第43話 種子管理と農業記録
収穫が一段落すると、俺は、次の年のための、種の準備を始めた。
「来年の種は、今年の、一番いい麦から、選びます」
ミリアが、不思議そうにした。
「採れた麦を、全部、来年の種にするんじゃ、ないんですか」
「違います。一番、粒が大きくて、よく実った穂だけを、選んで、種に残す。それを、毎年、繰り返す」
俺は、選り分けた、立派な穂を、見せた。
「そうすると、年々、品質が、上がっていく。弱い種は、残さない。強い種だけを、未来に、繋いでいく」
「……育てながら、種そのものを、良くしていくんですね」
◇
種の選別をしている間に、ミリアが、農業記録帳を、整理し始めた。
しばらくして、見せてくれた。記録帳が、四つに、分けられていた。
「土壌の記録。気候の記録。作業の記録。収穫の記録。……ごちゃ混ぜだと、後で、探しにくいので、分けてみました」
俺は、それを見て、感心した。
「このやり方、よく考えましたね。どこかで、学びましたか」
「いえ。教わったことを、整理していたら、自然に……こうなりました」
「それが」俺は、言った。「本当の、学習です。言われた通りにやるんじゃなく、自分で、考えて、形にする」
◇
「記録があれば」俺は、続けた。「誰でも、同じことが、できるようになる。農業の知識は、記録でしか、残せない。頭の中だけだと、その人がいなくなったら、消えてしまう」
ミリアが、はっと、顔を上げた。
「……つまり、この記録帳は」
彼女の声が、少し、変わった。
「私たちがいなくなっても、村の農業を、続けていくための、ものですか」
「そうです」
ミリアは、しばらく、記録帳を、見つめていた。両親を、病で失い、村の畑が、死んでいくのを、見てきた彼女にとって、「続いていく」という言葉は、特別な重さを、持っていた。
◇
そこへ、アナが、やってきた。
記録帳を、覗き込んで、言った。
「私、記録係に、なりたい」
横にいたトムが、笑った。
「アナ、字が、一番きれいだもんな。だから、いいんじゃない?」
アナは、こくりと、うなずいた。
「……うん。担当する」
子供が、村の仕事を、自分から、担い始めた。それは、村が、未来へ向かって、根を張り始めた、証だった。
◇
選り分けた種を、袋に詰めて、保存した。
俺は、袋に、書いた。
「第一期・改善区画産・選別済み」
ミリアが、それを見て、言った。
「来年の、俺たちへの、手紙みたいですね」
そうかもしれない。
農業の記録は、未来の農業者への、手紙だ。
前世でも、俺は、そう思って、記録を、つけていた。




