第29話 農業学習会、本格版
本作は全70話で完結予定です。
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水路が通ってから、村の空気は、目に見えて変わった。
二度目の農業学習会には、二十人以上が集まった。前回は十人ほどだったのが、倍に増えた。それも、無理に呼んだのではない。みな、自分から、聞きに来たのだ。「聞かされる」会が、「聞きに来る」会に変わっていた。
今日の主役は、俺ではなかった。
「春の野菜の植え付けについて、説明します」
前に立ったのは、ミリアだった。
「水路の水が、区画Cに届くようになりました。だから、今年は、ここに豆を植えます。豆は、土に栄養を足してくれるから、痩せた畑を回復させながら、収穫もできる。一石二鳥なんです」
俺が教えたことを、ミリアは、自分の言葉で、村の人たちに伝えていく。よそ者の俺が話すより、ずっと、すんなり耳に入っていく。俺は、横で、ただ見ていた。
◇
やがて、住民から、質問が出始めた。
「豆は、どこの畑に植えるんだ」
「芋と麦は、隣同士に並べてもいいのか」
「水路の水は、どの畑から先に使う?」
具体的な質問だった。それは、住民が、農地を「自分のもの」として、考え始めた証拠だった。やらされる作業ではなく、自分たちの暮らしとして。
答えに詰まった質問は、ミリアが俺を見た。だが、俺はあえて、「ミリアさんに聞いてください」と返すこともあった。彼女自身が、考えて、答えを出す。それが、何よりの勉強になる。
◇
会の途中、アナとトムが、一冊の冊子を、誇らしげに掲げた。
「見て! 農業の記録帳、作ったの!」
二人が、覚えたての字で書いた、手作りの記録帳だった。
「麦の芽が出た日」「水路が完成した日」――拙い字で、村の出来事が、日付とともに記されていた。
「字が……読めるのか」
老人の一人が、目を丸くした。
「字が読める子供が、いるのか。この村に」
その驚きには、感慨があった。識字など、この村では、長いこと無縁のものだった。それが、子供たちの手で、農業の記録として、形になっている。
「すごいだろ!」
トムが、胸を張った。
◇
最後に、春の計画を、全員で確認した。
区画Bは、麦を継続。水路が通った区画Cには、豆類。区画Dには、春野菜。病害から回復しつつある区画Aには、土を肥やす緑肥を植える。
四つの畑に、それぞれ、役割がある。全員が、それを、理解していた。
会が終わると、ミリアが、どっと疲れた顔で、俺の横に座り込んだ。
「疲れた……」
「お疲れさまでした」
「向こうから質問されると、本当に分かってないと、答えられないんですね。ごまかしが、きかない」
「それが、一番の勉強です」
ミリアは、じとっとした目で、俺を見た。
「……意地悪だ」
だが、俺には、それが、最高の褒め言葉に聞こえた。彼女は、もう、教わるだけの人ではなくなっていた。




