第14話 字を教える
本作は全70話で完結予定です。
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農業をやるなら、記録が要る。
いつ、どの畑に、何を蒔いたか。土の状態はどうだったか。天気は。収穫は。記録を取れば、次の年の判断ができる。だから俺は、農業記録をつける習慣を村に根づかせたかった。
だが、ミリアに記録帳をつけてほしいと頼むと、彼女は気まずそうに目をそらした。
「私……字は、あまり書けなくて」
この村の識字率は、農民でほとんどゼロに近い。考えてみれば当然だった。
「じゃあ、一緒に覚えましょう」
「え?」
「俺が教えます。難しくないですよ」
ついでに、子供たちにも声をかけた。
「字を、読めるようになりたいか?」
「やる!」
トムが真っ先に手を挙げた。アナは、もじもじしながら「……うん」と小さくうなずいた。
センだけは、腕を組んで言った。
「なんで、貴族が字なんか教えるんだ」
また、鋭い質問だった。俺は正直に答えた。
「字が読めれば、君たちが大人になって農業をやるとき、記録が読める。役に立つ。それに――俺が記録をつけたいから、手伝ってほしいって理由もある。俺の都合でもあるんだ」
センは、少し意外そうな顔をした。
「……正直だな」
「嘘をついても、しょうがないからな」
センは、ふんと鼻を鳴らしたが、その場を離れなかった。参加する、ということだった。
◇
最初の授業は、石板と木炭で始めた。
簡単な文字から、一つずつ。
「これ、面白い!」
トムは、文字を書くこと自体が楽しいらしく、石板いっぱいに同じ字を書きなぐった。
アナは、対照的に、ものすごい集中力で一文字一文字を丁寧になぞった。舌を出して、真剣そのものだ。
センは、何も言わずに文字を見つめていたが、ふと呟いた。
「……こんな形が、意味を持つのか」
知的な好奇心が、その目に灯っていた。閉ざしていた心の、ほんの隙間から漏れた光だった。
ミリアも、子供たちと並んで、一緒に文字を習った。最初は照れていたが、すぐに夢中になった。
「農業の理由を理解するのと、同じです」と俺は言った。「なぜこの形が、この音なのか。なぜこの土が、こうなったのか。全部、『なぜ』から始まる。分かれば、面白い」
ミリアが、子供と同じ目をして、うなずいた。
◇
授業が終わると、アナが、おずおずと俺の袖を引いた。
「レイム様。この字、野菜の名前にも、使えますか」
「使えるよ」
「じゃあ……畑に、名前の板を立てたい。どの畑に、何が植わってるか、分かるように」
俺は、思わず笑った。それは、立派な農業の発想だった。
「いい考えだ。ぜひ、やろう」
アナが、にっこりと笑った。
その笑顔を見ながら、俺は思った。字を覚えた子供が、畑に名前の板を立てる。それはきっと、この村が、ほんの少しだけ未来を信じ始めた、最初の小さな印だった。




