第40話 グライへの答え
本作は全70話で完結予定です。
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俺は、農業記録帳を、グライの前に、広げた。
「収穫量は、去年の、二・三倍。これが、その記録です」
ページを、めくった。
「区画ごとの、土壌の状態。水路を通した後の、使える農地の面積の変化。すべて、数字で、残してあります」
グライは、しばらく、無言で、記録帳を読んでいた。商人の目で、一つひとつの数字を、検めていた。
やがて、顔を上げた。
「……思ったより、本物だな」
率直な、評価だった。
◇
だが、グライは、すぐに、鋭いところを、突いてきた。
「だが、これは、あなたがいるから、出た成果だ。あなたが、この村を去れば――また、元に戻る可能性もある。違いますか」
それは、もっともな、指摘だった。一人の人間に依存した成功は、もろい。商人として、当然の、見方だった。
俺は、答えなかった。
代わりに、答えたのは、ミリアだった。
◇
「私が、継ぎます」
ミリアが、前に出た。
「農業の理論は、分かっています。なぜ、こうするのか。土が、何を求めているのか。レイム様に、教わりました。記録も、全部、あります」
グライが、ミリアを見た。
「一人では、難しいかもしれません。でも、私一人で、やるんじゃない。村の、全員で、やります。もう、やり方を、知っているから」
弟子だったミリアが、今、自分の言葉で、村の未来を、語っていた。俺は、何も、言わなかった。これは、ミリアの言葉だった。
◇
そして、住民たちが、口々に、言い始めた。
「売りません」
「ここは、俺たちの、村だ」
一人、また一人と、自分の言葉で、断っていく。誰かに言われたからではない。自分で、決めた言葉だった。
最後に、ラナが、低い声で、言った。
「ここは、俺たちの、土地だ」
その一言が、すべてを、締めくくった。
◇
グライは、しばらく、住民たちの顔を、見回していた。
それから、ふっと、笑った。今度は、目も、笑っていた。
「……分かりました。合理的な、判断ですね」
彼は、記録帳を、俺に返した。
「無理に買い叩いて、嫌々運営させるより、ずっといい。自分たちで稼ぐ気のある村は、強い」
立ち上がり、去り際に、こう言った。
「いずれ、成功した村と、正規の取引を、することになるかもしれない。麦が余れば、買い手がいる。その時は――よろしく」
それは、捨て台詞では、なかった。商人としての、次の一手だった。
「ありがとうございました」
俺は、頭を下げた。グライは、片手を上げて、馬に乗り、去っていった。
◇
グライが去った、翌日。
辺境伯からの、文書が届いた。
ウォルトが、受け取って、開封した。読み進めるうちに、その顔が、少し、固まった。
「……ヴィンス様から、父上――辺境伯に、申し出が、あったそうです」
「申し出?」
「『ダールム分領の、管理権を、自分に移すよう』、と」
来た、と俺は、思った。
グライの件と、連動している。
これは、偶然じゃない。




