第25話 ラナの本音
本作は全70話で完結予定です。
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その日、水路工事は一旦休みにした。連日の作業で、みなが疲れていた。無理をさせない。それも、約束の一つだった。
夕暮れ、俺は一人で農地を歩いた。
病害の対策をした区画Aは、なんとか持ち直しそうだった。区画Bの麦は、冬を前に、しっかりと根を張っている。地味だが、確かな前進だった。
農地の端に、ラナがいた。
一人で、麦の様子を見ていた。俺が近づいても、振り返らなかった。
「……お前」
ラナが、夕日を見たまま、口を開いた。
「本当に、ここに、根を下ろすつもりか」
珍しく、彼女のほうから話し始めた。俺は、何も言わずに、隣に立った。
「この村はな」ラナが、ゆっくりと言った。「二十年、少しずつ、死んでいった。わしは、それを、ずっと見てきた。若い者が出ていく。畑が痩せる。家から煙が消える。一年に一軒ずつ、空き家が増えていった」
夕日が、枯れた畑を、赤く染めていた。
「わしも、今年か、来年には、この村で死ぬんだろうと思っていた。それで、いいと思っていた。生まれた土地で死ぬんだ。悪くない、とな」
俺は、黙って、聞いていた。割り込まなかった。
「正直に言うとな」ラナの声が、少しかすれた。「お前が来たときも、諦めていた。また貴族が来て、口だけ叩いて、何もせずに帰ると思っていた。今までの連中と、同じだと」
ラナが、こちらを見た。皺に埋もれた目が、まっすぐに俺を見ていた。
「でも、お前は……帰らなかった。土を触り続けた。失敗しても、逃げなかった。わしには、それしか、分からん。難しいことは、分からん。だが、お前が帰らなかったことだけは、分かる」
俺は、夕日を見た。
「帰りません」
それだけ、言った。
長い言葉は、いらなかった。誓いも、演説も、この人には響かない。ただ、事実を一つ、返せばよかった。
ラナは、しばらく俺を見つめてから、また、夕日のほうへ顔を戻した。
「……そうか」
二人で、暮れていく農地を、並んで見た。
何も話さなかった。だが、その沈黙は、温かかった。
◇
その夜、俺は、なんとなく、眠れなかった。
ラナが「諦めていた」と言ったとき、俺の頭に、前世の農村が浮かんだ。
東北の、あの集落も、少しずつ諦めていった。手を尽くしても、変えられなかった。最後に話したじいさんの畑も、結局、来年も厳しいままだっただろう。俺は、何も、変えられなかった。
だが――今回は、違う。
ラナは、まだ、諦め切っていない。「帰らなかった」と、覚えていてくれた。
そこが、あのときと、決定的に違っていた。
俺は、天井を見上げた。前世でできなかったことが、ここでなら、できるかもしれない。初めて、そんな気がした。




