第26話 堆肥区画の麦が発芽した
本作は全70話で完結予定です。
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朝、屋敷の戸を、誰かが激しく叩いた。
「レイム様! レイム様!」
アナだった。息を切らせて、頬を紅潮させている。
「緑が! 緑が、いっぱいあるの! ちゃんと、育ってるの!」
俺は、すぐに農地へ走った。
区画B――堆肥を入れて、土を戻した畑。そこに、一面の緑が、広がっていた。
蒔いた麦が、一斉に発芽していた。小さな芽が、びっしりと、地面を押し上げている。冬を前に、しっかりと根を張り、空に向かって伸びていた。
「本当だ……ちゃんと、芽が出てる」
知らせを聞いた住民が、次々と集まってきた。老人たちが、信じられないという顔で、緑の畑を見つめた。
俺は、しゃがんで、発芽の様子を確かめた。そして、いつものように、まず数字で報告した。
「区画Bの発芽は、ほぼ均一です。一方、隣の従来通りの区画Aは、発芽がまばらで、数も少ない。同じ種を、同じ日に蒔いたのに、これだけ差が出ました。土を変えた効果が、はっきり数字に出ています」
◇
ミリアが、緑の畑の前で、ふいに、しゃがみ込んだ。
「……出た」
声が、震えていた。
「本当に、出た。芽が、出たんだ」
泣きそうになっているのを、必死にこらえている。彼女が選んだ種だ。彼女が運んだ堆肥だ。彼女が、信じて、待った芽だった。
俺は、その横に立った。
「育てたのは、あなたも一緒です。ミリアさん」
ミリアは、何も言わなかった。ただ、緑の芽を、じっと見つめていた。その目から、こらえきれなかった涙が、一粒だけ、落ちた。
「すごい! ねえ、これ、全部育つ? 育つよね?」
トムが、興奮して飛び跳ねた。
「ちゃんと世話をすれば、育つよ」
「やった!」
◇
農地の端に、ラナがいた。
一人で、黙って、発芽した麦を見ていた。
何も言わなかった。歓声も上げなかった。ただ、目を細めて、緑の畑を見ていた。だが、その口元は、半分、笑っていた。
二十年間、何も育たなかった畑に、緑が戻った。それが、彼女にとって何を意味するのか、俺には、言葉にできなかった。
だから、俺も、何も言わなかった。ただ、彼女と同じものを、隣で見ていた。
◇
その夜、もう一度農地に行くと、アナが、一人で、発芽した麦のそばに座っていた。
「アナ。こんな時間に、何してるんだ」
「ちゃんと育てよ、って、言い聞かせてるんです」
アナは、真剣な顔で言った。
俺は、笑った。
「そのまま、続けてください」
「え?」
「作物はね、声をかけてくれる人がいると、よく育つんだ。本当だよ」
それは、ただの慰めじゃなかった。前世で、何度も確かめた事実だった。手をかけ、目をかけ、声をかける。その積み重ねが、土に伝わる。
アナは、嬉しそうにうなずいて、また、芽に向かって、小さな声で何かを話しかけ始めた。




