第28話 水が流れた
本作は全70話で完結予定です。
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最後の土が、崩れた。
その向こうから、水が、染み出してきた。
最初は、ほんの細い、頼りない流れだった。泥に混じって、にじむように。だが、それは少しずつ、勢いを増していった。泥を押しのけ、土を洗い、やがて――澄んだ水が、新しい水路を、流れ始めた。
二十年間、止まっていた水が。
誰も、声を出さなかった。
老人たちは、目を細めて、流れる水を見ていた。子供たちは、固まったように、その場に立ち尽くしていた。ミリアは、ぼんやりと、水を見つめていた。
「……本当に、流れた」
ウォルトが、呟いた。
水が、新しい道を下っていく。区画Cへ。かつて村で一番だったという、あの畑へ向かって。
◇
ラナが、ゆっくりと立ち上がった。
水路のそばまで歩いてきて、流れる水を、じっと見下ろした。
「二十年前」
彼女が、静かに口を開いた。
「ここを壊したのは、俺たちだった。憎み合って、自分たちの命綱を、自分たちの手で、叩き壊した」
水音だけが、響いていた。
「今日――直したのも、俺たちだ」
その言葉が、すべてだった。
誰も、何も、付け加えなかった。俺も、言わなかった。言葉は、いらなかった。二十年前に村が壊したものを、今日、村自身が、取り戻した。それを、全員が、分かっていた。
しばらく、水音だけが、続いた。
◇
やがて、老人の一人が、泣き始めた。
声を殺して、肩を震わせて。それが、伝染した。隣の老婆が、その隣の老人が、次々と、目元をぬぐった。二十年分の涙だった。
「やったー!」
トムが、突然、叫んだ。
「水だ! 水が来た! やったー!」
子供の歓声が、張り詰めた空気を、ふわりと解いた。
アナが、水路に駆け寄って、流れに手を入れた。
「冷たい! きれい! ねえ、水、きれいだよ!」
俺は、止めなかった。彼女の手を、流れる水に、好きなだけ浸させた。
◇
俺は、流れる水を見ながら、思った。
前世で、農業の仕事を、何年やっただろう。水路を直したことも、灌漑を引いたことも、何度もあった。
だが、こんなふうに、水が流れることが、これほど多くの人にとって意味を持った瞬間は、一度も、なかった。
ここでは、違う。
ここでは、水が流れるということが、二十年分の重さを、持っている。
◇
水が流れたまま、全員が、しばらく、その場にいた。
誰も、「帰ろう」とは、言わなかった。
気がつくと、俺も、水路のそばに腰を下ろしていた。冷たい水音を、聞いていた。
前世で、どれだけ農業をやっても、こんな気持ちになったことは、なかった。
――これは、俺の村だ。
初めて、そう思った瞬間だった。




