第20話 農業学習会と、ラナの問い
本作は全70話で完結予定です。
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水路工事を始める前に、俺は一度、村の住民を集めて、農業の学習会を開くことにした。
なぜ、ダールム村の畑が痩せたのか。その理由を、村のみんなで共有しておきたかった。理由を知らないまま作業をしても、人は続かない。なぜやるのかが分かれば、人は自分から動く。
集会所に、十人ほどが集まった。前回より、また少し増えていた。
「責めるための会じゃありません」
俺は、最初にそう言った。
「ただ、なぜ畑が不作だったのか、その理由を、みんなで知っておきたいんです」
俺は、二つの土の塊を、机に並べた。改善前の、白く乾いた土。改善後の、黒くしっとりした土。
「見てください。触ってください。匂いを嗅いでください」
住民が、おそるおそる、二つの土を手に取った。
「……色が、全然違う」
「臭いも違うぞ。こっちは、いい匂いがする」
「柔らかさが、まるで別物だ」
理屈の前に、まず、手で感じてもらう。それが一番、伝わる。そのうえで、俺は連作障害のことを、噛み砕いて説明した。同じ作物を植え続けると、土が痩せること。違う作物を回せば、土が戻ること。
「俺たち……ずっと、これが正しいやり方だと思って、やってきた」
一人の老人が、ぽつりと言った。
「同じ畑に、同じ麦を。それが当たり前だと。誰も、教えてくれなかった」
「責める気は、ありません」俺は、はっきり言った。「知らなかっただけです。知らないことは、罪じゃない。今から、知ればいい」
そのとき、ミリアが立ち上がった。
「私も、一月前までは、何も知りませんでした」
彼女は、村の人たちを見回した。
「同じ麦を植え続けて、不作になって、土がダメなんだと思ってました。でも、違った。やり方を知らなかっただけだった。理由が分かったら、変わったんです。だから今は――来年は違うって、確信を持って言えます」
ミリアの言葉には、力があった。よそ者の俺が百回言うより、村の娘である彼女の一言のほうが、ずっと深く、住民の胸に届いた。
学んだ人間が、次の人に伝える。それは、俺が一番見たかった光景だった。弟子が、教師に近づいていく。その一歩を、今、彼女は踏み出していた。
◇
学習会が終わり、住民が帰っていく中、ラナだけが、最後まで残っていた。
彼女は、しばらく黙っていたが、やがて、静かに口を開いた。
「……水路は、本当に直るのか」
それは、ラナが自分から「水路」という言葉を口にした、初めての瞬間だった。二十年間、誰も触れようとしなかったあの傷に、彼女が自分から、手を伸ばした。
「直ります」
俺は、一言だけ、そう答えた。
「明日から、水路の工事を始めます」
ラナは、しばらく俺を見つめてから、ぽつりと言った。
「……そうか」
そう言って、立ち上がった。その背中が、少しだけ、伸びたように見えた。
◇
ラナが帰った後、俺は集会所に一人、残った。
窓から、農地が見える。秋まきした麦が、地面の下で、少しずつ育っているはずだ。まだ、はっきりとは見えない。だが、確かに、ある。
明日から、水路の工事が始まる。
冬の寒さが本格化する前に、始めなければならない。
俺は、窓の外の、暮れていく農地を、しばらく見ていた。




