第32話 グライの論理を分析する
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その夜、俺は、グライの提案を、じっくりと考えた。
感情で、嫌だと言うのは簡単だ。だが、それでは住民を説得できない。商人の論理には、商人の論理で――いや、農業の論理で、向き合わなければならない。
商業農場化とは、何か。
効率を求めれば、必ず、単一作物の大量生産になる。一番儲かる作物を、広い土地に、ひたすら植える。だが、それは、連作障害そのものだ。十年、十五年もすれば、土は痩せ、何も育たなくなる。
そして、もう一つ。
商業農場で働く農民は、ただの労働者になる。言われた作業をするだけで、なぜそうするのかを、知らなくてもいい。すると、農業の知識が、次の世代に、伝わらなくなる。土が痩せても、誰も直し方を知らない。
短期では、儲かる。だが、長期では――土地も、人も、痩せていく。
◇
翌朝、俺は、ミリアに、その分析を話した。
「グライの提案を、農業の目で見ると、何が問題か分かりますか」
ミリアは、しばらく考えてから、ゆっくりと言った。
「……最初の何年かは、よくなる。でも、長い目で見ると――土地が、死ぬ。それと、農業を分かる人が、いなくなる。そういうことですか」
「その通りです」
「じゃあ」ミリアの目に、力がこもった。「断る理由が、できましたね。ちゃんとした理由が」
◇
俺は、その分析を、住民にも伝えることにした。
ただし、「だから断れ」とは言わなかった。グライの提案のメリットも、デメリットも、両方、正直に伝えた。
「三年分の生活費は、本当に魅力的です。それは、嘘じゃない。でも、農地を売れば、もう二度と、自分たちの農業は、できなくなる。短い安心か、長い未来か。決めるのは、皆さんです」
聞いていた村長が、ぽつりと言った。
「……三年分の生活費というのは、正直、魅力だ」
俺は、否定しなかった。
「分かります」
「街に行けば、飢える心配はない。ここで農業を続けて、もし、また不作になったら……今度こそ、終わりだ」
「そうですね」
俺は、村長を責めなかった。諦めの底にいた人間にとって、確実な安心が、何より重い。それは、当然のことだった。
「だから、秋の収穫を、見てください。改善した畑が、本当に変わったのかどうか。数字で、はっきりさせます。それを見てから、もう一度、考えてください」
村長は、難しい顔のまま、うなずいた。
◇
説明会が終わると、ミリアが、俺を引き留めた。
「住民、揺れてますね。村長まで、あんなふうに言うなんて」
「揺れて当然です」
「本当に、秋の収穫で、判断できるんですか。もし、思ったほど穫れなかったら」
「できます」
「根拠は」
「区画Bの麦の、育つ速さを、見ていますか。去年の記録より、明らかに速い。このペースなら、収穫量は、はっきり差が出る」
ミリアは、少し、目を細めた。
その目には、不安の中に、小さな期待が、芽生え始めていた。




