うちの村でも、やってみる」と言って。
◇
その夜、ウォルトが、深刻な顔で、報告に来た。
「ヴィンス様が、辺境伯に、正式な書状を、送ったという情報があります」
「正式な、書状?」
「ダールム分領の、管理権を、移転する――その、申請書です。口頭の申し出から、正式な、手続きに、移った」
いよいよ、ヴィンスが、本格的に、動き始めた。
◇
俺は、しばらく、考えてから、言った。
「辺境伯父上に、正式な、成果報告書を、送ります」
「報告書、ですか」
「数字。農地の変化。住民の、今の状況。今後の、見通し。村の絵図も、添えて。すべてを、まとめて、送る」
ウォルトが、不安そうにした。
「それで、止められますか。ヴィンス様の、申請を」
「それ以上のことは、今は、できません」
俺は、静かに言った。
「俺にできるのは、事実を、正確に、伝えることだけです。判断するのは、辺境伯だ。だから、判断の材料を、こちらから、きちんと、渡す。それが、一番です」
◇
見学者が帰った後、ラナが、聞いてきた。
「あの連中に、何を、教えたんだ」
「農業の、記録の取り方と、堆肥の作り方と、輪作の、考え方です」
ラナが、しばらく、黙ってから、言った。
「……ここの農業が、広がっていくのか」
「広がれば、より多くの、土地と、人が、変わります」
俺は、答えた。
それが、普及員の、仕事だった。




