第37話 収穫の前夜
本作は全70話で完結予定です。
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麦の穂が、黄金色に、実っていた。
風が吹くたびに、畑全体が、波打つように揺れる。ずっしりと、頭を垂れた穂。それは、土の力が、目に見える形になったものだった。
ミリアが、一本の穂を、手のひらに乗せた。
「明日、刈って、いいですか」
「刈りましょう」
俺は、うなずいた。
「全員参加で、お願いします。これは、村全体の仕事だから」
◇
その夜、俺は、一人で、農地を歩いた。
月明かりの中、穂が、静かに揺れている。眠れなかった。前世でも、収穫の前夜は、いつも、こんな気持ちだった。
歩きながら、この村に来てからの日々が、浮かんでは消えた。
初めて来た日の、荒れきった畑。背を向けたまま、振り返らなかったラナ。堆肥を「汚い」と顔をしかめた住民たち。病に倒れ、立ち枯れた区画。そして――水路に、水が、流れた瞬間。
長い時間だった。土が変わり、村が変わった。そして、俺自身も、いつの間にか、変わっていた。
ふと、前世の、最後の記憶が、混じった。あの日、俺は、一つの仕事を、終えられないまま、土の上に倒れた。あの畑は、その後、どうなったのだろう。
◇
穂を、一本、手に取って、重さを確かめていると、足音がした。
ミリアだった。
「眠れなくて」
そう言いながら、彼女も、穂を、そっと触っている。
「ちゃんと、実ってる。ちゃんと、重い」
確かめるように、何度も、手のひらで、穂の重さを、量っていた。
俺たちは、しばらく、黙って、月明かりの畑を見ていた。
◇
「明日……うまく、いきますか」
ミリアが、ぽつりと聞いた。
「うまくいきます」
俺は、迷わず、答えた。
「根拠は」
「この穂の、重さです」
ミリアが、自分の手のひらの穂を、見つめた。それから、小さく、笑った。
「……信じます」
そう言って、彼女は、帰っていった。
◇
ミリアが帰った後、俺は、農地に、しばらく残った。
穂を一本、手に取って、もう一度、重さを確かめた。
この重さは、土の重さだ。水の重さだ。堆肥の重さだ。
ここにいた全員の、仕事の重さだ。
明日、刈れる。




