第27話 水路工事の山場
本作は全70話で完結予定です。
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麦の発芽は、村の空気を変えた。
水路工事の五日目。岩盤を避ける迂回路の掘削は、最終段階に入っていた。あと十メートルで、上流の水路とつながる。
その朝、現場に来た人数を見て、俺は驚いた。
普段は来なかった老人たちが、何人も、鍬を担いで立っていた。
「俺たちも、手伝う」
一人が言った。
「芽が出たのを、見た。あんたが本気だってのは、分かった。だったら、俺たちも、本気を出さなきゃな」
腰の曲がった老婆までが、石を運ぶと言い出した。そして――
「……使えるなら、使え」
村長が、来ていた。
最後まで、廃村を口にしていた村長が、自分から、工事に加わると言った。それは、村の空気が、完全に変わった証だった。諦める側に立っていた村長が、一緒にやる側に回った。
「ありがとうございます」
俺は、頭を下げた。
◇
そして、ラナが来た。
腰の曲がった彼女に、重い石は運べない。それは、本人が一番よく分かっていた。
「俺は、石は運べん」
ラナは、作業場の端に、どっかと腰を下ろした。
「でも、見ている。それくらいは、させてくれ」
「もちろんです」
ラナが見ている。それだけで、現場の空気が、引き締まった。
◇
全員で、掘った。
ウォルトが、一番重い石を担いだ。村の男たちが、土を運ぶ。トムが、小さな石を片付け、アナが、水を配って回る。
そして、センが――いつもは離れて見ているだけのセンが、黙って、大人たちと並んで、土を掘っていた。十二歳の細い腕で、必死に鍬を振っていた。誰にも何も言わず、ただ、掘っていた。
その背中を見て、俺は、何も言わなかった。声をかければ、きっと、彼は手を止めてしまう。だから、ただ、見ていた。彼の中で、何かの壁が、一つ、崩れた瞬間だった。
「あと三メートル!」
俺が、声を上げた。
全員の手に、力がこもる。
「あと二メートル!」
掘る音が、速くなる。
「あと一メートル!」
◇
最後の一メートルを前に、全員の手が、止まった。
固唾を呑んで、その一点を見つめる。あと、わずか。
ラナが、端から、掘っている場所を見つめていた。そして、誰にも聞こえないほど小さな声で、呟いた。
「……二十年前、ここを、俺たちは、壊した」
その声は、風にかき消えた。
ウォルトが、最後の大きな石を、両手で持ち上げた。
「いきます」
誰も、何も言わなかった。
シャベルが、地面に、深く刺さった。
その音が――少し、変わった。




